資  料

げっ歯類を感染源とする人畜共通感染症 レプトスピラ病

増 澤 俊 幸

静岡県立大学薬学部(〒422-8526 静岡市谷田52-1)

Leptospirosis, Ubiquitous Zoonosis Originated from Wild Rodents as Reservoir
Toshiyuki Masuzawa

Department of Microbiology, School of Pharmaceutical Sciences, University of
Shizuoka, 52-1 Yada, Shizuoka, 422-8526

 レプトスピラの発見
 
 黄疸出血性レプトスピラ病(ワイル病)は1886年ハイデルベルグの医師Adolf Weil[25]により見出された.1914年秋,九州大学の稲田らは黄疸を呈した炭坑夫の血液中から病原体の分離に成功,Spirochaeta ic-terohaemorrhagiae(japonica)と命名し,翌年2月東京医事新誌に発表した[9].また,稲田らは炭坑や塹壕に棲息するネズミがおもな感染源になっていることをすでに明らかにしていた[10].一方,第一次世界大戦の北仏戦線ではドイツ兵を悩ますフランス病(のちにワイル病であることが判明)が流行し,ドイツのHubenerら[8],Uhlenhuthら[24]も独自に病原体を発見し,1915年10月にそれぞれS. nodosa,S. icterogenesと命名した.1918年野口英世の提案で属名がLeptospiraに改められた.これより以前の1907年に米国のStimson[22]は黄熱病で死亡したとする患者の腎臓切片にレプトスピラの特徴に一致するフックした末端構造を有するスピロヘータ様構造を見いだし,その形が“?”に似ていたことからSpirochaeta interrogansと記載していた.そのため,1966年種名としてL. interrogansが採用された.稲田らにより世界に先駆け分離され,性状が解析されたレプトスピラ山崎株(Ictero No. 1株)は,第2次世界大戦中も試験管内で維持培養され,1990年のレプトスピラ分類小委員会において,L. interrogansの基準株として復活した[18].

 病原体の性状[17]
 
 レプトスピラはスピロヘータ科のグラム陰性好気性細菌で,炭素源,エネルギー源として長鎖脂肪酸のみを利用する.菌体は細長いらせん状(直径0.1μm,長さ6〜20μm)を呈し,“?”マークのごとくに両端はフック状に湾曲している(図1).細胞体両先端付近に端を発する各1本の鞭毛は外皮に包まれ菌体外に遊離することなく独特の運動性を示す.通常の染色法では染まりにくく,また活発な運動を観察するには暗視野顕微鏡が最適である.
 レプトスピラの培養にはウサギ血清を基本とするKorthof培地,あるいはウシ血清アルブミンとTween80を用いたEMJH培地[5, 6]などが用いられ,それぞれ市販されている.また,レプトスピラはビタミンB2,B12を増殖因子として要求し,また炭素源として長鎖脂肪酸,窒素源としてアンモニウム塩を要求する.28〜30℃の培養で,1〜2週間で増殖する.

図1 レプトスピラの透過型電顕写真(Leptospira interrogans serovar manilae)

 分  類
 
 1987年以前は,レプトスピラは病原性のL. interrogansと非病原性のL. biflexaの2種に大別され,さらには免疫学的性状に基づき30余の血清群(serogroup),さらにはその血清群内では250以上の血清型(serovar)に分類されていた[5, 6].一方,近年全ゲノムのハイブリダイゼーションによる分子生物学的分類法が導入され,その結果13遺伝種と種名がない4遺伝群に分類されるに至った[4, 20, 27](Leptospira Molecular genetics server : http://www.pasteur.fr/recherche/
Leptospira/Leptospira.html,表1).しかし,予防ワクチン,あるいは血清診断は血清型特異的であるため,流行血清型を考慮しなくては実施不可能であることから,今日でも血清型分類は広く利用されている.一方,250余存在する血清型の同定は容易ではなく,さらには遺伝種分類と血清型分類は必ずしも一致せず,ひとつの血清群,あるいは血清型が複数の遺伝種にまたがることもあり混乱の原因となっている(表1).また,病原性,ならびに非病原性レプトスピラを総称して,それぞれL. interrogans sensu lato(広い意味での),L. biflexa sensu latoと称し,それぞれの種を指すときはL. interrogans sensu stricto(狭い意味での),L. biflexa sensu strictoと使い分ける.