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診療室

地方における動物病院獣医師不足解消に向けて

田辺哲也(田辺獣医科病院院長・福井県獣医師会会員)

 私が臨床の仕事をしながら常に考えるのは,病院スタッフのことである.動物病院には同じ目的の下にいくつかの職種の人が集まり,協力して動物医療を提供している.病院の規模によって確保している職種や人数は当然異なる.私の病院は地方の中堅規模であると考えているが,獣医師3名,看護士5名,トリマー2名,受付係1名,事務出納係1名,清掃員1名といった布陣である.どの職種にしても余裕を持って採用しているわけではなく,欠員によるしわ寄せはスタッフの多大な負担となるため,人材確保は病院運営上非常に重要なポイントを占める.この中で一番確保が難しいのは何と言っても獣医師である.方々に声掛けしたり,求人案内を出したりしているが,なかなか後任の目処が立たない.いつになったら獣医師が来てくれるのだろうかと考え,とても不安になる.機会あるごとに同業者に研修医や勤務医の確保について尋ねてみるが,返答は一様であり口々に獣医師不足を訴えている.近くに大学がない地方では,特に状況は深刻であり切実であるように思える.賛否両論あるとは思うが,この問題について私なりに考えたことを紹介したいと思う.
 国家試験に合格して社会にデビューする獣医師の人数は毎年約1,000名程度であるが,このうち50%の約500名が小動物臨床へ進む(2004年度統計,農水省).この人数に対し全国9,500施設(2005年現在)の動物病院が争奪戦を繰り広げることとなるが,卒業者数の多い私立大学は5校中3校が首都圏に存在することのほか,「単純に人口が多い」,「大学付属病院での研修やセミナー等卒後教育に対する利便性が良い」,「友人が多い」などの理由から,新卒者のほとんどが首都圏での就職を希望する傾向にある.仮に60%が首都圏に就職すると仮定すると,地方へ就職を希望する獣医師は200名となる.現在の首都圏以外の動物病院数は約6,500施設であるから,単純に計算すると1施設当たり0.03名.つまり地方の動物病院では30年に一度しか新卒獣医師と出会えないということになる.ちなみに,首都圏では3,000件の動物病院に対して新卒獣医師300名であるので,1施設当たり0.1名となり地方の3倍強の確率である.すべての病院で求人があるわけではないので,この数字はあくまで参考値として考える必要はあるが,「この状況ではうちに新しい獣医師が来なくても仕方がない」と思ってしまう.しかしながら,目前に押し寄せる仕事量と自院の将来を考えると,こんなことで納得しているわけにはいかず,「何とかしなければ」ともがいているのが現状である.
 このように,学生の小動物臨床志向が強くなった現在においても,地方における獣医師不足は極めて深刻であり,当然のごとく病院経営者の一層の努力が要求されるが,一方で獣医師会をあげての対策を講じる時期に来ているのではないだろうか.おりしも,人医界では高齢化による慢性疾患の増加,インフォームド・コンセントの浸透に伴う診療時間の延長,新医師臨床研修医制度に伴う医師の偏在化などにより,全国的に深刻な医師不足が問題となっている.これについては,とても最良策とは言いがたいものの,国や地方自治体が対策を打ち出している.われわれ獣医師においても状況は同様であることを訴えたい.
 「では,どうすれば安定した獣医師供給を確保できるのであろうか」と考え続けているうちに,先輩後輩同期の諸先生方から得たいくつかのご意見を紹介したい.個人的にできることとしては,[1]臨床獣医師としての専門分野を築きその道の第一人者になる(人は自ずと集まってくる),[2]大学に密に顔を出し,自ら勧誘に努める,[3]現職員の後輩を代々紹介させる,[4]思い切った好条件を提示する,[5]良くも悪くも際立った特色のある病院を作る,といったところか.自分としては,最良の手段と思っている[1]を目指しているつもりではいるが,これはそう簡単なことではなく生涯の課題である.そこで,[2]から[5]について実践していく必要があると考えている.では,公的にできることは,「地方への獣医師の就業を増やすよう国に働きかけることと,奨学金制度や研修医制度を含めた臨床獣医師の地方への斡旋」ではないだろうか.日本の動物医療が人の医療のような状況を回避するためにも,今から対策を打ち出しておく必要がある.現在,獣医師会が直面している問題は多種多様であることは重々承知した上で,地方における臨床獣医師不足を解消する対策の検討をお願いするとともに,自らは魅力ある獣医師を目指し自己研鑽に努めたい.

田辺哲也  
―略 歴―

1991年 麻布大学卒業
  名古屋市の動物病院で研修
1993年 田辺獣医科病院に勤務
2003年 院長として現在に至る


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