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論 説

ペットフード安全法の誕生と今後

植田明浩 (環境省自然環境局総務課動物愛護管理室室長)

植田明浩
 ペットフード安全法(愛玩動物用飼料の安全性の確保に関する法律:農林水産省・環境省共管)が先の国会で成立した.一昔前ならもしかしたら「ペットのエサか…」と一蹴されたかもしれないこの法律が衆議院・参議院とも全会一致で成立するに至った背景には何があるのか.
 ある調査によれば,日本のペット(犬・猫)の総数(推計)は,2,500万頭にも達している.ここ5年だけを見てもおよそ1.5倍である.人の子ども(15歳未満)の数1,700万人より多いだけでなく,ついに,未成年者(20歳未満)2,400万人という数字も上回ったのである.また,ペットを飼育できるマンションもここ数年で劇的に増加し,今や首都圏の新築マンションの7割以上が飼育可能とされているが,これは近年のペットの需要増に業界が対応した端的な例と言えるのではないだろうか.
 このようにペットの絶対数が増えたことにより,飼養するしないにかかわらずペットへの国民的関心が高まっていることは間違いない.しかし,変化はこれだけではない.
 少子化やライフスタイルの多様化が進む中で,家族の中でのペットの位置付けや果たす役割も変化し,多くの家庭においてペットが家族同様又は子ども同然に扱われる傾向が高まっているのである.これは,いわゆるペット保険が浸透しつつあることや,ペット周辺用品等に対する支出が増加していることなどからもみてとれる.
 ペットに癒され,元気づけ・勇気づけられることを経験している多くの飼い主からすれば,まさに家族同然の効果をもたらしてくれるのであって,ペットを我が子同然に又はパートナーとして扱い・接し,ペットの健康や安全にも常に気を配ることは,実は至極当然のことなのである.
 そんな中の昨年(2007年)3月,米国等において,有害物質(メラミン)が混入したペットフードが原因となって,多数の犬及び猫が死亡する事故が発生し,6月にはメラミンが混入したペットフードが,我が国でも輸入販売されていたことが判明した.
 折しも,人間の食の安全・安心に国民的関心が高まっていた時期でもあり,官邸の仲立ちの下,動物の飼料を所掌する農林水産省(消費・安全局)と,動物の愛護を所掌する環境省(自然環境局)とが,お互いの所掌や立場の壁を乗り越えて,同年8月,有識者による「ペットフードの安全確保に関する研究会」を共同で設置するに至ったのである.それまでは,同じ動物を扱う立場でありながら必ずしも緊密な関係とは言えなかった両省にとって,極めて画期的な出来事と言えるかもしれない.逆に言えば,この連携がペットフード安全法の誕生を可能にしたのである.
 研究会は,獣医師,弁護士,消費者団体,ペット専門家,行政担当者等の幅広いメンバーで構成され,5回にわたる議論を行い,同年11月には,動物愛護の観点からペットフードの安全確保に緊急に取り組むべきであり,法規制の導入が必要であるとの報告を公表した.
 環境省及び農水省は,これを受けて,ペットフード安全法案を共同で作成し,本年(2008年)3月4日の閣議決定を経て,国会に提出した.国会では,まず参議院で5月19日に環境委員会に付託され,同委員会における審査の結果5月22日に可決,5月23日に本会議において可決された.衆議院では6月2日に環境委員会に付託され,6月6日に可決,6月10日に本会議において可決された.ただし,衆議院でごく一部に機械的な修正がなされたため,参議院に回付され,6月11日の参議院本会議で最終的に成立した.
 国会提出から実際の審議まで約2カ月かかったのは,いわゆるねじれ国会であることが少なからず影響したものと思われる.しかしながら,国会会期末ギリギリで成立となったのは,与野党を問わず動物愛護の観点からのペットフード安全法の必要性・重要性について一定程度以上の理解が得られたからに違いない.(ちなみに,6月11日といえば参議院で首相の問責決議案が可決した日であり,まさにすべり込みセーフであった.)
さて,ペットフード安全法の規制の構成や仕組みは,家畜飼料を対象とする「飼料安全法」等を参考にしてつくられており,概要は以下のとおりである.
○基準・規格の設定及び製造等の禁止
 農林水産大臣及び環境大臣は,ペットフード(愛がん動物用飼料)の基準・規格を定め,当該基準又は規格に合わないペットフードの製造,輸入,販売を禁止する.基準としては,「製造基準」と「表示基準」,規格は「成分規格」を想定しており,今後(法施行までに),農業資材審議会と中央環境審議会の意見を聴きつつ策定する予定である.この際には,獣医師会のご協力もお願いしたいと考えている.
 なお,基準・規格の対象となる動物の種類は別途政令で定めることとなっているが,流通実績や問題発生の実績等を踏まえ,当面は,犬及び猫用のペットフードを対象とすることを想定している.
○有害な物質を含むペットフードの製造等の禁止
 農林水産大臣及び環境大臣は,基準規格の対象外の有害な物質を含むペットフードが見つかった場合,その製造,輸入,販売を,緊急避難措置として禁止することができる.
 また,製造業者,輸入業者,販売業者に対し,廃棄,回収等必要な措置をとるべきことを命ずることができる.
○製造業者等の届出等
 製造業者,輸入業者は,農林水産大臣及び環境大臣に,氏名,事業場の名称等を届け出なければならない.
 また,製造業者,輸入業者,販売業者(小売業者を除く.)は,販売等をしたペットフードの名称,数量等を帳簿に記載する義務が生じる.これらの措置は,有害なペットフードが見つかった場合のトレーサビリティを確保するためのものである.
○報告徴収,立入検査等
 農林水産大臣又は環境大臣はペットフードの製造業者,輸入業者,販売業者等から報告徴収を求めるとともに,製造業者,輸入業者,販売業者等への立入検査等を行うことができる.なお,立入検査等は(独)農林水産消費安全技術センターが行うことができる.
 ところで,このペットフード安全法は,法の目的が「愛がん動物の健康を保護し,動物の愛護に寄与すること」であり,したがって,「獣医師法」に基づき「動物の保健衛生の指導」を任務とする獣医師の方々にとっては,まさに密接に関係する(関係すべき)法律といえるのである.
 例えば小動物臨床獣医師であれば,日々愛がん動物(ペット)を診療するとともに,健康状態をチェックし飼い主へ必要な指導を行う立場にある.ペットの健康指導の中には,ペットフード等の食餌を飼い主が適切に与えることの指導も含まれていると考えられるが,今後はこれまで以上に関心が高まることが予想される.さらに,ペットに病気や異常が発見された場合に一番最初にその情報に触れる立場にあることから,それがペットフード等の影響によるものと疑われる場合には,関係機関(農林水産省及び環境省等)への情報伝達と共有が速やかに行われることが,ペットフードによる健康被害の解決及び未然防止のために極めて重要になってこよう.
 ちなみに,環境省では,動物愛護の観点から,法律とは別に(法律による規制と併行して効果を発揮するように),ペットの健康安全保持のための「飼い主向けガイドライン」を今年度中に作成する予定である.犬・猫を対象としてペットフードの与え方の留意点や適正飼養のあり方等をとりまとめることとしており,これに関する獣医師としての知見やご意見を歓迎したい.
 なお,法律の施行日は,別途政令で定めることとなっているが,法律公布(2008年6月18日)から1年以内であることが条件であり,かつ,事業者や飼い主等への十分な周知期間を確保することを考慮すれば,来年春(2009年6月頃)が見込まれるところである.
 いずれにしても,このように多くの国民の期待を背に生まれたペットフード安全法の真価が問われるのはまさにこれからである.施行までの約1年間で,基準・規格の策定やチェック体制の確立等が課題となるが,農林水産省及び環境省では,法律成立までの様々な過程で培われた両省の連携体制や,専門家・関係者とのネットワークを十分に活かしつつ積極的かつ効率的に進めていきたいと考えている.
 獣医師会及び獣医師の方々におかれては,是非ともペットフード安全法に関心を寄せていただくとともに上述のような情報提供・情報共有等の面で,ご協力のほどをよろしくお願いしたい.



† 連絡責任者: 植田明浩(環境省自然環境局総務課動物愛護管理室)
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