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解説・報告

新潟県中越地震による畜産被害への対応

篠川 温 (新潟県上越家畜保健衛生所・新潟県獣医師会会員)

篠川 温先生 写真1 は じ め に
 平成16年10月23日,新潟県中越地方で発生した地震は,最大震度7を観測し,一瞬で電気・ガス・水道・電話をストップさせた.また,この地震は発生当日だけで震度5以上の余震が10回発生するなど活発な余震活動を伴い,災害救助法が 10 市 27町 17村に適用され,死者40人重傷者622人,住宅被害は全壊と認定されたものだけで2,803棟を数え,地域に多大な被害をもたらした(なお,文中の村名等は,当時のものを記載).

2 中越家畜保健衛生所 (家保) の被災状況
 23日17時56分,地震発生直後から所長,次長をはじめ職員が登庁を試みたが,いたる所が通行止めで,登庁を断念せざるを得なかった.20時頃,登庁が可能であった職員2人で庁舎内の被害状況を点検した.建物にはそれほど被害はなかったが,事務所内は著しく散乱し,また検査室では薬品棚や標本棚が倒れ,異臭を放っていた.電話は非常用の2台しか使えず,また停電によりファックスは使用不能であった.携帯電話も非常につながりにくい状況で,職員の安否確認も困難を極めた.当日は停電していたため作業は断念し,翌日事務所内を整理し,業務に備えた.
 また,電気復旧後の点検で解剖棟焼却炉が使用不能であることがわかり,以後約1カ月間解剖実施不能となった.

3 被害状況調査
 (1)巡 回 調 査
 25日から巡回調査を開始した.しかし,当所職員も数名被災し登庁できない状況であり,人員が不足していた.さらに,道路状況が極めて悪いうえに停電のためインターネットでの道路状況検索も行えなかったため,各方面から得た情報をもとに決定した巡回経路も二転三転し,作業は困難を極めた.管内の巡回も当所のみでは限界があり,他の家畜保健衛生所(家保)に応援要請し,全県で対応しなければならなかった.また,被災地域では停電が継続していたことから給油所が閉鎖しており,巡回するにあたり公用車の燃料不足も深刻な問題となった.
 巡回調査にあたり,家保の全車が新潟県公安委員会から緊急車輌の認定を受け,仮復旧した高速道路の使用や立ち入り制限地域での通行をある程度許可されたことは非常に有効だった.
 (2)情報の把握・整理
 事前に作成していた防疫対応マップを用いることで震災以前の飼養状況が把握できた他,他家保による巡回調査においても,農場所在地の把握に役立った.また,関係機関・団体と連携して集めた情報を防疫対応マップの元データとなる地図プロット原本に記録していくことで,地域の被害状況情報を把握・整理したものを全県で共有し,以後の対応に活用することができた.
 (3)被害状況
 畜産被害があったのは27市町村と広く中越地域全体にみられ,畜舎被害11市町村49戸,死廃家畜は乳用牛13頭,肉用牛136頭,豚62頭.また,停電による搾乳・保冷不能等が原因の生乳被害が17市町村54戸で37t発生.畜産総被害額は約9億5千万円に及んだ.停電は生乳被害だけでなく,農場によっては給餌・給水にも影響を及ぼしていた.

4 畜産被害への県の対応
 状況調査で明らかになった畜産被害に対し県がとった主な対応は[1] 家畜疾病発生防止対策,[2] 要避難家畜の把握及び避難先の確保,[3] 避難家畜の緊急粗飼料確保,[4] 家畜の救出・輸送,[5] 死亡家畜の処理,となる.このうち[1] 家畜疾病発生防止対策に関しては,巡回時に適正な搾乳により乳房炎発生を防ぐよう指導した他,畜舎倒壊などによる衛生状況悪化に注意するよう呼びかける等の対応がとられた.また,家畜の避難・救出は一刻を争う状況だったが,被災地域の市町村では当然ながら住民の避難・安全確保が最優先であり,家畜管理への対応は困難だった.また,避難指示地域では飼養困難により緊急的に放し飼いとされたため,要避難家畜の把握も難しく,作業は難航した.

5 家畜の避難・救出
 畜舎及び施設の被害や,農場に至る道路の崩壊,市町村による避難指示などにより飼養継続が不可能となった農場では,家畜を移動させなければならなかった.移動が必要な家畜の状況を調査したところ,4農場で販売・譲渡を余儀なくされ,また4市町村42戸1,394頭の家畜避難対応が必要となった.当所では,他地域で飼養可能な農場の情報を収集するとともに,各方面と連携して集めた情報をもとに家畜の搬送路,搬送方法について情報を提供し,また,家畜の避難先把握にも努めた.

6 緊急飼料の確保
 避難先農場では飼料の在庫がなく,また道路状況が悪く飼料の輸送が困難な状況だったため,県内農場へ避難した家畜の飼料確保が緊急の課題となった.生産者団体・飼料卸商組合等には道路状況情報が提供され,また避難家畜に対し県から4.8t,国から16.5tの緊急的な粗飼料支援が行われた.

7 獣医療体制の確保
 山古志村の家畜救出作業にあたり,道路不通等により獣医師の診療・医薬品の供給が困難な地域が発生したため,県獣医師会等と連携し,現場における管理獣医師の作業を家保職員及び関係機関・団体がサポートする獣医療体制を確保し,必要な医薬品を提供した.すでに地震発生から日数が経過していたため,多くは削痩・衰弱しており,状態を観察して怪我の手当等を行い,避難先では状態の悪い個体に栄養剤投与等を実施した.また,避難を行った農家に対し,避難先地域での獣医療体制に関する情報提供を行った.


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