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診療室

少子高齢化社会における伴侶動物の存在意義と
動物医療の方向

池内 豊 (池内獣医科病院院長・島根県獣医師会会員)

 私の住んでいる島根県益田市は,人口5万人ちょっとの日本海に面した自然豊かなとても綺麗な町である.近年の社会趨勢の如く,少子高齢化や過疎化が進み,町の老人率も25%を超え,独居世帯も急激に増加してきている.また,少子化,核家族化の影響で,お年寄りと暮らすこともなく,兄弟もいない生活環境で育つ子供も増えてきた.このような状況の中で生活を共にする伴侶動物の果たす役割には,大変大きなものがある.
 独居のお年寄りにとって,生活を共にする動物達は話し相手であり,時には愚痴や悩みを聞いてくれる存在でもある.動物と共に暮らすことが,自宅への人の出入りの増加や,周りの人達とのコミュニケーションの潤滑剤的な役割を果たし,何よりも外から帰った時などは,体いっぱいで喜びを表し,自分を迎えてくれ,自分を頼りにしてくれる,愛すべき相手が身近にいることを実感させてくれる存在になる.このような何気ない日常生活の潤いが喜びをたくさん生み,寂しさや孤独感を和らげ,生きる力,気力を高めてくれる.
 また,今の子供達の生活を見渡してみると,物も豊富で何でも便利になってきている.しかし子供達はその便利さ,豊かさの代償として生き物としての大切なルールや,人間としての感性を失いつつある.昔の私達の生活は至る所で自然や他の生き物の恩恵を受けて成り立っていた.海や山や川,自然の中で生きているたくさんの動物達が本当に身近で息づいていたわけである.私達は自然や動物達から,生きている実感,すなわち,感動や喜び,厳しさなどを与えられ,自然や他の生き物との共存ルール(掟)や人間らしい感性を学んできた.しかしいつの頃からか,都市化,近代化という名の下に,人間は次第に自然を無視し,動物達とも遠ざかって行ってしまった.正に人間同士が遠ざかり始めている.このような環境で育つ子供達にとって,伴侶動物はいつか人にも動物にも死が訪れ,それが永遠の別れになる事を実感させてくれたり,また同じ生き物としての存在のルールや,人間としての感性,すなわち,思いやり,いたわり,慈しみの心を教え育ててくれる大切な存在になる.
 このように人と伴侶動物が共に暮らす(ふれあう)ことにより生まれるいろいろな関係を,ヒューマン・アニマル・ボンド=HAB=人と動物との絆と呼んでいる.ヒューマン・アニマル・ボンドの研究は1970年代にアメリカやヨーロッパの獣医学者,動物行動学者,人間の精神医学者,医学者,脳学者達の垣根を越えた協力により新しい科学として進められてきた.人と動物がふれあうこと(相互作用)によって生まれる効果を科学的に研究し,その効果を人と動物双方の教育,福祉,医療,自然環境の保全に生かすことを目的としている.
 伴侶動物医療に携わる開業獣医師にとって,動物医療が人間社会において必要かつ有用なものと認められるかどうかは,ヒューマン・アニマル・ボンドを大切にする社会かどうかで変わってくる.今日,伴侶動物に対する高度医療のニーズや,アニマルセラピーなどの需要の増加などを見てもヒューマン・アニマル・ボンドを大切にする考え方が急速に広がり始めている.伴侶動物医療に携わる獣医師はただ単に病気だけを診るのではなく,家族である動物と人の関係,すなわち,ヒューマン・アニマル・ボンド,絆を大切にする医療を心掛けなければならないと考える.伴侶動物医療の技術的進歩は目覚ましく人間と同等の高度医療を提供することができるようになってきた.高度医療の技術,知識にヒューマン・アニマル・ボンドを大切にする医療の理念が加われば伴侶動物医療の社会的存在意義は大きく進歩するはずである.

池内 豊  
  ―略 歴―
1973年 麻布獣医科大学卒業
1978年 島根県益田市にて動物病院開業
2007年 日本獣医師会小動物臨床部会動物介在活動推進検討委員会委員
2008年 日本動物病院福祉協会
西日本地区副代表ディレクター
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