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解説・報告

げっ歯動物の安楽殺処分施行ガイドライン

薮内かおり 木康博 黒澤 努 (大阪大学医学部附属動物実験施設)


薮内かおり
 我が国では愛護動物はふたつのグループに分類される.
 第1は終生飼育動物とされる,家庭動物ならびに展示動物である.家庭動物の多くは伴侶動物(コンパニオンアニマル)であり,こうした終生飼育動物は疾病や傷害に陥り,治療による回復の見込みが獣医学的見地から見いだせない場合には,獣医師による安楽殺処分がおこなわれる.この際には麻酔薬の過剰投与が多くの場合選択される.
 すなわち終生飼育動物の安楽殺処分には,多くの場合,傷害疾病による苦痛の除去を目的として,臨床獣医学的に用いられる麻酔薬が適用され,他の方法の選択肢は少ない.
 第2は,非終生飼育動物とされる,あらかじめ人が使用するにあたって使用目的に合わせて安楽殺処分するべき,産業動物及び実験動物である.これらの非終生飼育動物では,あらかじめ殺処分が予定されていることから,より一層苦痛の少ない方法で施行することが望まれる.そこで麻酔薬の過剰投与等を殺処分方法の第1選択肢としたいところであるが,食用に供される産業動物においては,注射麻酔薬等の方法による殺処分では,薬剤の残留により食の安全・安心に抵触することとなり,他の方法を選択しなくてはならない.このために多くの殺処分法が考え出されているが,産業動物では経済的に,高価な方法や非効率な方法,危険な方法を選択することはできない.このように産業動物では,種々の制約が存在する.
 これに対して,もう一方の非終生飼育動物である実験動物はある研究目的のために使用されるのであるから,研究目的に適合しない安楽殺処分法は選択することができない.しかし,多くの研究では,ある特定の観察項目があったとしても,当然のことながら対照群が設定されているので,実験群と対照群ともに過剰量の麻酔を用いれば研究目定が達成される.したがって出来るだけ苦痛を軽減する目的で,麻酔薬の過剰投与が第1選択となる.
 しかし,麻酔薬のほとんどすべては薬事法上の劇薬,毒薬であり,中には麻薬及び向精神薬取締法で厳格にその使用が制限されている医薬品もある.したがって,実験動物の安楽殺処分においては,こうした医薬品の濫用による社会的犯罪抑制のために,他の安楽殺処分法を選択すべきものとなる場合がある.また純粋に科学的な理由から,麻酔薬の過剰投与を避けなければならない研究も存在する.
 このように非終生飼育動物では終生飼育動物と違って,種々の要因を勘案のうえ安楽殺処分を選択しなければならない.いずれにせよ多くの場合,安楽殺処分法の第一選択は,麻酔薬の過剰投与となるだけでなく,動物愛護の観点からは確実に死亡したことを確認する必要があり,獣医学的管理のもとで行う行為である.
 また昨今の動物愛護の高まり[1]により,より苦痛の軽減が求められるようになった[2]ことから,安楽殺処分の施行時にも正しい知識を習得して,適切に施行することが獣医師には求められる.
 欧米では動物の安楽殺処分は獣医事の問題として,良く研究されているばかりでなく,実際の安楽殺処分法の適否に関する研究も行われ,その結果が学術雑誌に発表されている.これらの安楽殺処分の方法の詳細はすでにAmerican Veterinary Medical Association(AVMA)の安楽死の指針[3, 4]として公表されている.しかし,その中でも十分に記述されていない,極めて特殊なケースについて,最近ふたつの文書が公表された[5, 6].いずれも米国のNational Institutes of Health(NIH)のAnimal Research Advisory Committee(ARAC)の指針である.これらの文書は,実験動物医学に直接関与する獣医師にとって貴重な資料となるだけでなく,他の分野で実際に安楽殺処分を施行せざるを得ない獣医師にとって,できるだけ苦痛の少ない安楽殺処分施行のための諸元について考えるための格好の資料となると思われる.そこで,ここに,この2つの文章を全訳し,公表することとした.

 1 二酸化炭素(CO2)によるげっ歯動物の安楽殺処分死施行ガイドライン
 げっ歯動物の安楽殺処分は,適切な技術・設備を整えた上で,十分訓練された者が行わなければならない.研究目的を遂行するためにも無痛での安楽殺処分を確実に施行する事は,不可欠である.また,できるだけ苦痛を与えない事に加えて,できるだけ迅速に施行するべきである.終了の際には,心拍動や呼吸の停止の確認,あるいは動物の死後硬直や瞳孔散大の確認等の,適切な手段で,死亡を確認しなければならない[7].また,安楽殺処分は動物飼育室で施行するべきではない.安楽殺処分の方法は,動物種に応じ,適切で,さらに研究に支障をきたさない方法でなければならないし,また,最新(2007年6月)のAVMA Guidelines on Euthanasia[3]に準じたものでなければならない.
 CO2吸入法は,NIHでマウスやラット,豚やハムスターに対して使われる最も一般的な安楽殺処分法である.この方法の重要な点を次にあげる.
 (1)動物の新生子(10日齢以下)はCO2の効果に耐性があるので,代わりの方法が必要である[3, 8]
 (2)CO2を満たす安楽殺処分用チャンバーは中の動物が見えるものでなければならない.チャンバーの中に動物をつめこんではならない.すなわち,チャンバー内で全ての動物が,通常の姿勢を取ることができるようにしなければならない.
 (3)圧縮CO2ガスボンベは,安楽殺処分用チャンバー内へCO2ガスの流量を調節しながら供給できる,唯一奨励できるCO2ガスの供給源である.チャンバー内へあらかじめCO2ガスを満たさずに,チャンバー内へ動物をいれ,そこに100%のCO2を流し入れる.チャンバー内で,チャンバー容量に対して1分あたり20%以上のCO2と呼気が混ざりあうことで,動物にとって最小限のストレスで素早く意識を失う,適切な濃度比のガスが得られることとなる[9].(例えば10lのチャンバーなら毎分2lの流量で使用).意識のある動物を突然70%以上のCO2濃度に曝すと苦しみを与えることが明らかとなっている[3].
 (4)通常2分以内に無意識になるのが望ましい[10].呼吸運動の消失や眼球の退色がみられるかどうかを,それぞれのげっ歯動物で観察する.この両方の徴候がみられたら,チャンバーから動物を取り出すが,徴候がみられない場合は,チャンバー内に留置する.もし,2分経過してもまだ意識を失わないなら,チャンバー内へのCO2の充満度をチェックするべきである.また,CO2の漏れや供給の停止がないかどうかや,フローメーターでの流量を点検するべきである.CO2濃度や感作時間を適切にすれば,動物が予想外に回復することは防がれる.安楽殺処分の施行後や,実験後の動物の廃棄の前に,再度,動物の死亡を確認せねばならない.
 (5)安楽殺処分のために動物を飼育ケージやチャンバーに寄せ集める事は,一般的慣例として容認されている.動物を集める際には,個々の動物が通常の姿勢を取ることができるようにするべきである.それに代わり,いつでも,住み慣れた飼育ケージ内で,動物を安楽殺処分することもできる.しかし,同じ安楽殺処分用チャンバーを用いて動物群を順次安楽殺処分する際には,動物の苦痛を避けるために,チャンバー内の残存CO2を除去することに配慮するべきである.準備できるのであれば,ユーサネクスリッズ(Euthanex Lids)はこれを実施する上で,優れた道具となる.



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