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解説・報告(最近の動物医療)

犬の皮膚科診療におけるカルシニューリン阻害薬

永田雅彦(ASCどうぶつ皮膚病センター院長・東京都獣医師会会員)

1 は じ め に
 シクロスポリンやタクロリムスなどのカルシニューリン阻害薬は,腎及び骨髄移植における拒否反応,移植片対宿主病の抑制を目的とした免疫抑制薬として導入された.当初カルシニューリンは脳内に発現する脱リン酸化酵素として研究されていたが,1991年にこの酵素が本剤の標的であることが指摘され[18],その後免疫系における本酵素の解析が進展した.シクロスポリンは開発当初その吸収・代謝・排泄が一定せず,患者個体差に起因した過量投与による重篤な副作用を生じうることから,適応は臓器移植患者や重症例に限定されていた.しかしより高い安定性を得た製剤やタクロリムスの開発により,人及び動物ともに免疫抑制薬の枠を超えた免疫調整薬として低用量療法がさまざまな炎症性疾患に汎用されるに至った[1, 11, 19, 25, 26].本稿では,犬の皮膚科診療におけるシクロスポリン及びタクロリムスの現状について概説する.
2 シクロスポリン(CyA)
 CyAはノルウエー南部ハルダンゲル高原から採取された土壌真菌 Tolypocladium inflatum Gams の代謝産物より1970年に発見された分子量1202.61の疎水性環状ポリペプチドで,化学構造式名はシクロスポリンAである[26].本剤は1983年サンドSando社の免疫抑制剤Immunosuppressantとして「サンデミュンSandimmun」という名称で発売され,本邦では1985年に承認された.しかしCyAは脂溶性で経口投与時に患者の状態,胆汁酸の分泌量,食事の影響による吸収のばらつきがみられたことから,新しいNeo経口oral剤「ネオーラルNeoral」が開発された.新製剤にはマイクロエマルジョンと呼ばれる技術が導入され,消化管で水や胃液と混合ミセル(マイクロエマルジョン)を形成し水溶液と同様の安定した吸収が得られる[26].本邦にて本剤は2000年に医学領域で,そして2005年,ついに獣医学領域でも承認された.
 CyAは主としてヘルパーT細胞の活性化を阻害する.CyAはイムノフィリンと呼ばれる細胞内結合蛋白のひとつであるシクロフィリンと複合体を形成し,T細胞活性化のシグナル伝達を担うカルシニューリンに結合することで,活性化T細胞転写因子Nuclear Factor of Activated T cell(NF-AT)の脱リン酸化による核内移行を阻止し,細胞内IL2転写因子の活性を抑制する[30].またCyAは,免疫応答を誘導する細胞(ランゲルハンス細胞,ケラチノサイト),さらにアレルギー反応を起こすエフェクター細胞(肥満細胞と好酸球)の機能も抑制する[11, 26].CyAはおもに代謝酵素チトクロームP450 3A系で代謝され,胆汁を介して腸内に排泄される.したがって本酵素の活性に影響する医薬品(タクロリムス,ケトコナゾール,ニューキノロン系抗生物質など)・食品(グレープフルーツなど)と併用する場合,慎重に投与する必要がある[11, 26].
 人の医療の皮膚科領域において,低用量CyA療法は外用療法に抵抗する乾癬や成人重症難治性アトピー性皮膚炎(AD)患者などに処方されている.一方,動物医療の皮膚科領域では低用量CyAの臨床試験が犬アトピー性皮膚炎Canine Atopic Dermatitis(CAD)を対象として実施された経緯から,犬用製剤が「アトピカAtopica」という名称でCADを適応として発売された.Fontaineら[7]はCyA 10-20mg/kgでCADを治療したPilot Studyにおいて,痒みが数日以内に減少したと報告した.その後CyA 5mg/kg及び2.5mg/kgと,プラセボを用いた6週間のランダム化比較試験において,痒みスコアはそれぞれ45%,31%,15%,皮疹スコアはそれぞれ67%,41%,34%の改善率を示し[29],さらに5mg/kg 1日1回6週間経口投与した盲検ランダム化プレドニゾロン比較試験にてその効果はプレドニゾロン0.5mg/kgと同等であったと報告された[27].Steffan et al. は4カ月間にわたる多施設盲検ランダム化メチルプレドニゾロン(MP)比較試験を実施している[33].CyA 5mg/kg,MP 0.75mg/kgで治療後臨床像をみながら漸減したところ,各治療群間における有意差はなく,さらに全般的な評価としてCyA治療群の方が効果的であった.さらに治療終了2カ月後の再発率を検討したところ,MP治療群は87%(平均28日後)で再発がみられたのに対し,CyA治療群の再発は62%(平均41日後)であった[34].なお維持療法に関する検討は十分に実施されていないが,投与量を減らし,あるいは投与間隔を延長することが可能であり,完全に休薬できる症例もあると報告されている[28, 31].
 犬ではCyA療法の適応としてCAD以外に肛門周囲瘻が報告されている.CyA単独で治療した症例報告や比較試験が5報あり,投与量は1.5mg/kg 1日1回から10mg/kg 1日2回,投与期間は4〜20週ときわめて広汎であるも,いずれも有効であった[5, 9, 14, 22, 23].本症におけるCyAの効果は全般的に用量依存性であることが予想され,高用量では治療1週間後より効果が認められている.その他の適応として脂腺炎が報告されている[4, 17].5mg/kg 1日1回で罹患犬12例を治療し,4カ月後に10例で明らかな改善を認め,さらに多くは休薬後に皮疹が新生している[17].なお最近の海外獣医皮膚科学会にて,非感染性肉芽腫性結節性脂肪織炎[10],末期増殖性外耳炎[12, 13],肛門周囲腺腫[36]に対する効果も報告されている.
 CyAの重大な副作用として,人では高用量治療による腎障害が懸念される[26].その機序はおもに輸入細動脈の収縮による腎血流量と糸球体濾過量の低下と考えられているが,これらは薬剤の減量,中止により消失する.また肝障害,中枢神経障害,感染症,急性膵炎,血栓性微小血管障害,溶血性貧血,横紋筋融解症,リンパ腫等が指摘され,その他のまれな副作用として血圧上昇,多毛,末梢神経障害,筋痙攀,月経障害,出血傾向,発疹,貧血や白血球減少,消化器障害,振戦や頭痛・めまい,代謝異常,耳鳴り,歯肉肥厚,発熱などが報告されている[26].犬における副作用として嘔吐を中心とした消化器障害が報告されているが,これは用量依存性であり,5mg/kgでは軽度かつ間欠的であり,低用量による腎障害の発症はない[7, 11, 27, 33].またCyA治療時に,ステロイド治療で問題となる易感染傾向はなく,まれながらパピローマウイルス感染による疣贅や頬粘膜歯肉増生が生じるも,いずれも自然軽快ないし休薬後に改善している[7, 11, 27, 32, 35].なお副作用のひとつとして人と同様に多毛がみられるが,むしろこれを主作用とした脱毛症の治療が期待されている.注意事項として,本剤投与中のワクチン接種は生ワクチンを禁忌とし,不活化ワクチンについても慎重な接種と観察が必要である.

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