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診療室

私の考える名医とは

小川 高(小川動物病院院長・静岡県獣医師会会員)

 少子高齢化社会が現実となった今,子供はもたないが,ペットを我が子のようにかわいがっている夫婦は珍しくない.『親戚の誰が死んでもかまわないが,この子(ペット)を何とか助けてほしい…』こんな訴えに遭遇したこともある.さて,われわれ開業獣医師に何が求められているのか,その一つは,前述のような飼い主の声に応えられる治療内容である.それはわれわれのできる社会貢献のうちのでは最も早道である.本来,開業獣医師の使命としては,診療技術の向上と社会貢献があるが,専門性が明確で優秀な開業獣医師は当然,社会のニーズに合致する.地方獣医師会の中の支部単位では,ともすると,護身的な立場に立った排他的な意見が優性となり,それが自由競争の妨げの土台を作ってしまうことはないであろうか…? 自由競争を妨げることは,飼い主(社会)にとっての,選択肢を狭めることとなり,より良い治療を求める社会の声に背を向けることとなる.自分の子供が重い病気だとしたら,少しでも腕のよい医者をさがすはずである.学問レベル,治療レベルのそういった競争は,必要なものである.また,自分の子供が誤診により,手遅れになったとしたら,こんな医者を世の中から排除したいと思うのも当然である.
 さて,私の考える名医とは,“判断力”と“五感による診断力”がキーワードになる.判断力とは,それには豊富な臨床経験,特に多くの修羅場を乗り越え蓄積された経験からくる総合力である.重要な点は,多くの経験を決して無駄にしない姿勢が,より適切な判断力の源となるということである.経験を無駄にしない姿勢とは,常に最新の獣医学と向きあっている中で,よりよい治療を模索し,今までの治療を反省しながらその経験をデータベース化する能力と言ってもよいかも知れない.癌患者の末期医療にあたって,自宅へ帰してあげるタイミングなどは,やはり判断力がものをいう.
 次に五感による診断力とは,臨床家に絶対必要な検査手技である視診,聴診,触診,打診による診断能力のことである.聴診や触診には,多分先天的な能力の差があることは多分多くの人が感じていると思う.しかし,スタートラインでの能力の差は,日々の努力で十分に逆転できる.診察台の上にあがる以前また,診察台の上にいる動物を観察する力を鍛えることが,最も重要な診断アイテムであることが忘れられているのでは…と心配することがある.動物の顔色をよく観察すること,指先に神経を集中させて丁寧な触診してみること,比較的静かなX線室内などで,もう一度注意深く聴診してみること,打診もしてみることなどが名医に求められることである.名医は特に,触診と聴診にこだわりがあり,当然上手い.
 一方,診断にこだわるあまり,飼い主の話をよく聞くことさえおろそかにして,すぐに血液検査やX線検査に走ったり,そしてひどい場合,診断が下せないのは病院にCT装置がないためだとまで瞬時に考えてしまうといったことなどないであろう.
 一つの診断名がそんなに重要なのであろうか…? 名医は診断名にはこだわらない.そして,動物の状態の変化をしっかりと観察することに力を注ぐ.診断名など後からついてくると考えているからである.
 知り合いの眼科医が,研修医時代行ったアフリカにおける老人の白内障手術について話してくれたことをよく思い出す.当然そこには,手術顕微鏡も,超音波乳化吸引装置もない.そこで行う手術は,最も古典的だが,実は現在の白内障手術の基本となるものである.角膜を180°切開し,前眼房は生理食塩水で還流し,角膜自体の重みで虚脱を防ぎ,注射器を左手で持ってシムコ針による操作で水晶体皮質を吸引するものである.この経験を積んだ眼科医が最先端機器を用いた手術をするのだから,いざ何か思わぬトラブルに出くわした時には,当然の差がでるであろう.
 私の尊敬する名医たちは,これから先の動物医療はこうあるべきだという,ポリシーを常にもっている.だから,次の世代がそうなりやすい環境を少しでも作ってあげたいと思っていたものと推察している.また彼らは,向学心の強い若い獣医師が大好きで,私も良く応援され励まされた.だから,私も今,若い獣医師を応援している.
 私の知っている名医は,常に自分の能力の限界も知っていたと思う.自信のある手術に対しても常に慎重で細心であったし,自身の過信を常に戒めるように感じた.
 名医も人間である,必ず間違いをおかす,これが原因で動物を失った場合,名医はこれに正しく向き合い,まず心から謝罪する.『申し訳ありませんでした….』と.
 私が考える名医とはこんな獣医師である.

小川 高  
―略 歴―


1984年 日本獣医畜産大学卒業
東京大学農学部家畜病院研究生
1986年 小川動物病院(静岡県島田市)勤務
2005年 日本獣医畜産大学大学院研究生

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