【資    料】狂犬病予防法の制定をめぐる想い出の数々
田中良男(日本獣医師会 顧問 埼玉県獣医師会 名誉会員*)
  1.犬の狂犬病予防注射期間の延長問題
  埼玉県獣医師会々報第263号(60年9月号)誌上で厚生省生活衛生局乳肉衛生課専門官の森田邦雄氏による「犬の狂犬病予防注射期間の延長について」と題する時事ニュースの発表があった.この記事の中で著者は,(1)我が国における狂犬病の発生とその撲滅,(2)諸外国における狂犬病の発生状況,(3)我が国の犬の登録頭数等の現状,(4)狂犬病予防注射期間延長の経緯,(5)「おわりに」と5区分して狂犬病の防疫に関する種々の情報を簡明に紹介しその実状を要領よく解析している.
  2.狂犬病予防法制定までの経緯
  私も数年前日本獣医師会雑誌第33巻10月および11月号に,1)世界における家畜伝染病とその動向,2)家畜防疫の世界の趨勢と国際家畜防疫機関の活動,3)国際獣疫事務局略称(O.I.E)が誇る動物衛生コード(法規)の制定とその経過に区分して私が数10回によるO.I.Eの各種の会議に列席し,あるいは自ら体験した内外の家畜防疫から学んだ事実に基いて,内外の家畜防疫についてその実態を紹介したことがあった.
  3.その中で,5)狂犬病の流行と狂犬病予防法制定の問題にふれ,特に昭和25年に制定された狂犬病予防法制定の段階でその原案作りに私自身が当ったことを述べた.当時からすでに35年が経過したので記憶が定かでない点も多々あるが,当時この問題の渦中にあった方々,たとえばGHQのビーチウッド博士,畜産局衛生課長の斎藤弘義博士,提案者の労をとっていただいた代議士の原田雪松先生(彼は熊本県選出の代議士であり獣医師だった),厚生省の阿曾村乳肉衛生課長および同課の課長補佐恩田技官など,すべて他界されたので渦中に在り前後の事情を知っているのは私だけのように思う.そこで,当時の事情と前後の裏面話等を改めてご紹介することとした.
  4.狂犬病の発生状況等は森田氏の論文中にも述べられまた家畜衛生史等によっても古くから国内に存在していたことは明かである.
  5.狂犬病の防疫は家畜伝染予防法の規定に従って進められていたが,犬の狂犬病だけはこの法律の主務官庁は農林省でなく厚生省が主務官庁となっていた.
  第2次世界大戦の末期に当る昭和19年には関東を中心に788頭の病犬と15名の狂犬病患者が発生するなど,社会不安をいやが上にもかりたてる大きな問題となっていたようである.
  その後一時沈静化したかに見えた本病が,昭和23年にいたりふたたび急増し,翌24年には犬614頭,人76名,家畜12頭(牛馬各1頭,猫10頭)の大発生があり,緊急措置として家畜伝染病の一部を猫の狂犬病に適用する省令までが農林省から公布される有様であった.