会報タイトル画像




 6 獣医領域における神経疾患のリハビリテーションの発展
 近年,欧米では動物医療においても神経疾患や整形外科疾患の発症後や術後に積極的なリハビリテーションが行われるようになってきている.欧米の多くの国では,動物のリハビリテーションに関する学術団体が存在し,動物の理学療法士の認定も行っている.我が国においても,動物医療におけるリハビリテーションの重要性が認識され始め,そのような団体の設立が切望されていた.2007年11月に,日本動物リハビリテーション研究会が設立され,第1回の研究会が東京大学で行われた.日本動物リハビリテーション研究会では,研究報告と学術交流を主体としているが,将来的には動物理学療法士の認定を視野に入れている.また,日本の動物医療におけるリハビリテーション医学の教育及び啓蒙に寄与し,今後の活動が期待されている.
 医学領域では,リハビリテーションは神経疾患の患者の機能回復の重要な位置を占めている.動物においても,神経疾患の発症または治療後のリハビリテーションは,機能回復を促進することが証明され始めている.動物では,廃用性または神経性筋萎縮の改善,関節可動域の維持及び改善,疼痛の緩和,姿勢反応の改善,姿勢の維持,歩行機能の回復が,神経疾患のリハビリテーションの主たる目的となる.ケージレストを含めた動物の不動化は,現在は推奨されておらず,一般的に発症後もしくは手術後のなるべく早期から適切なリハビリテーションを開始することが推奨されている.治療を行う獣医師は,それぞれのリハビリテーションの効能を十分に把握し,理論的に組み合わせてプログラムを構築することが重要である.これらのリハビリテーションは,適確な内科療法と外科療法を行った上での,あくまでも補助療法であることも認識しておくべきである.適確な治療を行わずにリハビリテーションのみで改善を試みるのは本末転倒である.
 神経疾患の動物におけるそれぞれのリハビリテーションの効果や方法は,動物のリハビリテーションの成書に詳細が記述されている.疼痛管理には,温度療法(冷却及び温熱療法),電気刺激療法(TENS),マッサージ,LASER,超音波療法などが有効とされている.筋萎縮の改善に対しては,引っ込め反射の誘発,他動的関節可動域訓練(PROM),神経電気筋刺激(NMES),水治療法が有効である.関節可動域の維持及び改善には,屈伸運動,モビライゼーション,マニピュレーション,ストレッチ(図7A),運動療法,水治療法,カバレッティレールが有効である.起立不能な症例で起立を促すための神経刺激として,引っ込め反射の誘発,マッサージ,PROM,NMES,補助起立が行われている.起立が可能となったら,歩行ができるようになるまでが,最もリハビリテーションの力を発揮することができる領域である.姿勢反応の改善(図7B),運動療法,水治療法(図7C),補助歩行,カートセラピー(図7D)を行い,正常歩行へと回復させていく.これらの治療は,獣医師が一定の間隔で症例の評価を行い,その評価に基づいてプログラムを計画するのが一般的である.
図7 神経疾患の動物で行われているリハビリテーションの一例A
A
図7 神経疾患の動物で行われているリハビリテーションの一例B
B
図7 神経疾患の動物で行われているリハビリテーションの一例C
C
図7 神経疾患の動物で行われているリハビリテーションの一例D
D

図7 神経疾患の動物で行われているリハビリテーションの一例.A:ストレッチ,B:スイスボールスタンディング,C:水中トレッドミルを用いた水治療法,D:カートを用いた歩行訓練
このようなリハビリテーションが獣医学領域でも普及することを願うが,本邦では解決もしくは整備しなくてはならない問題点も多い.動物のリハビリテーションは治療行為として行うものなのか? 動物看護師や動物理学療法士はリハビリテーションを行っても良いのか? 動物のリハビリテーション施設には獣医師が常駐すべきか? 開業届けが必要か? といった点である.これらの点を議論し,日常の臨床でもリハビリテーションを行いやすい環境を早期に整える必要がある.

 7 さ い ご に
 獣医学領域における神経疾患の診断や治療は,MRI導入後に劇的に変わった.近年では,大学付属病院以外の画像診断センターや一次診療施設においてもMRIを導入している施設が増え,このような施設の一部では開頭術などの高度な手術まで行われるようになってきている.このような背景から,神経疾患の診断の基準化の必要性が増し,獣医神経病研究会が中心となり,神経学的検査の統一化や脳脊髄液検査のガイドライン作りが行われている.特に,神経学的検査シートの活用は,一次診療施設の神経疾患の診断の均一化と質の向上を目的としているため,広く普及することを望む.現在では,MRIの基本断層の統一化や電気生理学的検査のガイドライン作りの検討も始められている.今後は,このようなガイドラインに沿った診断がゴールドスタンダードとなると思われる.
 MRIが導入されて,多くの神経疾患において生前診断が可能となりつつある.医学領域では,MRIを撮像することにより中枢神経系の腫瘍の種類や疾患の予後を診断する試みが行われている.本稿で述べたように,獣医学領域においても一部の腫瘍やIVDDでこのような検討が行われている.今後,これらのエビデンスが蓄積されていけば,獣医学領域においてもかなり確度の高い診断を行うことができるであろう.最新の神経疾患の治療として再生医療が注目を集めている.獣医学領域においても多くの施設で臨床治験が行われ始めている.再生医療が行われている施設の間で情報公開や交換を行うことにより,獣医学領域においても神経再生医療が確立することを望む.近年欧米では,動物医療においても学術的根拠に基づいたリハビリテーションが行われるようになってきており,我が国においてもこれらの治療の普及が期待されている.正しくかつ理論的にリハビリテーションを行うことが重要で,これらは多くの神経疾患の機能回復の一助となると思われる.このように犬や猫における神経疾患の診断及び治療は進歩を続けており,本稿ではその一部を紹介した.本稿が,今後の獣医神経病領域の発展の参考となったら幸いである.


† 連絡責任者: 枝村一弥(日本大学生物資源科学部獣医学科獣医外科学研究室)
〒252-8510 藤沢市亀井野1866
TEL・FAX 0466-84-3389
E-mail : edamura@brs.nihon-u.ac.jp


次へ