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総 説


 5 症状
 (1)犬
 B. canis感染犬は,外見上顕著な症状を示さないことが多く,また,成犬では感染により死亡することはない.
 雄犬では,精巣上体炎により精巣上体尾部が腫脹し,体液の貯留とともに陰嚢全体の腫脹が見られることがある.また,違和感をおぼえるためか,しきりと陰嚢をなめ,陰嚢皮膚炎を起こすことがある.精巣炎や精巣の腫脹は明瞭ではなく,慢性例では逆に萎縮が見られる.性欲は減退し,精液の量も低下する.
 雌犬では,通常,子宮内胎仔死亡や妊娠45〜60日目の死流産が顕著な症状であり,それ以外の臨床症状を示さない.そのため繁殖施設などでは死流産の多発により初めて流行に気がつくことが多い.死流産胎仔は,腹部皮下の浮腫,出血,うっ血などを示し,部分的に自己融解していることが多い.ただ,融解している胎仔は,母犬がそれらを摂食してしまうため,見つからないことも多い.死流産後,1〜6週間,茶色もしくは灰緑色の後産を出す.交配に成功した雌犬において途中で妊娠が持続しない場合,子宮内胎仔死亡が考えられる.明らかに健康な雌犬が,出産の2週間ほど前に流産した場合は,ブルセラ症が疑われなければならない[4, 6].
 感染犬の,死産ではなく生存している子犬も,出生後,通常は2〜3時間以内に死亡する.まれに生き残る子犬もいるが,先天性ブルセラ症のことが多い.この場合,菌はリンパ節などに潜伏し,リンパ節腫脹や高グロブリン血症を示す.やがて菌は,性成熟に伴って生殖器へと拡散していく[4].
 (2)人
 B. canisには,人は感染しにくい,感染しても発症しない事が多い,発症しても軽い風邪様(微熱,倦怠感,筋肉痛等)であり感染に気がつかないことが多い.しかし,まれに,39℃を超えるような発熱,肝・脾腫大,肝機能障害,関節炎,筋肉痛,倦怠感,体重の極度の減少など,いわゆる家畜ブルセラ菌感染と同様の症状が見られる.海外の事例ではあるが,1例紹介しておく.
 18歳,男.2週間の空咳,頭痛,下部背筋痛,発熱,悪寒,7kgに及ぶ体重減少で来院.理学的所見に異常はなし.39〜40℃の発熱.アセトアミノフェンにより微熱は継続していたが退院.その後,血液培養よりアンピシリン感受性の細菌(後にB. canisと判明)が検出されたため,アンピシリンを処方された.約2週間後,38℃の発熱と,斑状発疹,結膜充血,咽頭紅斑,肝臓と脾臓の軽度の腫大が認められ,再度,血液培養からB. canisが分離された.B. canisに対する抗体も高値を示したため,テトラサイクリン(TC)を使用した.約1カ月後には抗体も低値(陰性)を示し,寛解した.
 感染源に関する疫学調査を実施した結果,飼い犬が発症の約1〜2カ月前に流産していた.飼い犬を含めて近隣の犬19頭を検査したところ,飼い犬を含む2頭が抗体陽性でB. canisも分離され,さらに4頭が抗体陽性であった.近隣の他の住民には抗体陽性者はいなかった[9].

 6 診断と治療
 (1)犬
 診断は,B. canisに対する抗体の検出が一般的である[6].抗原として,ブルセラ病診断用菌液(B. canis死菌液,製造・販売:北里研究所生物製剤研究所)を用いた,試験管内凝集反応が行われる.血清の最終希釈倍数160倍以上で50%以上の凝集を示すものを陽性と判定する(図2).ただ,過度に溶血した血清では抗体価が高く出やすいこと,血清や抗原が大量に必要なこと,検体数が多いと煩雑であるなどの欠点がある.民間の検査機関に検査依頼が可能である.
 我々は,犬のスクリーニングは,マイクロプレート凝集反応で行っている.試験管凝集反応と原理は同じだが,96穴U底のマイクロプレートを用いる.そのため,12連マルチチャンネルピペットが使用でき,一度に多くの検体の検査が可能である.また,血清・抗原とも少量ですむ.さらに,サフラニンで着色するので,判定も容易である.試験管凝集反応の結果と整合性を持っている(図2)[7].
 病原体の検出(菌の分離・培養,遺伝子の検出)も可能である.ただ,分離・培養には時間がかかること,分離される確率が低いこと,分離された菌がB. canisであった場合は,その保管・所持に関して,感染症法上の規制を受けることから,スクリーニングには勧められない.また,遺伝子検査も,一次スクリーニングに用いてはならない.なぜなら,遺伝子検査が陰性だからと言って感染していないという証明にはならないからである.血液からの遺伝子検出は,基本的に菌血症を起こしていないと検出できないので,感染している犬が全頭,菌血症を起こしているわけではない(リンパ節等に潜んでいる状態もある)以上,スクリーニングで用いても感染犬を見逃してしまうだけである.あくまでも流行している施設の犬などで,抗体陰性犬の中に潜む感染犬(潜伏期間中の犬)をあぶり出すことが目的で行われるべきである.
 治療は,細胞内寄生性のため抗菌薬の長期間投与が必要である.また,治療が不十分な場合,再発の確立が非常に高い.単剤投与は再発の確率が高いため禁忌とされ,2剤併用が原則である.テトラサイクリン系の抗生物質(ドキシサイクリン(DOXY),ミノマイシン,テトラサイクリン)とアミノグリコシド系(ストレプトマイシン(SM),ゲンタマイシン(GM))またはリファンピシン(RFP)の併用投与を行う(表5)[4].
 (2)人
 ブルセラ症は多くの場合慢性経過をたどり,有症状期(風邪様症状など)でもすでに抗体を保有していることが多い.また,検体からの菌の分離・培養は困難で,時間を要する.そのため,日常的な診断では多くの場合,犬と同様に,血清診断として試験管内凝集反応が行われる.
 治療も,同様に,抗生物質の併用療法になる.DOXY+SM/GM,DOXY+RFPが用いられる[1, 10].







図2 犬ブルセラ症の診断(抗体検査)


表5 犬ブルセラ症の薬物治療


7 発生時の対応と予防
 繁殖施設で流産が多発した場合はブルセラ症を疑うべきである.その場合,すべての犬の抗体検査を実施することになる.図3に,初回抗体検査の結果によるその後の対応の一例を記した.
 初回検査の結果,陽性であった犬は,感染の拡大を防ぐために陰性犬から隔離する必要がある.1カ月間の投薬治療と可能ならば去勢・不妊手術を行い,投薬終了後,2回目の抗体検査を行う.さらに期間を空けて,経過観察と抗体検査を実施する.治療効果は,抗体価の推移で判断する.投薬により一般的に抗体価は低下すると言われるが,その後も陰性値が継続するようであれば,治療効果があったと判断される.しかしながら,途中で,抗体価の上昇が認められた場合は,再発した(治療に失敗した)と判断し,再度,投薬のスケジュールからやり直すこととなる.経過観察期間は,図には投薬終了後から最低6カ月としてあるが,1年程度(さらに6カ月後に抗体検査(6)を実施)は経過観察が必要である.
 次に,初回検査陰性の犬は,完全に他の犬と隔離する必要がある.陽性犬は当然ではあるが,陰性犬の中にも潜伏期の犬がいる可能性があるため,陰性犬同士の隔離が非常に重要である.個別のケージで飼育し,ケージとケージの間には,尿やえさ・水などが隣にかからないように,ついたてで隔離するなどの対策を講じる必要がある.抗体検査は初回検査から1カ月後,さらに1カ月,2カ月の期間を空けて実施する.すべての検査で陰性ならば,非感染と判断される.途中で陽転した場合は,陽性犬として取り扱われる.予防投薬も選択肢の1つである.
 ブルセラ症の犬をどのように扱うかについての法的根拠はない.治療,安楽殺処分が選択肢として考えられるが,現状では,その判断はあくまでも犬の所有者にゆだねられている.感染犬の治療については,去勢・不妊手術は菌の重要な増殖場所や排菌源を除去することになるので,治療効果を高めるとされる.投薬治療は,長期にわたる投薬と経過観察(抗体検査を含む)を実施する必要がある.また,現在,100%効果のある治療法は存在せず,再発する例も多いとされる.個人のペットについては,去勢・不妊手術や管理も比較的容易ではあるが,繁殖施設では,去勢・不妊手術の可否,治療・観察期間の経済的負担や管理(隔離・個別飼育など)など困難な点も多い.
 したがって,繁殖施設については,感染犬を出さないために,あらかじめ予防対策を取ることが最も重要である.群れの中に新しい犬を導入する際には,抗体検査など検疫を実施してから導入するべきである.それも,潜伏期を避けるため,最低1カ月の期間を空けて2回行う必要がある.また,検疫の間は他の犬とは接触させず,もちろん交配もさせてはいけない.大変ではあるが,清浄化を保つためには必要なことである.そして,一度清浄化してしまえば,基本的に,あとは新規に導入する犬に対して,検査を実施すればよい.ただし,その後も当然ではあるが,犬の施設間でのやりとりは,お互いに清浄化が確認されている施設以外では,避ける必要がある.
 B. canisに対するワクチンは,人用,犬用ともにない.家畜ブルセラ菌に対しては家畜用ワクチンが海外では使用されているが,人用ワクチンは,かつて旧ソ連,中国などで用いられたが,現在では用いられていない.


図3 B. canis感染犬および同一施設の抗体陰性犬に対する対処の一例


 8 ま と め
 人については,B. canisに限らず,動物由来感染症に感染しないための最初のポイントは,衛生的な飼育環境を整え,飼育や接触に当たっては一般的な注意事項を守ることである(表6).また,獣医師は,診断・治療だけでなく,動物病院を訪れた飼い主やかかりつけになっている繁殖施設に対して,衛生的な飼育を指導することも望まれている[11, 12].

表6 動物の飼育における注意事項


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