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解説・報告


8 山古志村での対応
 (1)飼養家畜の状況把握
 村民全員が長岡市に避難し,立ち入りも制限されている状況で家畜被害の把握は困難を極めた.県では,畜産課が10月26日からヘリコプターを利用した状況調査を開始.家保及び地域振興局は緊急車輌の認定を受け,29日から陸路での状況調査を行った.
 (2)村内飼養家畜の状況把握
 飼養牛1,343頭中,死亡は141頭に及んだ.生存牛救出に関して,村内ではいたる所で道路崩壊・土砂崩れが発生し,陸路での輸送には限界があったため,県・村が中心となって道路の復旧状況をみながら救出経路を検討し,救出作業に参加した.
 (3)生存家畜の救出と死亡畜の処置
 救出作業開始当時,村内では道路その他の復旧工事が最優先で行われており,特に陸路での輸送に関して作業を許可されている時間・人数とも制限があり,作業日程及び人員配分は家保,地域振興局,役場職員が中心となって検討した.生存牛1,202頭の輸送経路の内訳は,ヘリコプターを利用した空輸が7戸1,124頭,陸路での輸送が17戸78頭で,11月3日から25日までの作業で全頭の救出が完了した.牛の救出作業に際し,畜産課から知事を通して自衛隊にも支援の要請がなされたが,人命救助及び道路その他の復旧作業が最優先で行われている状況で,支援を得ることは難しかった.空輸に使用されたヘリは民間最大級のもので,3tまで輸送可能であったので,1t程の檻に計2tを目安に牛を搬入して輸送した.牛が輸送中に暴れる危険性も考えられたため,緊急と畜予定の牛以外には輸送前に鎮静剤を投与し,ヘリポート到着時に覚醒していないものについては拮抗剤を投与後,避難先に輸送された.
 死亡牛については,道路状況から搬出は不可能であったため,埋却処分することとした.しかし,作業に必要な重機や埋却に適した敷地がない場合がほとんどで,また倒壊畜舎の下敷きになっている等の状況下では作業困難であり,中には接近することすら不可能な農場もあったことから,年内に埋却処分を完了できたのは1戸27頭のみ.消石灰散布後ブルーシートで覆う応急処置も,残りのうち5戸23頭について実施するにとどまった.

9 災害対応の課題と対策
 地震発生後,新潟県地域防災計画にそった対応がなされたが,実際に作業してみるとさまざまな問題点,課題が浮き彫りになった.
 (1)被害状況の把握
 計画では,市町村・農業協同組合が連携して状況を把握し,地域振興局等を通じ県農林水産部に報告することとなっていたが,それら各機関が被災したことから情報収集は困難であった.また,被災した各機関は通信手段の確保に困窮した.このことから,現在の計画に加え,県農林水産部と農業団体が連携した情報収集を行い,被害状況・道路情報などを被災機関に発信する体制を整備する必要があり,また衛星通信電話等を整備し,確実な通信手段を確保しておくことが望まれる.
 (2)二次災害防止のための緊急対策
 市町村が必要と認めた場合,農業協同組合や農家に対し畜舎の二次災害防止措置及び生存家畜の速やかな救出措置,逃亡家畜による住民への危害防止措置を指導することになっていた.しかし,被災地域においては人命の安全確保が優先されるため家畜管理への対応は困難であり,また避難指示地域では飼養困難により緊急的に放し飼いとするほかなかった.今回の山古志村の場合は住民全員が避難したため放し飼いとすることに周辺住民の同意を得ることができたが,今後各畜産農家周辺のハザードマップ等を整備する必要があると思われる.また,今回の救出活動を踏まえ,道路寸断による孤立地域においても救出経路の決定・救出活動開始・救出家畜の避難先確保をスムーズに開始できる体制を整える必要がある.
 (3)応 急 対 策
 被災地域での家畜飼育管理継続に関し,施設破壊・避難指示等により飼料及び水の給与が困難であった.また,停電により特に酪農家において搾乳機やバルククーラーが使用不能になったことから生乳被害が出るなど,飼育管理機器が使えないことによる影響は大きなものがあった.このことから,農業団体や飼養者自ら,飼料の備蓄・代替水源を確保しておくことが望まれる.また,自家発電機を常備しておくことは被害を最小限にとどめるために有効であると考えられた.家畜が他農場に避難した場合,飼料不足は深刻であり,また運搬も困難な状況が予想されるため,緊急に支援を行い,飼料を確保する必要がある.
 傷害畜,死亡畜の対処も早急に行う必要があるが,当所が被災し,また多くの地域が孤立していたため早期の衛生指導,健康診断は困難であった.今回の対応では家保・NOSAI・開業獣医師の連携がスムーズに行われたと思うが,今後県外も考慮にいれた幅広い連携体制を整備する必要がある.また,動物用医薬品,消毒薬,簡易処理資材を確保し,迅速に被災地域に送り届ける体制も確立しなければならない.

10 復旧・復興に向けて
 平成16年12月に,農場での飼養継続が不可能になっている農家を対象に,地域振興局が今後の意向調査を実施したところ,ほぼ全員が農場での経営再開の意向を示していた.今後,被災畜舎等の撤去,畜舎等の再建整備を待って家畜の導入となる.県としても関係機関・団体との連携を密にし,状況をみてさまざまなサポートをしていく必要がある.
 避難先で新たに畜産経営を始めるにあたっては,牛トレーサビリティーシステムに関する手続きが必要となる.居住地が変わった場合は新たな農家コードや,避難先農場の農場コードを取得する必要があり,農家コードが変わることにより個人所有の耳標も管理替えしなければならなかった.家保では,救出作業その他が終了した12月以降,新潟農政事務所・役場・飼養者と連携し,移動先の把握,転出・転入報告などの対応を行った.現在,闘牛を含めほぼ全頭の把握が終了している.
 年が明けて以降,中越地域は19年ぶりの大雪に見舞われ,復旧作業の長期中断を余儀なくされ,また雪崩・土砂崩れなどの二次災害による被害拡大が予想された.
 平成17年4月15日,第一回の立ち入り調査が行われたが,その際にはまだかなりの積雪があり,作業開始は不可能であった.その後,役場職員と飼養者により埋却場所の選定が行われた.当初,死亡牛を一箇所に集めて埋却することが望ましいとされたが,道路状況から不可能だったため,飼養場所近くの敷地に埋却することとし,最終的に保健所の許可を得た後,5月17日から26日にかけて作業が行われた.対象となったのは9戸114頭で,うち7戸98頭の埋却が終了した.しかし,いまだ道路の復旧は不完全なため重機が近づけない等の理由で未埋却のものが16頭残った.今後,埋却処理が可能な状況となった時点で,適切に処理が行われなければならない.

11 お わ り に
 今後,既存の防災計画に加え,新潟県中越地震への対応で浮き彫りになった課題を踏まえた対策を盛り込んだ,新たな防災計画の作成が必要不可欠である.しかし,今回の震災を経験した立場から考えると,どれだけ完全と思える防災計画を作成したとしても,あれほどの規模の災害が起きれば,必ずや想定外のことが起きるように思われる.防災計画の修正ならびに自家発電機,衛星通信電話の配備等ハード面の整備はもちろん重要であるが,同時に,予想の範囲を超える事態が発生した時に柔軟かつ迅速に対応できる個人であり組織であることが重要だと思われる.
 平成17年7月29日,震災の犠牲となった畜産関係者及び牛を供養しようと山古志肥育牛生産組合主催の供養祭が催された.関係者40人あまりが参加し,冥福を祈るとともに,これをひとつの区切りとして,次のステップへ進もうと決意を新たにした.
 復興は,まだまだ始まったばかりである.家保として,地域の復興に役立てることがあれば,積極的に参加していきたい.
 最後に,今回の一連の作業にご支援いただいた皆様に深謝します.また,震災で亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに,被災地域の一日も早い復興を祈念して稿を終える.


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† 連絡責任者: 篠川 温(新潟県上越家畜保健衛生所)
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