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紹 介

砂漠の羊を護る 折田魏朗獣医師

西川 誠(神奈川県獣医師会会員)

 平成17年6月22日の深夜NHK-BS2「遠くにありて日本人」というドキュメンタリー番組で,シリアの地で活躍している折田魏朗獣医師の姿が放送された.
 折田氏は,大正13年生まれの82歳,現在も羊の診療に従事しているとのことであった.
 私と折田氏との出会いは,41年前に遡る.
 昭和38年当時,シリア政府では獣医師の不足から,同国駐在のFAOの杉村克冶博士を通じ,技術水準の高い日本人獣医師を同国家畜衛生局に採用したいとの意向があり,これを受けて農林水産省衛生課では,日本獣医師会を窓口として,国内に広く呼びかけを行った.
 その内容は,採用予定者は10名で,獣医学に関する学業課程修了後,5年の経験を有する者を条件とし,仕事は,国内10の地方政庁に駐在し,家畜衛生の実務を行うとともに獣医師の助手にその技術を指導する(開業者は皆無のため,家畜保健衛生所と家畜診療所の兼業となる)というものであった.
 これと併行して,日本獣医師会では,日本人獣医師の海外派遣の積極的協力と適任者派遣を目的に会長の諮問機関として,「海外獣医技術協力促進委員会」を設置(委員長 荒井 研副会長他7名),2回の委員会を開催し,応募13名の中から,7名を選抜した.
 この7名の中に当時,長崎県農業共済組合連合会から応募された折田氏が選ばれたのである(実際,派遣されたのは6名).
 昭和39年10月4日,私は日本獣医師会の職員として,荒井副会長らとともに,シリアへ出発する第1陣の折田氏他4名を羽田空港で見送ったことが思い出される.
 その後,他の派遣者からの手紙で,折田氏は妻子同伴で多忙ながら,堪能な語学を生かし,率先して同行の派遣者の世話にあたられていると感謝が述べられていたが,折田氏の奥方は土地に合わず早々に帰国(子息は氏とともに滞在し,現地人と結婚,娘2人に恵まれたが14年前に逝去),1年後には,他の5名も次々と帰国し,折田氏が唯一,シリアに残ることとなった.
 番組によると,折田氏は,その後の40年間をアレッポ(シリア第2の都市,人口154万人)のイカルダ地区に設けられた動物研究所(研究員500名)家畜診療センターを拠点として活躍された.その結果,着任当時と比べると獣医師は80倍の4,000人,羊は3倍の1,400万等に及ぶこととなり,シリアの発展に貢献された彼は遊牧民のベドウィン族では神様のように尊敬されているとのことであった.
 また,氏の研究所内での診療姿はいまだ年齢を感じさせない矍鑠としたもので,言葉,気候,風土,文化の異なる地で,40年もの間,屈強な体力と強靭な精神力,そして,日本人獣医師としての使命感によって,歩みつづけた一人の人間の姿に強く心を打たれた.
 折田氏には,国外からの指導依頼も多いようであり,今後ともご壮健で活躍いただくことを願ってやまない.
 日本獣医師会が積極的に取り組んだ,「海外獣医技術協力促進」という一つの種が40年を経て,世界に大木を育てた例であり,今後も,国際交流の輪を広げていただければ幸甚である.


† 連絡責任者: 西川 誠
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