会報タイトル画像


解説・報告

犬の輸入凍結・低温精液による人工授精

筒井敏彦(日本獣医生命科学大学獣医学部教授)

先生写真 (社) ジャパンケネルクラブ(JKC)は,2008年1月1日以降,犬の輸入凍結・低温精液による人工授精を実施したものから子犬の血統登録を認可することになった.また,海外で人工授精を行い,妊娠した犬を国内に持ち込んだ場合も同様の扱いとなる.この内容(表1)が,JKC発行のGazette 2007年9月号に告示された(JKCの会員数約14万人).また,JKCのホームページにも,同様の記事が掲載されている.ただし,国内で採取された精液の凍結・低温精液の人工授精については,認めておらず今後の検討課題となっている.
 JKCでは自然交配が困難な場合などについては,新鮮精液による人工授精は自然交配に準じて取り扱っている.また,この場合の人工授精実施者の制限は特に設けていない.しかし,今回の輸入凍結・低温精液による人工授精については,獣医師が実施することに限定されている(表2).これまでも,小動物病院においては,新鮮精液による犬の人工授精は実施していたものの,これからは,愛犬家の要望に応えて,凍結・低温精液による人工授精を実施する必要性が生じた.
 JKCが今回の人工授精を認可する背景として,2005年に狂犬病予防法が改正され,犬の輸入が困難になったこと,また,ブルドックなどの犬種が空輸を規制されたことなどによる.このため,国内で優良犬を作出するためには,海外からの優秀な犬の精液を導入することは必要不可欠であるとの判断による.
 犬の精子が耐凍性に弱く,家畜の凍結精液に比較して,凍結融解後の精液性状,特に精子活力が悪い.しかし,人工授精の適期,そして子宮内への授精によって受胎が得られることから,諸外国では犬の凍結精液による人工授精が実施されている.また,海外では犬の精液銀行が存在し,アメリカではその支店が30を超える大規模なものもある.国内では,JKCが人工授精を許可していなかったため,犬の精液銀行は存在せず,また,小動物の臨床獣医師にとっても,その技術を習得する必要性が生じなかった.ただ,少数の研究者が,犬の凍結・低温精液について,研究を推進している程度であった.このため臨床獣医師として愛犬家の希望に応じて,輸入凍結・低温精液による人工授精を実施するに当たり,実際的な技術の習得を急ぐ必要性がある.筆者は,この状況を考慮して,2007年8月11日新宿(東京)で開催された内科学アカデミーで「犬の人工授精研究会」を旗揚げした.
 犬の凍結・低温精液による人工授精は,現在その技術が充分に確立されたとは云えず,研究の途上にあるといっても過言ではない.また,犬の精液銀行では,精液の希釈液の組成を明らかにしていないところが多く,各精液銀行の成績を紹介するには紙に限りがあり困難である.今回のJKC認可は,海外からの輸入精液に限られること,犬には種類が多く,体格にも大きな差がみられるため,ここではビーグル犬の成績を中心として,犬の低温精液及び凍結精液による人工授精を,主に筆者の研究成績を中心として解説するので参考にしていただきたい.


表1 Gazetleに掲載された内容
輸入凍結・低温精液による 人工授精ついて
[2008年1月1日授精分から実施]

 狂犬病予防法の強化に伴い,犬の輸入検疫制度が見直され,生体の輸入が困難になっています.国外の優良な遺伝資源の導入は,系統の重ならないブリーディングストックを求めるために必要不可欠であることから,緊急性が高まっている「輸入凍結・低温精液による人工授精と持込腹(国外で交配した母犬を輸入し国内で出産する場合)」の一胎子登録制度を2008年1月1日授精分から実施することになりました.
 生の精液を採取後直ちに授精する方法は,交配を補助するものとして,これまで通り認められます.
 しかしながら,国内で採取された凍結・低温精液による人工授精の一胎子登録は今回の改正には含まれておらず,今後の検討課題となっておりますので,ご注意ください.

1.輸入凍結・低温精液による人工授精
(1)登録に厳正を期すため,以下のDNA登録と親子判定が条件となります.
 [1]綿栓付きのストロー,またはバイアルによる父犬のDNA型解析(人工授精実施後,3日以内に解析センターに送付する必要がありますので,あらかじめご連絡ください).
 [2]母犬のDNA登録
 [3]子犬全頭のDNA登録
 [4]前3項により成立する全ての親子判定
(2)人工授精実施後速やかに,以下の手続きを行います.
 [1]「凍結・低温精液の採取・授精証明書」と添付書類を提出してください.
 [2]「(1)[1]」による父犬のDNA型解析を申請(+料金)してください.
(3)以下の条件で,一胎子登録を行います.
 [1]「凍結・低温精液の採取・授精証明書」とその添付書類を提出しているので,「一胎子登録申請書」上の「交配証明書」の記載は必要ありません.
 [2]一胎子登録の申請を行うと本会から,「(1)[2]〜[4]」の申請(+料金)書類が送付されますので,手続きを行ってください.(判定完了までの間保留となるため,血統証明書発送までに時間を要します.)

2.人工授精による持込腹
(1)登録に厳正を期すため,以下のDNA登録が条件となります.
 [1]母犬のDNA登録
 [2]子犬全頭のDNA登録
(2)以下の条件で,一胎子登録を行います.
 [1]「凍結・低温精液の採取・授精証明書」と添付書類を提出してください.
 [2]「凍結・低温精液の採取・授精証明書」とその添付書類を提出しているので,「一胎子登録申請書」上の「交配証明書」の記載は必要ありません.
 [3]一胎子登録の申請を行うと本会から,「(1)」の申請(+料金)書類が送付されますので,手続きを行ってください.
  3.凍結・低温精液の採取・授精証明書
(1)「輸入凍結・低温精液による人工授精」または「人工授精による持込腹」の一胎子登録を検討されている方は,「凍結・低温精液の採取・授精証明書」を,繁殖技術管理課(TEL 03-3251-1663ダイヤルイン)まで請求してください.
(2)「凍結・低温精液の採取・授精証明書」の書式は次の通りです.
 [1]父犬または精液所有者による証明書[同等の書類添付でも可]
 [2]獣医師による採取証明書[同等の書類添付でも可]
 [3]獣医師による授精証明書[人工授精による持込腹の場合,同等の書類添付でも可]
 [4]母犬所有者による証明書
(3)人工授精を行う父犬・母犬の条件は,次の通りです.
 [1]父犬については,次のコピー添付が必要です.
  ◇血統証明書類(国外公認団体)
  ◇輸入精液の場合,輸入検疫証明書
  ◇健康証明書(輸入精液の場合,輸入検疫時に提出したもの)
  ◇精液の所有権や流通を証明する書類
  ※DNA登録を行っている場合はその証書類
 [2]「人工授精による持込腹」で,母犬が国外公認団体登録犬の場合,子犬の一胎子登録の前または同時に本会へ単犬(切替)登録を行ってください.
 [3]父犬及び母犬は,原則として凍結・低温精液による人工授精以前に,自然な交配により子犬を得たことがなければなりません.

4.登録番号の取り扱い
 凍結・低温精液を用いた人工授精による一胎子登録犬の登録番号は次の形式となります.
 XXX-00001/08AI

〈お問い合わせ〉
 繁殖技術管理課 TEL 03-3251-1663(ダイヤルイン)

 

表2 犬の人工授精


次へ