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解説・報告


 7 原告飼い主と被告動物病院との関係
 かかりつけ獣医師(動物病院)が8件(36.4%)で,初診10件(45.5%),このうち夜間救急が6件(但し4件は同一獣医師)であった.当該病院を知った理由はインターネット5件(但し4件は同一獣医師),タウンページ1件,口コミが1件であった.かかりつけ病院への通院期間は,約5カ月から10年まで様々であった.

 8 被告動物病院の病院規模及び開業年数
 獣医師1人規模から獣医師及び他のスタッフを10人以上抱える大規模動物病院まで,病院規模は様々である.訴状受理日までの臨床経験年数あるいは開業年数は2年弱から約30年と幅広く一定の傾向は認められない.

 9 提訴原因となった事件発生から提訴までの期間
 事件発生から提訴までの期間は,3カ月から35カ月(約3年)まで多岐にわたり,平均12.2カ月であった.

 10 審理期間及び審理回数
 獣医療裁判の第1審の審理期間は,8〜54カ月(平均20.6カ月),第2審は2〜18カ月(平均8.3カ月,但しケースNo. 5の場合2カ月で和解となったので,このケースを除くと9.3カ月となる)であった.通常訴訟事件における第1審の平均審理期間は,2004年で8.3カ月であり[1],獣医療裁判は通常訴訟に比べ長期間を要し,平均審理期間が27.3カ月(2006年速報値で25.1カ月)の医事関係訴訟事件と類似する結果であった.近年,医療裁判については,専門部の設置等(2001年4月以降,東京や大阪の各地方裁判所に医事関係訴訟を集中的に取り扱う部―以下「医療集中部」という―が設置された)を含む各種制度的手当てにより短縮傾向にある[1,19].獣医療裁判においても「医療集中部」によって審理されたケースNo. 8,16〜20,及び22の審理期間はそれぞれ9,16(No. 16〜20),及び8カ月と短く,医療集中部によって審理された場合はかなり迅速に裁判が帰結(裁判の終結,結果)している.これらのケースを除くと平均審理期間は24.9カ月となり全体の平均よりも約4カ月延長する.獣医療裁判が医療集中部によって審理された場合,審理期間は短縮されるが,獣医療裁判の医療集中部による審理そのものについてはいくつかの問題点が考えられるのでこれについては後述する.
 第1審,第2審合わせると,ケースNo. 5では56カ月,No. 7では29カ月,No. 11では37カ月,No. 15では44カ月もの長期に及ぶ審理期間の末結審した.
 審理回数をみると,第1審は5〜22回で,平均13.9回,第2審では2〜7回であった.審理回数についての統計は無く,比較対象が無いが,獣医療裁判では第1審は概ね平均1.5カ月に1回,第2審は平均2.2カ月に1回の審理であり,審理期間が長期に及ぶ事件は審理回数も多い傾向が認められた.

 11 認容率
 我々が知り得た獣医療裁判22件についての帰結は,棄却2件,和解2件,原告請求の認容即ち被告獣医師の敗訴17件であった.獣医師提訴事件は原告獣医師の勝訴となった.被告獣医師敗訴17件中10件は被告獣医師により(5件は同一獣医師による控訴),2件は原告により控訴された(表1)(略).棄却(原告飼い主敗訴)2件のうち1件は原告飼い主により控訴され,第2審で地裁判決を変更して原告飼い主の請求が一部認容され,被告獣医師の敗訴となった(表2)(略).控訴審まで含む最終的な結果は被告獣医師の敗訴18件,和解3件となった.
 獣医師が被告となった21件(1968年〜2007年)の獣医療裁判で,第1審の認容率は89.5%(17/19判決)であった.これは医事関係訴訟事件の30.4〜46.9%(1997年〜2006年)[1]と比べはるかに高い認容率である.通常訴訟事件における第1審の認容率は82.4〜86.6%(1997年〜2006年)であり,これと比べても獣医療裁判の認容率は高いが,今回の分析は無作為抽出データによるものではないので,これを以って獣医療裁判の認容率が通常訴訟と較べて高率であると結論するのは早計であろう.この理由として,被告獣医師側が敗訴した為にメディア等への露出度が増加した可能性,さらに勝訴した原告飼い主が裁判について積極的に公表している傾向等が考えられる.獣医療裁判についても,しかるべき機関によるデータの集積と分析が必要である.これらの結果に基づき,診療体制,個々の獣医師の診療に対する取り組み方等,現時点での獣医療の問題点や不備を明らかにするとともに被告獣医師側の弁論手法等にも問題点が無いかどうかも含め改善すべき点があるならば改善する等の対策を早急に講じるべきではないだろうか.

 12 被告
 担当(勤務)獣医師が直接(第一義)あるいは院長と等分に責任を問われる(民法第719条,共同不法行為),あるいは院長がその管理責任を問われる(民法第715条,使用者責任)ケースが3件認められた.さらに,認定はされなかったものの治療行為の補助をしていた被告獣医師の妻も治療義務違反で責任追及された例もあった.
 今後は勤務獣医師であっても法的責任を問われる可能性のある獣医療行為について,院長を含む上司の診断や治療方針に対して異論がある場合(その時点における獣医療水準を著しく逸脱していると思われる場合),積極的にその意思を表明し行動しなければ,勤務獣医師も共同不法行為責任を請求されうる事を覚悟しなくてはならない状況である.また,審理期間が長い為に,すでに病院を退職し他の地で開業した獣医師が遠隔地の裁判所まで赴かなければならないという負担を強いられた例もあった.

 13 争点及び裁判所の認定事実と損害との因果関係
 獣医療裁判では,民法第709条の不法行為及び第415条の債務不履行による損害賠償責任を問われるケースがほとんどであるが,第96条の詐欺による意思表示が争点となり認定された例もあった.
 不法行為及び債務不履行の基礎となるのは,医療訴訟と同様,獣医療行為上の注意義務違反(故意及び過失)と説明義務違反である[20, 21].獣医師が被告となった21件中20件において注意義務違反が争点となり,11件では説明義務違反,2件では証明妨害(カルテ廃棄,開示義務違反)も争点となった.その他共同不法行為(民法第719条)2件,使用者責任(民法第715条)は1件で争われた.注意義務違反の具体的内容は,診断に関して11件,手術過誤5件,手術の適応の有無5件,生検義務違反2件,転医義務違反1件だった.さらに終末期を共に過ごしペットの最期を看取る権利を侵害されたとして3件が争われた.手術実施に関する同意の有無が争点となったのは13例中4例(30.8%)であった.飼い主からの同意の取得に際し,「言った,言わない」,さらに手術の危険性についての説明の不備(獣医師から安全,簡単,数日で帰宅可能等と説明された)等をめぐる争いも目立った.
 認定された注意義務違反を判決文より抜粋(用語は判決文のママ)すると,
  1. 産道部の触診を行ったのみで,胎児の状態や循環器の機能についての検査を行うこともなく,猫に対する使用が許されていない循環器障害の副作用が生じるおそれがある人用陣痛促進剤の1ミリリットルアンプル2本をわずか20分の間隔で漫然と注射した過失
  2. 卵巣の探索のために,体内を鉤でさぐったことが推測され,その際に,尿管を引っかけた可能性及び尿管と卵巣動脈をともに誤って結紮した
  3. 糖尿病に対してインスリンを投与しなかった
  4. 癌になる可能性の高い停留精巣を取り残した
  5. 悪性,良性の別の診断に必要な生検(針パンチ生検を含む)を行うべき義務があったのにこれを怠り,本件手術をした
  6. 細菌培養をすべきであったのにしなかった
 等,かなり詳細に獣医療水準あるいは獣医療行為に踏み込んだ内容となっている.さらにカルテ廃棄,記録の不備,更には改ざんの可能性を指摘された例も数件みられた.
 不法行為(注意義務違反,説明義務違反)が認定された場合,次に問題となるのは結果(死亡,傷害,後遺症,治療の遅延等)との因果関係の有無である.過失(不法行為)の一応の推定理論により死亡との因果関係を推認された例が3件あったが,死因特定できずとなった例もあった(但し説明義務違反のみで慰謝料50万円が認められた).また,病気による死亡と被告獣医師による過失の因果関係は否認されたものの「結果,損害との因果関係」を認定された例もあった.

 14 損害賠償額
 請求される損害賠償金の内訳は,主として慰謝料である.慰謝料請求金額は10万円(1968年)〜600万円(2007年)である.2000年以降は100万円以上となり,10件で300万円以上の請求であった.年々その額は高額化する傾向が見られる.その他にはペットの財産的価値(逸失利益),ペットの治療費(当該被告獣医師動物病院における治療費及び転院先動物病院における治療費),ペットが死亡した場合の葬儀費,弁護士費用,飼い主が精神的苦痛により通院した場合の医療費,ペット入院中の見舞いの際の交通費及び飼い主の宿泊費等が請求された.
 請求合計は,30万円(1968年)から最高約720万円(平均312万円)であったが,認容額は2730円から約133万円(平均48万4千円)であった(表1,2)(略).
 ペットの財産的価値については,以下のような事例があるが,どの例においても比較的高額な財産的価値が認められている.
  1. 原告飼い主がブリーダーであるとして慰謝料請求は棄却されたが,出産していない胎児に対しても原告請求通りの財産価値(2匹各20万円,計40万円)が認められ,母猫(30万円)と合わせて70万円の財産的損害が認定された例
  2. 原告飼い主はブリーダーであるが,猫の購入価格を上回る高額な財産価値(50万円)と慰謝料20万円を認定された例,
  3. 原告はブリーダーではないが,死亡した犬は家族同様であるとしつつも受賞歴(チャンピョン)等その他ブリーダー的財産価値を主張し,裁判官はその事情を慰謝料に含めた例
 等,血統書付チャンピョン,ブリーダー所有の動物の診断及び治療において,何らかの問題が生じた場合には,通常のペットとは異なる対応が必要とされる可能性が示唆される結果である.



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