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診療室

変わってきた獣医師の役割

柴田博人(中郷どうぶつ病院院長・名古屋市獣医師会会員)

 医師でない,サービス業でもない,ホワイトカラーでもなく,ブルーカラーでもない.アンケートの職業記入欄はどれも当てはまらず,「その他」.大学の学科分類でも,理系? 農学系? その他? 大学受験時にどこでデータを見るかわからない.(最近は医,歯,薬,獣医系になりはしたが)人に職業を問われると,興味津々と質問攻め.獣医師の資格をもって生計をたてている者の小さな悩みである.
 十数年間,競走馬の世界に身を置き,先を読んだつもりで,伴侶動物専門に転向した.時代の流れがこんなにも幸運をもたらしてくれるとは予想外であったが,獣医師の社会的地位も確保され,多くの者が安定した収入を得るようになった.リストラもなく,とりあえず,安泰.地球上では自らの食糧を充分に得ることができず,生命を落とす人の方が多い現実がある一方で,ペットに贅沢をさせている人々がいることを考えると,迷宮に入ってしまう.
 特定の宗教を持たず,哲学感の乏しい日本人に,「生命」の意味を聞いてみても,しっかりとした考えをもつ人は少ないと思われる.例えば,ペットの臨終の際,或いは亡くなってから,身の置き場がなくうろたえる飼い主と接し,この人は自身にも迫り来る死について,どこまで認識していたのだろうと思いつつ……それでも,飼い主がペットロス症候群(Pet Loss Sym.)になり,神経内科の戸を叩くことのないよう,時を捉え,言葉を選んで,話をしている.
 馬の世界にいた時は,Big Dreamをもたらす,あの大きくて,かわいい動物がいとおしく,晴れの舞台で少しでも良い成績をあげてくれるよう,尽力し,廃用退役していくときには,目をつぶって送り出す日々であった.伴侶動物の世界では,動物に初めてのワクチンを接種してから,十数年間を見守り,最期に飼い主と共に与えてくれた心の癒しへの感謝を語る過程を繰り返している.競走馬や産業動物の世界より,自らの心の痛みは少ないのが現在の仕事である.それでも,経済的理由により,治療を諦める飼い主や,解決のつかない都合から安楽死を求める飼い主に悩まされることもしばしばである.
 毎日自分のしている仕事がいかにして社会に貢献できるのか,年を重ねるほど,考えることが多くなっている.そもそも,我々獣医師の役割とは何だろう.一昔前までは,医師,看護師,保健師が人の健康を直接的に守り,それを取り巻く分野で間接的に人の健康を守る仕事とされていた.
 現在,若者の志も様々,遺伝子,薬剤,微生物,再生医療の研究,検疫業務,畜産業を支持,野生動物の保護,馬への憧憬,ペットの獣医師,等々.間接的に人の健康を守る仕事の領域には入らない業務が増えて,職域も広くなっている.以前の3K(危険,汚い,きつい)に印象付けられる獣医師はわずかな数となった.(とはいっても,産業動物の臨床こそ,獣医師らしい仕事だと思うのだが.)
 わが国では,15歳未満の子供の数よりも犬猫飼育数の方が多くなってしまった.食べることに問題がなくなった経済状態,伸びていく寿命,大家族の分裂,コンピューターの発達による生きた人間との接触の減少から,日本人はペットに心の豊かさを求め始めている.ということは,伴侶動物の獣医師は動物の治療技術の提供以外に,生活カウンセラーとしての役割を担うことになってくる.学校飼育動物との関わり,施設訪問によるアニマルセラピー,ペットロス症候群の予防等,今まで,考えなくてもよかった役割を求められている.獣医療の発達も新しい技術の習得も,私達の興味のためだけでなく,飼い主からの希望に応えるものとなってきている.

図1

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柴田博人  
―略 歴―

1981年 北里大学卒業
1982年 上山競馬等,競走馬の臨床獣医師として勤務
1992年 愛知県安城市の動物病院にて研修
1995年 名古屋市中区に中郷どうぶつ病院を開業


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† 連絡責任者: 柴田博人(中郷どうぶつ病院)
〒454-0921 名古屋市中川区中郷3-381-1
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