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紹 介

ペンギンのマラリアの治療経験

海老沢 功(元東邦大学医学部(公衆衛生学)教授)

先生写真1 は じ め に
 熱帯地方への旅行者に対して,マラリア予防薬の処方及び発生時の対応相談に応じているが[1],最近各地の動物園あるいは水族館から,ペンギンのマラリア治療薬の相談,あるいはクロロキン及びプリマキンと薬品名を指定して処方を依頼されることがある[2].

2 ペンギンのマラリアの実像
 このような状況から,ペンギンの体重,ペンギンのマラリア原虫の種類,クロロキン感受性の有無,薬剤の与え方など,薬剤を処方する前提として情報をまとめておく必要に迫られ,東京都品川区にある水族館を訪れて基礎的な情報を求めた.同水族館で現在飼育中のペンギンはマゼランペンギン(Magellanic Penguin,4〜5.5kg)とイワ飛びペンギン(Rockhopper Penguin,2.5〜3.5kg)の二種で,体重は種によって異なる.発病時期は換羽(季節の変わり目に羽毛を換える)期で,この時期には体力をかなり消耗するためらしい.

3 ペンギンのマラリア原虫
 ペンギンのマラリア原虫の種類は日本国内にいるニワトリマラリア原虫P. juxtanucleare(図1参照)で媒介蚊は日本脳炎を媒介するコガタアカイエ蚊Culex tritaeniorhynchus [3]である.このマラリア原虫は通常鶏,ウズラなどが感染している.ただし感染した鶏は潜伏期が50日以上であり,必ずしも発病しないといわれているが詳細は不明である.感染した鶏を吸血したコガタアカイエ蚊が2〜3週間後ペンギンを吸血するとペンギンが感染発病する.ただしこの蚊に人が吸血されても人は感染しない.
 発病したペンギンは無毛部の黄色色素の沈着,貧血,黄疸,緑便,産卵低下などを起こす.ペンギンの換羽期には従来の羽毛が毛皮のコートを脱ぐようにRがれ落ち,下にはすでに新しい羽毛が生えているが,体力をかなり消耗するようである.
 ペンギンにとっては,南極に近い寒冷の地から,北緯35度の東京に連れて来られた上にマラリアに感染しており,例えるなら,マラリアにまったく免疫のない日本人がパプア・ニューギニアあるいは熱帯アフリカの国等のマラリア患者が多数いる村に連れていかれたような状況である.
図1 マラリアで死亡したペンギンの血液所見
図1 マラリアで死亡したペンギンの血液所見
 病原体はニワトリ,ウズラなどに感染しているPlasmodium juxtanucleareで人には感染しない.図中66コの赤血球中,38コ,58%がマラリア原虫に感染している.マラリア原虫の形はヒトに感染する三日熱マラリア原虫に類似する(矢印).人ではこのように多数の赤血球に感染するのは,熱帯熱マラリア原虫だけで,通常5%の赤血球がマラリア原虫に感染すると,意識障害,心・腎不全を起して死亡する.(品川水族館の獣医師遠藤智子氏の好意による.)

4 人に対する抗マラリア薬の量
 人のマラリアでは通常クロロキンは塩基の量として3日間に1,500mg(体重60kgとして25mg/kg),プリマキンは塩基の量として14日間に210mgを与えることとなっている.今回は実際のペンギンのマラリアを治療することは初めてであり,治療開始後のマラリア原虫の消失期間,赤外型原虫の生存期間については,まったく情報がなかった.

5 抗マラリア薬の処方と飲ませ方
 抗マラリア薬クロロキン及びプリマキンを飲ませるには,体重kgあたり計算した一定量の薬剤をゲラチンのカプセルに入れ,餌となる鰯などの鰓の下にはさんで魚ごと丸呑みさせた.人のマラリアで知られているクロロキン耐性がニワトリマラリアにもあるのか,否かいまだ未知の問題をはらんでいるが,今回の治験例では薬剤耐性は認められなかった.
 以下にわれわれが行ったペンギン用抗マラリア薬の処方を示す.(表1参照)
 ペンギンのマラリア治療には,クロロキンを5mg/kg+プリマキンを1mg/kg,9日間与えた.薬剤の量は塩基の量で示す.クロロキンは血液(赤血球)内にいる赤内型マラリア原虫を殺し,プリマキンは肝細胞内に潜んでいるマラリア赤外型原虫を殺す.肝細胞内にいるマラリア原虫はクロロキンの作用を受けず,後日血液中のクロロキンがなくなったとき,血液内に出現して再発の原因となる.
 今回は9日間,投与したが,5日間でも十分であった可能性が残る.いずれにしても,表1の分量を与えたペンギンはすべてマラリアによる死亡を免れた.
表1

6 ペンギンのマラリアの予防及び治療
 ペンギンはマラリアに感染しても人のように頭痛,発熱などの症状を訴えず,何羽かが死亡して初めて血液検査などでペンギンの間にマラリアの流行があったことに気付くのが通常であろう.そこでマラリアの予防に関する注意点を2点述べる.
 まず,ペンギンのマラリアは人家の周辺にいるコガタアカイエ蚊に刺されて感染するので,ペンギンのいる家屋内の蚊の駆除あるいはその侵入を防ぐ.
 次に,夏になり,池,水槽またはその周辺に蚊の発生を認め,それから2〜3週間以後ペンギンに食欲の低下,糞便の色調の変化など何らかの変調に気付いたら,血液検査によりマラリア感染の有無を調べる.それによりマラリアの感染が判明すればただちに治療を開始する.血液中のマラリア検査が不可能であれば,あるいは血液検査でマラリア原虫が検出されなくても,ペンギンの体重に応じて前記量の抗マラリア薬を3〜5日間,予防的治療の目的で与える.これによりペンギンのマラリアによる被害は防げるものと思われる.
 なお,さらに詳細な治療対応については,著者あて(25頁欄外参照)ご連絡いただければ幸いである.

  本稿を作成するに当たり品川水族館の遠藤智子獣医師に助言と実際の使用方法について教示いただいたことを感謝する.


参考:
現在,クロロキン(動物用医薬品として承認されているものはない.),プリマキン(動物用医薬品として承認を受けたものがある.)については,原料が入手できないため,国内で製造できず入手は困難と思われる(動物医薬品検査所HP〔http://www.nval.go.jp/index.asp〕参照,また,人用については,国立感染症研究所感染症情報センターHP〔http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/index.html〕参照).

参 考 文 献
[1] 海老沢 功:旅行医学,日本医事新報社,第2版(2003)
[2] 海老沢 功:マラリアに関する3つの課題,日本病院会雑誌,51,138-140(2004)
[3] Garnham.P.C.C : Malaria Parasites and other Haemosporidia, 715, Blacwell Scientific Publications, Oxford (1966)


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