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解説・報告(最近の動物医療)

獣医師の職域としてのウサギの診療

斉藤久美子(斉藤動物病院院長・埼玉県獣医師会会員)

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 1 は じ め に
 ウサギのペットとしての歴史は犬や猫に比べさほど長くはないが,ペットとしてのいくつかの優れた素質をもっており,犬や猫とはまた異なる魅力がある.鳴かないこと,臭わないこと,そして大きなスペースを必要としないことは現代の生活スタイルに合っている.ウサギはトイレのしつけが容易であるし,記憶力や理解力にも優れており,人とのコミュニケーションをとることが十分可能である.ただし,臆病なところ,わがままなところが多分にあり,また何でも齧るという習性が飼い主を悩ませるという難点もある.
 ウサギの飼い主は犬や猫の飼い主と比較すると一般に若い人が多く,また女性が多い.しかし,これはあくまで一般論であり,中高齢のファンも多く,ウサギの魅力の虜になる男性もかなり多い.若い人が飼うことが多いのは犬や猫に比べて価格が安いということもひとつの理由であろう.
 本稿では獣医師の職域として,すなわち小動物臨床家の診療対象として,ウサギという動物をどのように扱えるか,我々はどのように対応するのが望ましいのか,今後の方向について考えてみたいと思う.そして,ウサギの診療の上で心しておかなくてはならない点として,ウサギの治療におけるインフォームドコンセント及び治療時にウサギが被るストレスの2点について私の考えを述べさせていただく.

 2 小動物診療の対象動物としてのウサギ
 現在の小動物領域における対象動物の主流は犬と猫であるが,これとても大昔から現在のような状況であったわけではない.このようなことを私のような若輩者が言うと,先輩諸氏から牛の時代や馬の時代を引き合いに出されそうだ.しかし今の私は,ウサギその他のエキゾチック動物の診療に力を入れている30歳代を中心とした若手獣医師との交流が多い.そのため,この世界では高齢者なので,ご容赦いただきたい.
 私事で恐縮だが,今から40年ほど前(1965年頃),私は自分が飼っていた犬を動物病院に連れて行った.フィラリア症を説明するパネルだけが子供心に妙に鮮明に印象に残った.1972年頃,獣医学科の学生として東京の小動物病院を見学に行った.その時,院長が飼い犬の2頭のロングヘアード・ミニダックスを指して「これは日本にまだ何頭もいないんだ」と自慢された.現在登録数No. 1のどこにでもいる犬だ.1973年,私は浦和市の動物病院の勤務医となった.来院するのはほとんどが犬で,たまに猫が来た.猫を連れて来る飼い主は「こんな猫でもこのまま死んじゃかわいそう」とか「娘がうるさいから」など,必ずといっていいほど言い訳をした.その後,猫の診療比率はどんどん高まった.しかし猫に関する参考資料はあまりなく,苦労した.私の頃は国家試験に猫に関する問題は1題も出題されなかった時代である.それが今や浦和(今はさいたま市)あたりでも猫と犬の比率は5分5分である.
 「ウサギを診てくれますか?」という問い合わせを受けるようになったのは1985年頃からではなかったかと記憶している.始めのうちは断っていたが,「なぜ診てくれないのか?」という質問に長々と説明するのが面倒になり,断る時間ももったいないので,1990年頃から寝食惜しまずウサギの勉強に取り組んだ.現在では,私の2軒の病院を合わせると1日に平均60頭以上のウサギを診ている.20年前には到底想像できなかったことである.
 ウサギの診療の潜在需要は非常に大きい.昔の猫のように,病気になっても動物病院に連れて来られないウサギがまだまだたくさんいる.今後も診療ニーズは増えこそすれ,減らないと思う.しかしながら,ニーズがあっても,獣医師が対応する努力をしなかったら,あるいは,努力してもクライアントの納得のいく診療が提供できなかったら,クライアントは動物病院を見捨てるだろう.平たく言えば,「ウサギは動物病院に連れて行ってもムダよ」と思われるということである.今現在,猫が病気したら動物病院に行くのが当たり前になっているように,ウサギが病気したら当たり前のように動物病院へ行く時代が来るのだろうか.それは今の獣医師の対応で決まるのだと思う.
 ウサギの診療をしていて困るのは,その情報の少なさである.学術的裏付けが実に薄っぺらなのである.今の30代を中心とした若い獣医師が診療経験を学問のレベルに押し上げていってくれることを切に望んでいるし,応援している.私達が30代の頃,世界に目を向けても猫の診療に関する情報は犬の5分の1にも満たなかったが,ニーズに背を押されるように勉強して来た.同じように今の若い獣医師にウサギの診療のレベルアップを期待している.ただし,草食のウサギは犬や猫の延長線上にはなく,学ぶには大きなエネルギーを要する.世界的にはエキゾチック動物の専門家は増えつつあるし,海外の大学ではこの分野への取り組みも徐々に充実しつつある.しかし,犬や猫に比べればまだまだ未開拓分野である.
 未開拓分野であるということは悲しいことではあるが,視点を変え,逆にこれをチャンスととらえることはできないだろうか.未開拓分野だからこそ魅力がある……と.私の知人の若い開業獣医師の何人かは,「なぜエキゾチック動物に力を入れて診療するようになったか」という問いに,「開業時の経営戦略として」と答える.つまり小動物病院がたくさんある中で,他との差別化を意識したという.もっともな理由で,新規に開業するには,差別化は不可欠である.その手段として,特定の動物(ウサギばかりでなく,は虫類,鳥類,フェレット等々)について他より質の高い診療を提供することを選んだわけである.また,特定の動物だけを診療するという病院も少ないながらも増えつつある.このような診療対象動物で他と差別化した動物病院は成功例が多い(何が成功で何が不成功かはいろいろあるが).かく言う私も日本初のウサギ専門病院を開業したのだが,これは本院あっての分院で,新規開業ではない.したがって,あまり大きなことは言えないが,来院数は多い.そして,その分院に5年勤務してくれた獣医師も最近ウサギ専門病院を開業した.
 勤務医もしかりである.アメリカの獣医師がこんなことを言っていた.「勤務医志望の獣医師が動物病院の面接で,自分はエキゾチック動物の診療ができると言えば即採用される.」私は日本でも同様の時代が来るだろうと思っている.今は,院長がエキゾチックが苦手だからと勤務医に勉強させ,診療させている病院が多い.そのうち,私は鳥ができる,は虫類ができる,ウサギができる,フェレットができる,ということが勤務医のセールスポイントになるはずである.勤務医には勤務医の給料分を確実に稼ぐことが要求される.ウサギができる勤務医を雇えば,ウサギの診療による収入が確実に増えるのだから,歓迎されてしかるべきだと思う.これからの勤務医は,ウサギに限らず自分の得意分野を持つことが不可欠である.それは将来の開業のためでもあるし,あるいは,開業しないで長期に勤務医を続けようと考えている勤務医ならなおさらである.

3 インフォームドコンセント
 治療に先立ってインフォームドコンセントが必要であることは犬や猫と基本的に何ら変わりはない.ただし,ウサギを連れて来院するクライアントは犬や猫以上に動物病院を転々と変えていることが多いし,ウサギの病気やその予防,治療についてのあやふやな知識,時に完全に誤った知識を信じていることも多い.ウサギの臨床獣医学がまだまだ未開拓なこともその原因のひとつであるといえる.むろんウサギの臨床獣医学が犬や猫より大きく遅れをとっていることは,個々の臨床獣医師に責任はないが,ウサギの診療ニーズと獣医師側の診療技術との間に大きな隔たりがあることは認識せざるをえない.
 ウサギのインフォームドコンセントにあたって,筆者はなるべくクライアントの誤った“思い込み”を正すことを心がけている.「この病気は手術しても死ぬ」という“思い込み”もあれば,「この病気は治療すれば治る」という“思い込み”もある.例えば,大量の子宮出血があっても手術で治る可能性は高いし,逆に子ウサギが下痢をした時には食欲や元気がよくても,命を落とす可能性は高いのである.
 インフォームドコンセントにあたって,いくつかの治療の選択肢がある時,どれを選択すればどのような経過をたどり,どの程度の成功率かということを明示(インフォーム)するのは非常に難しい.それはひとえにウサギの疾病の臨床例の少なさ,そして学術的情報の少なさ,つまりウサギの臨床獣医学の未開拓が原因である.筆者も症例を積み重ね,それを学会に発表したりすることで少しでもウサギの臨床の質を上げたいと努力しているが,皆様にも是非努力していただきたい.
 話がそれたが,少ない経験,少ない情報の中でもインフォームドコンセントのためには各治療法の予後をはっきりと伝える努力はすべきである.筆者はなるべく「この方法では,このような結果となる可能性が何パーセント」と具体的な数字で説明するように心がけている.
 現在のウサギの疾病には完治しないものが非常に多く,これには食事をはじめとした飼育管理失宜に起因するものが圧倒的に多い.例をあげれば,流涙症,顎膿瘍など歯根疾患に由来するもの,外傷性の切歯過長症,脊髄損傷による下半身麻痺などである.また,スナッフルやブドウ膜炎などは飼い主の管理失宜が原因ではないが,完治困難な疾病である.慢性的消化管うっ滞による軟便などは食事に起因するが,食事の改善ができない個体では完治しない.重症な足底潰瘍の場合,改善は可能だが完治に導けないことも多い.また,老化現象に関連している症状も完治することはない.臼歯過長症は治療により症状は劇的に消失するが,大多数の症例で再発し,多くの症例は繰り返し治療を要する.皮膚糸状菌症は治癒するが,再発率が高く,トレポネーマ症も再発することがある.完治しない疾病については治療の前に,そのことをはっきりと告げ,持病としてつき合っていかなくてはならないこと,治療の目的がQOLの改善であることの理解を得ておかなくてはならない.再発率の高い疾病については,その旨を告げておかなくてはならない.また,腫瘍の場合には再発や転移の可能性について告げなくてはならない.このようなインフォームドコンセントが一時的にクライアントを失望させたとしても,最終的にはクライアントを失望させず,信頼を得られる診療につながるものと思う.
 完治しない疾病の原因として管理失宜が圧倒的に多いと述べたが,これはある程度いたしかたのないことかもしれない.今から30〜40年前,犬はみそ汁ご飯を主食にし,放し飼いが容認され(法的にではなく社会通念的に),フィラリアの予防もワクチンも普及率が低く,避妊,去勢も一般的ではなかった.当時の小動物病院では,くる病などの栄養性疾患やジステンパーやフィラリアなどの感染性疾患,交通事故,子宮蓄膿症が非常に多かった.管理失宜に起因する完治困難な疾病は,飼育管理の正しい知識が普及すれば防げるのである.
 ウサギのインフォームドコンセントにおいて,もうひとつ重要と思われるのは,全身状態の悪化に対する評価である.平たく言えば,この症例を治療したとしても死亡する可能性がどのくらいあるのかの予測である.ウサギは完全草食性であることから,食欲の低下や廃絶が肉食動物よりも深刻なことであるし,症状を表に見せない性質であるため,元気そうに見えても全身状態はかなり悪化していることがある.したがって,一見生命にかかわる状態と思われなくても死に至ることがある.クライアントは一般に人間の場合を基準に考えているので,なおさら生死については楽観的にとらえていることが多い.したがって,死に至る可能性がどの程度あるのかを正しく評価し,クライアントに告げることは不可欠である.治療が奏功し,順調に回復すれば,クライアントに余計な心配をさせたことになるのだが,それでも死に至る可能性がゼロでなければ,きちんと話しておかなくてはならない.

 4 治療に伴うストレス
 ウサギがストレスに弱いことはよく知られている.このことは血液検査をした時に多くのウサギで血糖値が150〜200mg/dl程度の高値を示すことでもよくわかり,これはいわゆるストレス性高血糖である.筆者らが実験動物コロニーの健康なウサギ111頭で測定した血糖値の参照値(M±2SD)が61〜129mg/dlであったのに対し,動物病院における外来の健康なウサギ110頭における血糖値の参照値は115〜214mg/dlであった.
 ウサギにストレスを加えるストレッサーにはさまざまなものが考えられる.まず,ウサギは被捕食者であることから臆病で,このことは恐怖が大きなストレッサーになることを意味している.さまざまな疾病もストレスとなり,例えば痛みや痒みがストレッサーとして作用する.不安によるストレスも大きいことが推察され,引っ越した時や病院への通院,入院などは縄張りにいる安心を奪うことになる.急激に被るストレスではなく,慢性的なストレスというものも見逃すことができない.例えば,環境の不備による暑さ,寒さ,運動不足その他すべての不快感は慢性的ストレッサーとなるし,食事に関する問題が慢性的ストレッサーとなる可能性も大きい.飼い主による過干渉もストレッサーとして大きく作用すると考えられる.
 ウサギがストレスを被ると交感神経の緊張により血中カテコラミン濃度が上昇し,また血中副腎皮質ホルモンも上昇する.カテコラミン(アドレナリン,ノルアドレナリン)の上昇の結果,心拍数,血圧が上昇し,酸素要求量は高まる.ストレスが持続すると,視床下部-脳下垂体系の副腎皮質ホルモン受容体が過飽和となり負のフィードバック機構が効かなくなる.その結果,副腎における副腎皮質ホルモンの過剰生産が許されてしまい,血糖値や基礎代謝率が上昇する.長期に慢性的なストレスが持続すると副腎皮質ホルモンの過剰産生が継続し,これが免疫力の低下を招き,ウサギに特有の慢性感染症につながると考えられている.
 ウサギの診療の過程では診察も検査もストレスになるが,一般的には治療に伴うストレスがもっとも重大と思われる.治療が有効なものであるとしても,治療のためにかかるストレスが大きく,治療ストレスによるデメリットが治療効果によるメリットを上回るのであれば治療は実を結ばない.
 治療法が手術であれば,麻酔によるストレス,手術によるストレス,入院によるストレスがかかることは避けられない.ストレスを最小限にする努力を惜しんではならない.膿瘍や臼歯過長症などでは,無麻酔もしくは局所麻酔で,保定下で処置されてもストレスが加わるし,全身麻酔を行ってもストレスが加わるので,ウサギの病態,性格,年齢などさまざまなファクターを総合的に考え,どちらがよりストレスを小さくできるかを判断すべきである.家庭で内服を行うこと,薬浴,外用薬や強制給餌を行うことなどのストレスについても飼い主から状況をよく聴き,考慮しなくてはならない.より,ストレスの少ない治療法を模索していくことは重要である.スポイトでの液剤の投薬に激しく抵抗するウサギには,好物(バナナなどの果物や葉もの野菜)に散剤をふりかけて与えるなどの工夫をすべきである.
 ストレスに弱いウサギを診療するのは,獣医師にとっても大きなストレスとなることも事実であるが,ウサギの被るストレスについて正しく認識することができるようになると,診療技術は飛躍的に向上し,獣医師のストレスは軽減されるのではないかと思う.

 5 さ い ご に
 とりとめのない話を長々と書いたが,要は,ウサギの診療がきちんとできる獣医師が増えてほしいのである.特に若い獣医師諸氏には,自分で開拓する気持ちでウサギの診療にあたっていただきたい.また,年長の小動物開業獣医師,大学の臨床系教官の皆様には,幅広い視野で今一度,獣医師の職域としてのウサギの診療についてよく考え,若い獣医師を育成してほしいし,彼らを応援していただきたい.

 


† 連絡責任者: 斉藤久美子(斉藤動物病院)
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