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診療室

私  の  開  業

宮本譲治(山梨県獣医師会副会長・宮本動物病院院長)

 私の祖父は陸軍獣医部の軍人であったが,おもに軍馬の衛生を専攻し,「馬の骨軟症に関する研究」で昭和17年に日本農学賞を,次いで昭和18年には「草の研究」で草地学会長賞を受賞していることを知らされ,軍人といっても専ら獣医学の研究ばかり続けていたのだと説明を受けていた.父もまた,陸軍獣医部の軍人になるべく陸軍獣医部委託学生となり,終戦後,止むを得ず開業の途を選んだが,対象の動物である牛や馬はほとんどなく,10日に1件位の往診依頼があったらしい.診療は,舗装されていない砂ぼこりの田舎道を自転車で1時間かけて行く位の遠方が多く,このような状況で開業していた父のもと私は長男として出生した.しかし,私が中学生になる頃には少しずつ犬,猫が診療所に連れてこられるようになってきたが,主体は豚や牛の往診が多かったようである.私はこの様子を見ていて獣医師になろうという気持ちはわくことはなかった.一方,母は私に一生懸命獣医師になるよう勧めてくれた.獣医学系大学に入学してからは使命感も手伝って獣医臨床に興味をもつようになり,卒業後は著名な開業の先生に指導いただき,三年間の研修を経て,開業の途を選ぶこととなった.この時,親の病院を継ぐのでなく,飽くまで「自分を試す」との一念から自力で独立し開業することを決意し,敢えて親戚や友人のいないまったく未知の地である山梨県甲府市を開業の地に選んだ.昭和52年にこの地で開業し,地域の方々や先輩獣医師の指導をいただいて,30年経過するが,体の許すかぎりこれからも開業を続けたいと思っている.今,振り返ってみれば開業して良かったという充実感で一杯であるが,反省する点も多くあり,これからの課題について自分なりに是正していきたいと思っている.
 今回私が開業した当時の様子をありのまま記し,近未来における小動物臨床の展望を述べたいと思う.
 昭和52年意気込んで開業したが患畜の来院も少なく1日2〜3件を診療する日が1年近く続いた.これでは開業が成り立つわけもなく,僅かな貯金も減る一方で,将来への不安が増し,暗い雰囲気が漂っていたが,家内が明るく陽気に私や畜主に対応してくれたのが,何よりの支えとなり,今では心から感謝をしている.さらに開業時に父から聞いた三つの心得が私を救ってくれた.
 一つ目は「開業の成否は自身にある.患畜と畜主に誠心誠意尽くせ.尽くし方が足りなければ畜主は去る」,二つ目は「開業して金がないのは恥ではないが,仕事がないのは恥と知れ」,三つ目は「開業の成否は暇な時に対応する姿勢にかかわる.暇な時は臨床の中のテーマを求め,臨床の勉強をし,獣医学に関係ない仕事はするな」である.
 私は父からの三つの心得を拠り所にして診療に励み,特に「心臓を中心とした循環器疾患の発生要因」とこれに関するX線読解力の向上を図るため,国内の専門書ばかりでなく洋書の新しい文献をなるべく多く目を通しているうちに,自然と興味が深まり,来院がなくても楽しい日々を送ることができるようになった.それは新しい知識の習得と語学力の向上を実感する喜びを得ることができたからだと思う.そうしている間に来院も次第に多くなってきた.このスタイルは現在も続き,学習するほど来院も増えるような気もしている.
 このような開業生活の中で息子も育ち,現在獣医学系大学に在学中である.順調にいけば親子四代の獣医師が実現するが,親としては開業を強制することは避け,本人の自由意志で職を求めればよいと思っている.とは言いつつ,先々代から歩んで来た道を改めて理解した上で結論を出すことを願っている.
 今,日本の小動物関係獣医師は7,000名を超し,日本の獣医師の主流になりつつあるが,これは経済事情の好転が追い風になっていると思われる.何よりも国民の動物愛護精神の高揚は現実のものとなり,犬猫は伴侶動物として位置づけられ,人の生活にかくことのできない存在になっている.これに伴い小動物医療に対する社会ニーズも高まり,これらに応えなければならない.高度医療も必要な時代を迎えていることを認識し,その発展を心から望んでいる.これは小動物獣医療の学術,技術の進歩を国民に示すものであるが,同時に高額治療費を強いることにもなりかねない.このことが人の健康保険の概念が浸透している国民にとって果たして受け入れられるものか疑問でもある.そして,高度医療に対するインフォームドコンセントの重要性がさらに求められる所以である.さらに重要なことは,大都市だけでなく,地方における高度医療のあり方についても検討することである.
 小動物医療に加えBSE,鳥インフルエンザ,狂犬病等で獣医師の社会的責務は著しく増大している.
 このような状況の下,果たして息子は獣医師としてどのような道を選ぶのだろうか.

宮本譲治  
―略 歴―

1975年 日本獣医畜産大学卒業
1977年 甲府市にて宮本動物病院開業
1999年〜2000年 山梨県獣医師会 小動物部会長
2004年〜 同県獣医師会 狂犬病予防部会長
  同県獣医師会副会長
  現在に至る


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