会報タイトル画像


学術・研究会活動

北里大学循環型畜産研究会の挑戦

竹原一明 工藤 上,三浦 弘,大浪洋二,及川正明(北里大学循環型畜産研究会)

竹原一明
竹原一明
 地球温暖化による異常気象,その結果,農業の不作,化石燃料からバイオエタノールへの転換などもあり,トウモロコシや小麦を中心に,様々な農作物が2007年暮れから値上がりしだした.これら生活必需品の値上がりに加え,「食の偽装問題」や中国製冷凍餃子・BSEを始めとする「食の安全性確保問題」などから,これまで,関心をもたなかった多くの一般の人々にも,地球温暖化や食料確保への関心が高まってきた.我々,農学・獣医学に関わる者にとって,21世紀の第一四半世紀(2025年まで)は今後の人類社会の展開にとって重要な時期となっている.北里大学獣医畜産学部附属八雲牧場から発信した,「100%自給飼料による牛肉生産」を中心に,資源循環型農業・土地利用型農業を研究すべく,北里大学獣医学部に循環型畜産研究会(以下,研究会)ができて9年目になる.これまで,3年ずつ,3期のプロジェクトを実施してきたので,これまでの経過をまとめることにした.
 1996年,当時の八雲牧場長の千秋達道は,「配合飼料の給与をやめ,すべて八雲牧場で育てた飼料で牛肉生産をする」と方針を方向転換させた.自給飼料による畜産は,先進国途上国を問わず,諸外国ではきわめて普通のことであるが,当時の日本では,これはまさに挑戦だった.海外からの安い輸入飼料で成り立っている日本の畜産の利点を放棄する.当時は牧草だけで肥育を行うことなどありえないと,実際に牛肉生産に関わっている人々からも同調はほとんど得られなかった.一方,消費者側からも,草を主体に食べていることから脂肪が黄色で見た目が悪いなど,賛同はなかなか得られなかった.自給できる餌に見合った家畜を飼養するという諸外国の常識は,日本では通用せず,飼料の100%自給など経済的に見合わないというのが20世紀後半の考え方だった.しかし,東都生協での取り扱いをきっかけに,消費者にも受け入れられるようになり,八雲牧場の牛肉は,千秋を引き継いだ萬田富治附属フィールドサイエンスセンター(FSC)長により,「北里八雲牛」の商標登録がなされ,価値を認める人々や団体に好評となってきた.大学の牧場だから成り立っていると言う意見も時々聞くが,完全100%を目指さなくとも,自給率を高めようと言う動きは各地に出始めている.
 2000年秋に北里大学獣医学部に組織された研究会は,獣医学科・動物資源科学科・生物環境科学科の3学科と附属動物病院・FSCの2施設がまとまった,学部有志による横断的な共同プロジェクトで,「資源循環」をキーワードに,それぞれの研究者が,独自の立場・独自の手法を用い,循環型畜産を研究するところから始まった.きっかけは,上に述べた日本の加工型畜産にあった.日本の畜産は,飼料の大部分を海外から輸入するという極めて特異な方法で,20世紀後半に目覚ましく発展を遂げてきた.その結果,国民の食生活は大いに改善され,今や日本は世界一の長寿国となっている.しかし,飼料原料の大量輸入による加工型畜産主体では,輸入飼料に依存する家畜やその生産物を食べた人間の排泄物はすべて国内にとどまり,環境の許容限界を超えて多くの問題を生じている.一方,飼料の輸出国の農地から持ち出された有機物及び無機物は還元されず,物質循環が成り立っていない.さらに,我が国の食料自給率は1970年の60%から2000年には40%にまで低下している.地球規模での人口増から食糧危機はすぐ目前の問題である.21世紀を迎えて,畜産生産においても,環境保全と生産性・経済性との調和を図る新たなる発想の転換が求められており,一方で我が国の食料自給率の向上も考える必要がある.これらは,先端的科学技術の開発改良に基づく部分的改良ではなく,「物質循環の再構築による環境の修復と保全」を地域的な畜産生産の場に適用するという総合的な解決策を究明することによってのみ解決される問題である.八雲牧場ではその先鞭をとっていた.
 研究会では,このような課題について,学部横断的にプロジェクトを組み,3学科2施設に属する研究者の異なった視点から,特異な手法を用いて研究に取り組んだ.第一期は,実施場所が様々で,研究発表会においても,異なる分野の研究者の発表を初めて聞くこととなり,戸惑うことも多かったが,とにかく勉強会や研究発表会を実施した.2001年には,あおもり県民政策ネットワークに,「畜産を核とした循環型農業の実施による食糧自給率の向上と食の安全性に関する研究開発(日本の食糧基地を目指して)」を提案したところ,高得点で採択され,研究費が付き,青森県機関との連携の下,大学関係者のみでなく,広く循環型畜産に興味を示す人々が集まってきた.ちょうど,わが国で初めてのBSEの発生もあり,食の安全に関心が高まってきたことも,採択された理由だ.その骨子は,休耕農地・山間地の土地利用や未利用農・水産副産物の再利用を高めた飼料自給率の向上による低投入型畜産(酪農・肉牛生産)を展開し,その動物への生理・栄養・生産・抗病性などへの影響,土壌環境・畜産副産物(廃棄物)の他分野への有機的な活用について展開できるよう,青森県内の畜産農家及び園芸・耕種農家と連携をとりながら,研究を遂行するというものである.2003年から始まる第二期は,青森県が2003年から開始した「青い森の元気牛生産・販売実証事業」とも共同し,同事業の対象牧場である下北半島の横浜繁殖牧場を研究材料採取の拠点とした.さらに,青森県と北里大学とで本事業の推進に対して,依頼書と同意書を交わしている.このような県との共同研究は,獣医畜産学部設立以来,初めてのことだ.繁殖牧場の場長からは,「牛を殺さない限り,何をしてもらっても良い.材料を採っていってもらい,分析した結果を返してもらえれば.」と我々に対し温かい言葉を掛けてくれた.同年,青森県の行政・畜産関係機関・独立行政法人家畜改良センターと動物衛生研究所七戸支所にも声をかけ,循環型畜産研究推進会議を組織した.推進会議では,年度の始めに各研究グループの研究計画を発表し,内外の参加者から,忌憚のない意見をいただき,年度の終わりには成果を報告し,次年度に備えるというもので,県の事業についても報告いただいている.さらに,2003年に「地域環境共生畜産の展開に関する実証的総合研究」であおもり県民政策ネットワークから研究費をいただいた.なお,2003年度の農林水産省による「我が国の食料自給率―平成14年度食料自給率レポート」には,青森県の生産面の取組みとして,「安全・安心な有機牛肉生産を展開している」と紹介がある.ちょうど,有機畜産ガイドラインが我が国で検討されている時期でもあり,時代に合致したプロジェクトとして捉えられている.
 2008年度には,開始当初9題だった研究課題が19課題にも増え,土・草を中心とする物質循環,動物個体の衛生管理,受精卵移植などの育種,放牧動物行動管理技術,糞尿処理技術など,様々な観点からの研究が続けられている.また,青森県側でも「光り輝け! 地域の宝(日本短角種)振興支援対策事業」を予算化し,先の事業を発展させている.
 はじめは無理といわれた自給飼料による肉牛生産は,今や大学から県レベルにまで広まり,次は民間レベルにまで拡大することだろう.食料自給率が低いことは,地球環境に対して悪影響を及ぼし,一方で世界的な食糧不足が懸念される21世紀,日本を挙げて,食料自給率の向上に向けた本格的な政策が必要となる.その際に,100%自給飼料による家畜生産方法は,多くの関心を持たれるに違いない.

参 考 資 料
[1] Kirchgessner M., Roth FX, Windisch W : Beitrag der Tierernaerung zur Entlastung der Umwelt(環境負荷低減のための家畜栄養学の役割).Forschung und Praxis. Ausgabe 31 : Vortrag anlaesslich des 4. Forums Tierernaehrung der BASF AG, 4-5, 11 (1992)
[2] 北里大学循環型畜産研究会・合同委員会:平成12年度循環型畜産研究会報告書(2001)
[3] 増井和夫:飼料自給率100%による環境保全型牛肉生産―北里大学八雲牧場の試み―畜産の情報(国内編)131, 4-11(2000)
[4] Senshu T, Kuroyanagi T, Matsumoto H, Kubota H, Yamada T, Toyokawa K, Shoji K, Ono Y, Itoh T, Kubota S, Doshichi T : Case Report : Ecological Beef Production with 100% self-sufficient feed. -The idea, strategy and future view-. International Workshop on Conservation and Utilization of Resources in Less Favoured Areas with Special Emphasis on the Roles of Livestock and Technology(中山間地域での国土資源の畜産利用による保全・開発技術に関する国際ワークショップ)pp7 (1999)
[5] 萬田富治 自然・食・人の健康を保全する地域資源循環型畜産の構築―北里大学八雲牧場における理論と実践―日本草地学会誌,50(5),453-460(2004)
[6] 萬田富治 環境保全型畜産物の生産から病棟まで 北里大学農医連携学術叢書 第2号,養賢堂,東京,pp105-132(2007)



† 連絡責任者: 竹原一明(北里大学獣医学部循環型畜産研究会事務局)
〒034-8628 十和田市東二十三番町35-1
TEL 0176-23-4371 FAX 0176-23-8703
E-mail : takehara@vmas.kitasato-u.ac.jp