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論 説

食品の安全を守るしくみ〜獣医師の活躍・そして安心へ〜

栗本まさ子 (内閣府食品安全委員会事務局長)

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 「名前も知らない人がほとんどである」が63%.
 創立5周年を間近にひかえた昨年6月,食品安全委員会が食品安全モニターに聞いたアンケートで,「5年前に食品安全委員会が発足したが,あなたの周囲の方々の食品安全委員会についての認識に変化があると思うか?」との設問に対する回答である.「名前を知っている人が増えている」は31%,「活動内容も知っている人が増えている」は6%だった.
 食品安全委員会がどこにあるかご存じだろうか.釈迦に説法だ,とお怒りになる方が多いことを期待しつつ少しご紹介し,ご一緒にお考えいただきたい.

 1 食品の安全を守るための「リスク分析」
 平成15年7月,「食品の安全性の確保に必要な措置は,国民の健康の保護が最も重要であるという基本的認識の下に講じられるべきである」という基本理念を定めた食品安全基本法の施行とともに,食品安全委員会は内閣府に設置された.食品の安全に「絶対」はない,どのような食品にもリスクがある,ということを前提に,科学的知見に基づいて安全性を確保していくことになった.国際的には一般的になっていたリスク管理,リスク評価,リスクコミュニケーションの3つの要素を含む「リスク分析」という考え方,すなわち,問題の発生を未然に防止したり悪影響の起きる可能性を低減させたりするためのプロセスが我が国にも導入されたのだ.残留農薬などの食品中の有害物質によってどのくらいの確率でどの程度の健康への悪影響がおきるのかを科学的に評価する「リスク評価(食品健康影響評価)」を食品安全委員会が担当し,この結果をもとに,厚生労働省が農薬の食品への残留基準などを,農林水産省が作物への農薬の使用基準などを定めるなど,リスク低減のための対策を実施する「リスク管理」を担当している.
 残留基準を超える農薬等が検出された食品を水際で止めたり,使用基準違反を摘発したり,活躍が見えやすいリスク管理機関と違って,これらの基準設定の根拠を示すリスク評価機関は,縁の下の力持ちのような存在なので,食品安全委員会の知名度はまだ低い.そして,ご批判や誤解もまだ多い.
 表示偽装や輸入食品の問題などが続き,食品に対する信頼が揺らぐ中,食品安全委員会に寄せられる国民の期待はとても大きいものの,その役割や活動内容が未だ十分には知られていない事情もあって,食品安全委員会は機能していない,との思いを抱いている方が少なくない.消費者・生活者が主役になる社会を実現するため,昨年から消費者庁を設置する準備が進められ,その過程でも食品安全委員会は消費者の不安な気持ちに応えてくれない,消費者目線でない,といった批判があり,だから消費者庁に移管すべき,との主張も強かった.科学に基づくリスク評価結果は,遺伝子組換え食品などについて,イヤだ,不安だという消費者の気持ちと合わないことも多いのだ.リスク評価のためのデータは企業任せ,リスク管理機関の追認機関に過ぎない,との誤解もあるが,リスク評価に必要なデータを評価要請者が用意するのは国際的な原則だ.データの要件はガイドライン等で示すなど,その信頼性を確保している.リスク評価は,まずデータの信頼性を評価し,信頼性の低いものは除外し,追加資料の要求等をしながら進められる.さらに委員会として独自に調査・研究を行うこともあり,企業任せにはしていない.食品安全基本法に基づき,厚生労働省や農林水産省が管理措置を定めたり見直したりするたびに食品安全委員会のリスク評価を要請する案件がこの5年間で1,000件を超え,既に700件を超える評価を終えているため,リスク管理機関の追認機関のように見えてしまうのかもしれないが,リスク評価はあくまでも科学に基づき,感情にも利害にも左右されることなく,中立公正に実施されている.そして,消費者庁が設置されても食品安全委員会は移管はしないこととされた.なお,国民の健康保護のために重要で,優先的に評価すべきと判断すれば,食品安全委員会はリスク管理機関からの評価要請を待つことなく,リスク評価を開始する.これを「自ら評価」といい,より積極的に取り組むべきとの指摘もあるが,実施体制の整備が必要だ.
 食品安全委員会はBSE問題を契機に誕生したと言ってもよいので,BSEに関する評価は真価を問われる大切な評価であると考えている.と畜場でのBSE検査を全頭から21カ月齢以上の牛だけに変更しても人に対するリスクはどちらも「無視できる〜非常に低い」,という評価結果を公表したのは平成17年5月.それから3年以上が経過した昨年7月,改めてBSE対策について考える参考に,と見上委員長が談話を発表された.科学的には意味のない全頭検査をいつまで続けるのか? もっと本当に必要なことに大切な税金を使うべきではないか? という委員長からのメッセージである.全国で,消費者の安心のために,全頭検査が今も続けられているが,一度,食品安全委員会HPの「我が国における牛海綿状脳症(BSE)の現状に関する委員長談話」をご参照いただきたく思う.


 2 獣医師の活躍・そして安全〜安心へ
 食品安全委員会の見上委員長は獣医師.そして,委員会におかれている14の専門調査会の247名の委員のうち,62名が獣医師であり,獣医師に支えられている組織である.また,事務局は常勤職員と専門職である非常勤職員を合わせて100名に満たない体制で,このうち17名は獣医師である.今後,獣医師のさらなる活躍が期待される行政科学(レギュラトリーサイエンス)の分野である.
 食品安全委員会はリスクコミュニケーションに力を入れてきた.リスクコミュニケーションは「リスク分析」の3つの要素の一つ.フードチェーンにかかわる関係者間でリスクについての情報・意見を交換することで「リスコミ」と略される.リスコミ=双方向=意見交換会,と考えがちだが,大切なのは,専門用語が多くて難解なリスク評価の内容などを,できるだけわかりやすく,くりかえしお伝えすること.私たちも努力を続けているが,食品は毎日食べるもの,命に直結するものなので,「科学的には「安全」だと頭ではわかったつもりでも,やっぱり「安心」できない」ということがおこりがち.一般の消費者の方々には,できるだけ身近で専門知識のある信頼している方からお伝えすることが効果的で,安心につながりやすい.BSEについても,食中毒原因微生物についても,毒性試験における動物実験の臨床所見や病理所見についても,獣医師は専門的な知見を豊富にお持ちだ.動物病院の先生が診療の傍ら,「全頭検査は科学的には意味がないんだ.」,「メディアの情報を鵜呑みにしちゃあだめ.食品安全委員会のホームページが参考になる.」,「食べ物にゼロリスクはない.だからリスクとどう付き合うか,自分で考え,自分で判断できるようにしておかないと.」などとお話いただくことは,私たちが開く意見交換会より影響が大きいに違いない.食品安全基本法は食品の安全を守るために,事業者や行政の責務を定めるとともに,食品を最終的に消費する主体である消費者の役割も定めている.フードチェーンに係わるすべての人の共同作業で守ろう,という考え方である.様々な分野でご活躍の獣医師の先生方に,食品安全のリスクコミュニケーターとしてもご活躍いただければ大変心強い.今後はこれまで以上に日本獣医師会との連携を強化させていただきたい.




† 連絡責任者: 栗本まさ子(内閣府食品安全委員会事務局)
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