感染機構,疫学
 
 レプトスピラは80種のげっ歯類をはじめ鳥,ヘビ,ダニ,カエル,魚など120種を超える多種,多様な動物から分離され[28],人は終末宿主である.尿中に排泄されたレプトスピラは,長期間にわたり環境水を汚染し感染を広げる.このレプトスピラを含む尿で汚染された水,土壌に人や動物が経皮的に,経口的にふれることで感染が成立する.レプトスピラは表皮の小さな傷口や健康な皮膚からも侵入するといわれる.高湿な熱帯では,長期にわたりレプトスピラが環境中で生存可能であり,このため流行がしばしばみられる.最近の報告ではブラジル,コスタリカなどの中南米,フィリピン,タイ,インド,中国などの東南アジア諸国で大規模な発生がみられている[26].一方,日本ではレプトスピラ病は古来より秋疫,用水病,七日熱等の名前で呼ばれる秋季レプトスピラ病として知られていた(表2).これは収穫期の田に野鼠が出現し,これに人が接触することで感染が成立するためと考えられる.しかし,農業の機械化が進んだ今日では,人が素足で田にはいることもないため患者は激減した.一方,現在の日本ではむしろ水泳,カヌーなどの水遊び,あるいは海外旅行での感染が目立ってきている[19, 26].野生げっ歯類が主要な保有体であることは明かであるが,近年の患者減少により,レプトスピラ病に注意が払われなくなり,その実態も追究されなくなって久しい.その一方で,世界的交通網の発達,世界規模での物流のなかで,海外からの病原体の侵入はもはや看過できない状況となりつつある.また最近のペットブームで輸入げっ歯類を通じて,これまで日本に存在しない血清型が導入される可能性も危惧されている.レプトスピラ病は250を越える血清型が世界で見つかっているが,日本ではヒト秋疫混合ワクチンで対応できているのはcopenhageni(icterohaemorrhagiaeに対しても交差防御),autumalis,hebdomadis,australisだけであり,その他の血清型にはまったく対応ができていない.また,血清診断も後述の顕微鏡的凝集反応では血清型特異的であることから,流行血清型の把握は重要である.
 われわれは海外からの輸入の可能性を危惧して,海外からの貨物船が入港する港で捕獲した野鼠のレプトスピラ保有状況の全国調査,ならびに分離株の遺伝学的,血清学的性状解析を行っている.その結果を表3に示した.1,204匹の野鼠中42匹からレプトスピラを分離した(分離率3.5%).宮城,名古屋,沖縄など保有率がきわめて高い地域がみられた.名古屋市内ではマンホール内で野鼠の捕獲を実施しているために,汚染野鼠が高頻度に捕獲されたためと思われる.分離株は血清学的,ならびに遺伝学的検討を行いL. interrogans血清型icterohaemorrhagiaeの他に,沖縄では血清型javanica,さらには血清型未知の分離株を見出した.この結果は今日でも,われわれの身近にレプトスピラ保有野鼠が棲息し,感染機会は普遍に存在することを意味している.

 


 臨床症状・所見
 
 レプトスピラ病は発熱,全身倦怠,筋痛,結膜充血などを特徴とする.蛋白尿,黄疸,出血をレプトスピラ病の3主徴というが,黄疸,出血は重症例でないとみられない.ワイル病は最も重症型であるが,この他に中等症,あるいは軽症とされる秋季レプトスピラ病やイヌ型レプトスピラ病も知られる.
(1)ワイル病(黄疸出血性レプトスピラ病)[13-15]
   日本ではL. interrogans血清型icterohaemorrhagiaeと血清型copenhageniに起因し,3〜14日の潜伏期の後に発病する.経過は以下の3期に分けられる.
第1期(発熱期)
 突然の悪寒を伴う39〜40℃に及ぶ発熱に始まり,頭痛,腰痛,全身倦怠感,結膜の充血,腓腹筋痛がおこる.この他に関節痛,睡眠障害,悪心,嘔吐などの症状がみられる.結膜の充血は最も特徴的症状であり,第2〜3病日には顕著となり,第4〜5病日には結膜,皮膚に黄疸がみられるようになる.
第2期(発黄期,黄疸期)
 体温は解熱傾向を示すが,黄疸は最高潮に達し,出血傾向が現れる.皮膚の点状出血,歯茎や口蓋の口腔内出血,鼻血,吐血,血便,眼球結膜の出血,喀血,血尿などがみられる.また,心筋,血管壁および血管運動神経の障害による循環器不全がみられる.神経症状では頭痛,不眠,重症例では意識障害がみられる.
第3期(回復期)
 黄疸極期をすぎると,衰弱と激しい貧血がみられるようになる.このため皮膚は灰緑黄色となる.
(2)秋季レプトスピラ病,イヌ型レプトスピラ病
   わが国では,古くより軽症ないし中等症の秋季レプトスピラ病がおもに収穫期の秋に好発した(表2).L. interrogans血清型hebdomadis Akiyami Bによる福岡県の七日熱などの秋疫B症,血清型autumnalis Akiyami Aによる静岡県の秋疫などの秋疫A症,血清型australis Akiyami Cによる静岡県の用水病などの秋疫C症があるが,重症のものはワイル病と区別できない.最も注意すべき後発症は水晶体混濁である.2週間から,遅いときには4年後に現れることもある.通常は1〜6カ月の間に30〜40%の頻度でみられる.
 イヌ型レプトスピラ病は犬が保有する血清型canicolaによる感染で,保菌率は地域にもよるが6〜20%で,米国では犬から人ヘの感染が多いといわれている.潜伏期はワイル病と同じく4〜9日が多い.ワイル病と類似の病形を呈するが,黄疸出血の傾向は弱い.
(3)動物のレプトスピラ病
   自然界ではレプトスピラ病は動物の間で循環伝染し,急性感染から回復した保菌動物の尿中には長期間にわたりレプトスピラが排出され,幼弱動物の感染源となる.また,各種野生動物から家畜,人ヘ,家畜から人ヘのルートで感染が広がる.日本の家鼠のレプトスピラ保有率は11〜80%(1960〜1982年),米国のスカンクは50%以上に達する.一般動物では不顕性感染が圧倒的に多いが,一部の家畜,ペットでは致死的となる.日本で分離された血清型と動物種を示した(表4).血清型と宿主との間には家鼠と血清型icterohaemorrhagiaeとcopenhageni,野鼠と血清型grippotyphosa,犬と血清型canicola,豚と血清型pomonaのように宿主偏好が認められる[5, 6, 28].
 
 
  家畜は種により保菌期間が異なり,牛では一般に数週間以下で保菌率も低い.日本ではhebdomadis,autumnalis,欧州ではgrippotyphosaによる血色素尿,米国ではpomonaによる流産が多い.オーストラリアではhardjoによる感染が多い.豚では米国ではpomonaによる流産が多く,数か月から1年以上保菌状態となる.犬はcanicolaによる顕性,不顕性感染が多く,保有体となって数年から生涯に渡りレプトスピラ尿症を呈する.このため日本ではicterohaemorrhagiae,canicolaに対する不活化ワクチンが実施されている.米国では同じ血清型ワクチンが広く使用されたため,この2血清型のイヌレプトスピラ症はみられず,代わってこのワクチンでカバーされないpomona,grippotyphosa,bratislavaが主要な血清型となっている[7].馬は発症しても軽症であることが多いが,重症では合併症として月盲が知られている.この他にキツネ,スカンク,オポッサム,家鼠をはじめとする各種げっ歯類は不顕性感染し,保有体となる.近年のペットブームにのり流行中のハムスターはげっ歯類の中にあっては例外的にレプトスピラに高感受性である.実験的感染では1〜2週間以内に血尿,皮下出血,肺出血,腎臓の著しい変性障害を呈し死亡する(図2,3).このため,年間30万頭以上輸入されるハムスターはもし感染していたとしてもその輸送過程で死亡し,感染動物が愛好者の手元に届くことはないと推定される.一方で,ハムスターのレプトスピラ保菌の実態についてはまったく不明であり,現在著者らは厚生科学研究班を中心として調査を進めている.
図2 実験的感染ハムスター(左)にみられる皮下出血,右は正常動物
 
図3 実験的感染ハムスターの肺にみられる出血(左),右は正常動物の肺