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巻頭言

新 年 の ご 挨 拶

社団法人 日本獣医師会
会長 山 根 義 久
 
山根会長写真謹賀新年
 会員各位におかれましては,ご家族お揃いで新年をお迎えのことと心からお慶び申し上げます.
 この数年間に発生し,国民を震撼させたBSEや高病原性鳥インフルエンザ等の人と動物の共通感染症や新興再興感染症はようやくその多くは,終息宣言を迎えるまでになりました.これは偏に家畜衛生,公衆衛生に携わる獣医師が現場において機軸となり努力された結果であるといえます.
 諸外国では,未だに猛威を振るっていることを考えるとき,外国から日本に対する家畜衛生,公衆衛生現場の対応への高い評価は当然のことと思います.
 ここにきて,我々獣医師の役割が国民の関心を集めていることは今さら申し上げるまでもありません.
昨今益々社会情勢が複雑化し混沌とする中,獣医事だけをとり上げましても枚挙にいとまがない程,課題が山積しております.
 一方,獣医界にとりまして慶事もありました.平成18年3月に初の試みとしてつくばで開催しました「日本獣医師会・日本獣医学会連携大会」が秋篠宮殿下のご臨席のもと,地元茨城県獣医師会の協力により,全国から多数の獣医師の参加を頂き盛会裡に終了したことは,ご同慶の至りであります.また,昨年9月には秋篠宮家に親王様がご誕生されたことは誠に喜びに堪えない次第です.さらに,前日本獣医師会長の五十嵐幸男先生が長年の獣医事のご功績を評価され,目でたく旭日重光章を受章されましたことは,ご本人はもとより獣医界にとりましても筆舌に尽くし難い大変な栄誉であり,会員一同心よりお喜び申し上げる次第です.先生は現在一線を退かれたとはいえ,日本獣医師会の顧問としてご指導を仰いでいる次第です.
 最近の新聞紙上やテレビで報じられています痛ましい事件に接する時,人間は動物以下になりつつあるのではないかと,とても寂しい気が致します.日本人のすばらしい優しさ,思いやり,親切,人情等は,どこにいってしまったのでしょうか.その点,野生動物をはじめとした動物の世界の方が,人間による大きな環境変化にも屈することも変わることもなく,厳しい環境の中で遠々と子を産み,育てている姿を見る時,同じ動物である人間も原点に立ち返る必要があるのではないかと思います.その点からいっても,動物達に直接に接する機会の多い我々獣医師の責務は大なるものがあるといえます.
 効率化を求めるあまり,個人の権利の要求が義務を果たすことより先行し,真の価値観を失っているようにさえみえます.青少年の情操教育,家庭生活や学校教育の中での動物の役割,さらに動物介在療法に至っては,法的にも動物は“物”ではなく“命あるもの”との位置づけを明確にすべきであります.人間社会にとって動物は必要不可欠なる存在であり,人間だけで地球上に生存できるものではないことを自覚すべきです.
 益々,獣医界が社会に対し貢献し,その必要性を認識して頂くためには,先ず,獣医師会サイドの諸問題を解決,改革し,的確に対応することが肝要かと思います.今後,緊急に対応しなければならない問題としては,
  1. 狂犬病予防注射に対する対応
     昨年8月24日の朝日新聞によると,中国では7月だけで237人の狂犬病発生により死亡者が出ており,その発生は急速に増大しています.また,11月にはフィリピンからの帰国者が相次いで狂犬病を発症し死亡するという大変いたましい事態が発生し,世間を震撼させたところです.2004年の中国国内のヒトにおける狂犬病死亡者数は2,651名,2005年は2,545人と報告されています.島国日本といえども,犬を乗船させている外国船舶の入港の多いことを考慮すれば,その危険性は明確であります.
     これに対して日本の狂犬病予防対策をみてみますと,誠にお粗末といわざるを得ません.予防接種率が40%以下となり,地域によっては注射頭数さえ正確に把握できていないことを考慮すれば,接種率70%以上を要求される予防注射としての対応が不備であることは明白であります.本事業が国の施策推進の基盤として位置づけられていることからすれば,その重要性を考慮し継続するならば,何等かの対応を国として実施すべきであります.我々,獣医師は究極的には国により依頼され国民の健康を守るために予防注射事業に参加しているのであることを再認識すべきであります.当然,接種率の向上を始めとした課題の解決のためには,国及び地方公共団体等が率先して対応すべきものであります.本事業の推進のためにはマイクロチップの導入等は緊急課題といえます.
  2. 獣医学系大学の獣医学教育体制の充実
     国立大学は数年前より法人化に移行し,予想されていた通り獣医学系大学の再編整備は頓挫してしまいました.その結果,個々の大学の内部措置による自助努力案が主流となる対応に移行しました.国立大学の多くは,現状の9〜10講座を18講座にするために内部措置により人員配置を25〜6名より38人体制(1講座2人体制)とし,その結果実質助手制度をなくしてしまいました.しかし,組織的には拡大はしたが,純増の予算もなくスタッフも不在な状況下では,その結果は火を見るより明らかであります.
     各大学とも,中途半端な状況に置かれている国立大学の獣医学教育体制といっても,全体的には325名の学生定員に対して教員数296名を擁しています.全体的にも国際的にも何等遜色はないのであり,たまたま10の大学に小分しているから問題があるのであります.再度国際基準をクリアーするためにも強力に再編整備に取り組むべきであります.
  3. 「心の健康教育」推進のための学校獣医師制度の確立
     日本の文化の良さである思いやりや優しさ,生命尊重教育といわれる「心の健康教育」の実施のために,学校飼育動物活動を実りあるものにするためには,是非とも学校と専門学集団である獣医師会との連携の中で運動を展開すべきであります.
     すでに,県単位で実施している所もありますが,これを全国的な展開として学校獣医師制度を確立する必要があります.
  4. 動物看護士制度の確立
     動物医療における夜間診療,高度医療分野に対するニーズは,益々その範囲の広さ,医療技術,知識の深さにおいて拡大しつつあります.その中での動物看護士の役割は,より良い獣医療のためには無視することができないどころか,必要不可欠となってきました.
     未だ,制度化されていない看護領域において責任の所在を明確にし,専門職集団として自信を持って活躍できる職域を確立することは急務であります.是非とも将来にわたり真に横断的評価のできる動物看護士の協会設立に向け努力をし,将来,国家試験制度の確立に向けて対処すべきであります.
     以上,緊急の対応が要求される事項をとり上げてみましたが,そのいずれもすでに日本獣医師会で具体的な検討をはじめているところです.
     さらに,時間をかけてもやらなければならない重要問題としましては,勤務獣医師の待遇改善であります.家畜衛生,公衆衛生分野および大動物診療に進む若手獣医師が極めて少数であり,獣医師の偏在が生じている現状を考える時,国は将来の食の安全,安心等の維持のためにも努力を傾注すべきであります.

 以上,急ぎ対応すべき問題をとり上げてみましたが,そのいずれもが,獣医師会の要求のみで達成できるものは何一つなく,行政との粘り強い折衝が必要であるとともに,政治の立場からの強力な支援と理解を得ることも不可欠であります.実りある成果のためには,会員及び個々の構成獣医師の方々の日本獣医師政治連盟へのご理解とご支援を頂きながら,さらに強力な運動を展開する必要があります.
 最後になりましたが,会員及び構成獣医師の皆様の益々のご健勝とご活躍をご祈念致します.