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診療室

目的セルと最適解

細谷 修 ((有)酪農リストラクチャーサポート代表取締役・熊本県獣医師会会員)

 乳業会社で6年,熊本県酪連で9年間勤務した後に,より良い生活を求めて独立したのであるが,診療を増やさなければ収入は増えない.疾病の予防に力を入れれば診療は減り収入も減る.私も酪農家も増収となる道を求めて,同時に県酪連を退職した獣医師と共同で経営指導業を始めたのである.業とするに当り2つの柱を定めた.最大の収益は,最大の乳代金と最少の飼料代から生じる.乳代金は予測乳量と予測乳価を重回帰による統計処理で求め,最少の飼料代は線形計画による飼料設計で求めた.
 表題の目的セル・最適解はパートナーオリジナルの飼料設計の線形計画ソフトで出合った言葉だ(200種の飼料の栄養成分36項目のデーターは私が担当した.).
 このソフトは,横軸に単価とDM(乾物量)・TDN(可消化養分総量)から微量ミネラルまで36項目の栄養成分を並べ,変更可能な条件,DM何kg・TDN何〜何%等36項目を設定し,縦軸に入手可能な30数種類の飼料原料を上限下限の制約の基に変化させ,その合計が最少価格(目的セル)になる組合せ(それぞれの原料給与量)を,最適解として求めている.
 この飼料設計は,より安価に搾ることが目的なのだが,牛は当然健康でなければその能力を発揮できない.牛の健康は目的ではなく条件の一つなのだ.だからこそ36項もの栄養成分をその条件として設定しているのだ.
 私の設計を見た獣医師の多くは,「粗飼料が少ない」というが,粗飼料の多給は牛を不健康にするだけでなく農家経済も不健康にする.粗飼料はDMベースで20%程度あれば充分なのだ.但し,危険分散の為3種類以上の粗飼料を給与している.
 限られた採食量での粗飼料多給は高濃度の濃厚飼料が必要になり,ルーメンに負担をかけるだけでなく,高価な濃厚飼料やいわゆる良質粗飼料も必要になる.共に高価で経営の負担に繋がる.
 粗飼料を反芻に必要な最少量にすれば,ストローで充分だし,安価な糟糠類や副産物で濃度の調整も安易になる.少ない粗飼料の給与量は私共の意思ではなく,最適解を導く所以だったのだ.このことを信じ実践してきただけである.
 給与飼料の単価や入手状況が変われば最適解は当然変化する.低乳脂率対策や繁殖・暑熱対策が必要な場合は,条件として設定する全体の成分濃度や給与飼料の上限下限等の制約を変える必要が生じるが,条件や制約が増えれば目的セルの値は上昇するのである.
 教科書や米国情報を鵜呑みにした制約や条件ではとんでもない最適解を導き目的セル値は上昇する.例えば米国のルーサン主体の飼養を信じルーサンの下限を設定した制約では下限量を高くすればするほど経営を圧迫する.米国のルーサン価格は乳価の25%と安価なので多給しているが,同じ方法にすると日本では乳価の60%と高価なため,生産費の上昇を招くからだ.
 個体の乳量(平均乳量)を求めすぎても目的セル値は上昇する.高価な良質粗飼料・配合飼料・必要以上のサプリメント,私共の最適解には無縁の飼料だが,目的ではなく結果としての高乳量牛・牛群なら顧客の酪農家と無縁ではない.安価な飼料代でも可能なのである.
 線形計画では飼料のシャドープライス(飼料の相対的な価値・価格)も判る.スポットで安価と思われる飼料もシャドープライスを知っていれば,別の観点からの購入の判断や価格交渉も可能になる.また,自給粗飼料を作った方が得かどうかの判断も出来る.飼料価格が高騰している現在でも作らない方が損失は少ないと判断している.作るなら野草か牧草の方が損失は少なくて済む.
 有難いことに酪農の危機と言われる現在も酪農家は毎月料金を振込んでくれる.私共が間違ったことをしているとは思わない.
 診療する場合も,目的や条件・制約を明確にしておく必要がある.人と動物の共通感染症の防疫,食の安全は産業動物獣医師としての前提条件で,勿論,所得の確保も条件に入るが,目的は酪農家の可能な最大所得であり,それに対する取組み方が,仕事上の最適解と思っている.如何に酪農家の損失を少なくするのか,簡単にしか述べないが,原則として乳房炎や繁殖障害の治療は何時までも続けない.治療して簡単に治らない乳房炎は盲乳にする.治療中は健康な分房も出荷制限だし,治療費もかさむ.分娩後半年も経過した牛には授精も勧めない.搾乳肥育し,淘汰更新した方が余程損失を防ぐことに繋がるからだ.売上を上げる事だけに拘らず,如何に損失を減らすかも利益に繋がるのである.
 余計なお世話を一言.産業動物に携わる開業・共済・農協・行政・研究者他,それぞれの獣医師の最適解は必ずしも同じではない.目的を明確にして,条件や制約をもっと吟味して欲しい.したい事となすべき事,優先順位は後者である.
 目的セルや最適解という言葉を知り,実践し,やっと理解できたのに,私の最適解は数年中に「引退」の二文字になってしまう.



細谷 修  
  ―略 歴―

1973年 鹿児島大学卒業,乳業メーカー入社
1979年熊本県酪農業協同組合連合会入会
1987年退会,翌年 細谷産業動物診療所開設
現 在 (有)酪農リストラクチャーサポート・(有)細谷産業動物サービス代表取締役



† 連絡責任者: 細谷 修((有)酪農リストラクチャーサポート)
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