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解説・報告

米国獣医学会:安楽死に関する研究会報告2000(VI)

鈴木 真(ファイザー(株)中央研究所)・黒澤 努(大阪大学医学部助教授)

野生動物
 野生で,かつ危険な動物に対して,保定可能な動物の安楽死として推奨される多くの方法は,実行不能である.本研究会は,自由行動する野生動物にはさまざまな状況が関与し,動物あるいは人の安全性の見地から安楽死が不可能な場合があり,死亡させることも必要であることを認識している.この場合の条件は変化に富んでおり,一定の管理下にある条件と比べると非常に複雑であるが,動物の生命を奪う際には,可能な限り疼痛あるいは苦痛を最少限にするよう個々の責任として求められている倫理的な基準を引下げたり,矮小化してはならない.野生動物の安楽死は人里離れた場所で素人により実施される場合が多いので,野生動物の安楽死が人道的に実施されるよう,獣医師,野生動物の生物学者及び野生動物の健康に関する専門家を手助けするガイドラインが必要である.
 自由行動する野生動物を取り扱う場合には,作業者は遠隔で操作する麻酔剤の適切な使用について訓練を受けていない場合があり,適切な投与器材も使用できない場合が多く,野生動物の捕獲に用いる強力な麻酔薬に偶然曝されることが重大な危険となる遠隔地において単独で作業する状況にあり,または,確実に射止めることができる距離までに,動物に近づくことができない状況が考えられる.これらの場合には,動物を採取する有効な方法は,銃撃及び捕殺用罠である13,180-184.このような状況下で選ばれる方法は,年齢,種あるいは分類学上の綱に特異的である必要がある.火器及び弾薬は,種及び目的によっては適切である.作業者は間違いのないよう十分な技能を有し,火器の適切かつ安全な取り扱いに経験があり,所持及び使用に関して法律及び基準に従う必要がある.
 人と接触した際の,野生動物あるいは特殊な動物(動物園動物)の行動学上の反応は,家畜の反応と大きく異なる.これらの動物は通常驚愕し,困窮している.したがって,手技を実施する間,人との接触する時間,程度や認識(知覚)を最少限にすることが,取り扱いの際に最も重要な事項として要求される.これらの動物を取り扱う際に,意識を消失することにより,苦痛,直面する不安,将来の不安,及び疼痛の知覚から解放する全身麻酔薬が用いられる.動物が麻酔下にあっても,聴覚,視覚及び触覚刺激を抑えることにより,ストレスのかからない安楽死を確実にできる.麻酔薬を用いることにより,安楽死の方法の選択が広がる.
 麻酔薬,トランキライザーあるいは鎮静薬を処置し,静脈注射可能な薬剤を投与する2段階安楽死は,好ましい方法ではあるが,現実的ではない.人に害を及ぼす動物の処理に関わる作業者に,注射可能な薬剤は常に法的にあるいは実質的に用意されているわけではなく,また,捕獲,輸送,及び安楽死の前の動物病院への監禁による動物の苦痛を考慮すると,状況に適した最も人道的な方法を選択する必要がある.負傷したあるいは生け捕りされた,自由行動する野生動物を取り扱う作業者をサポートする獣医師は,安楽死に対する支援を求められた時,捕獲,輸送取り扱いによる苦痛,及び死体が摂食される可能性を考慮する必要がある.麻酔薬を用いた2段階安楽死の代替として,抑え込み装置付きケージでのペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与,吸入剤(CO2チャンバー,COチャンバー),及び銃撃がある.安楽死前処置としての麻酔薬が用いることができない場合,保定により動物の苦痛が増加する,あるいは作業者に危害が及ぶ時には,意識の消失はゆっくりではあるが,ペントバルビタールナトリウムの腹腔内投与を静脈内投与に替えて考慮すべきである.
 野生動物種とはさまざまな状況で遭遇する.異なる状況下では,同じ動物種であっても異なる方法が必要となる.管理された状況下の場合でも,特に気の荒い大動物は作業者,介在者及びそれ自身の安全を脅かす.安全に問題がある場合,及び野生,狂暴あるいは家畜化にかかわらず気の荒い大動物の場合,適切な安楽死を実施する直前に,監禁に近い状態で神経筋遮断薬を用いる場合もある.この方法を人道的に実施するためには,作業者が動物を確実に管理し,苦痛が生ずる前に安楽死を実施することが必要である.サクシニルコリンは,薬剤による呼吸困難あるいは呼吸停止から動物を速やかに回復させることができないため,自由行動する動物に保定の方法として用いることはできない185
 疾病に罹患し,負傷しあるいは生け捕りされた野生動物,または狂暴な動物種
 疾病に罹患し,負傷しあるいは生け捕りされた野生動物の安楽死は有資格者により実施されなければならない.野生動物が負傷した場合(自動車による急性の重い傷害),迅速な行動が要求され,放血を伴う銃撃あるいは貫通ボルトを含む物理的方法により,疼痛及び不快感を一刻も早く取り除く必要がある.
 
鳥  類
 人との接触に馴れた保定可能な鳥類の安楽死には,この報告書に記載されている多くの方法が用いられる.自由行動する鳥類は,安楽死に先立ち,ネットや生け捕り用の罠を含むさまざまな方法で集められる.火器及びショットガンによる採取が推奨される.集められた種に適切な弾薬を用いて,速やかに死亡させる.負傷した鳥類は,すでに記載した適切な手技を用いて,素早く死亡させる.大型の鳥類には,全身麻酔薬を安楽死の前に用いる.
 
両生類,魚類及び爬虫類
 変温動物の安楽死においては,代謝,呼吸及び中枢神経系の酸素欠乏に対する耐性の違いを考慮しなければならない.加えて,死亡の確認が困難な場合がしばしばある.両生類,魚類及び爬虫類特有の安楽死について紹介する13,51,186,187

  注射剤―ペントバルビタールナトリウム(体重1kg当たり60〜100mg)は,解剖学的特徴によるが,静脈内,腹腔内あるいは胸腔内投与が可能である.カエル及びカメには皮下リンパ腔も用いられる.効果が発現するに要する時間はばらつくが,30分までには死に至る1,187,188.ペントバルビタール以外のバルビツール系薬剤は,投与の際に疼痛を生ずる189

 丁子油―魚類に対する効果を評価する適切で妥当な臨床試験が実施されていないため,丁子油の使用は認められない.

 外用剤あるいは局所適用剤―トリカインメタンスルフォネート(TMS,MS-222)は,種々の経路で安楽死に用いられる.魚類,両生類においては,この化合物を水中に投入する190-193.大型の魚類は,水中から取り出して鰓に適当な濃度の溶液をシリンジ等で振りかける.MS 222は酸性で500mg/l以上の濃度で重炭酸ソーダに飽和させると,pH7.0-7.5の溶液となる105.MS 222はリンパ腔や胸腹腔への注入もできる194.これらの手法は安楽死としては確実ではあるが,高価である.
 TMS類似の化合物である塩酸ベンゾカインは,魚類184あるいは両生類13の安楽死に,浴液や再循環システム液として適用される.ベンゾカインは不溶性のため,魚類の組織を刺激すると思われるアセトンあるいはエーテルを用いて保存液(100g/l)を準備する.対照的に塩酸ベンゾカインは水溶性で直接,麻酔あるいは安楽死に用いることができる105.250mg/l以上の濃度で安楽死に用いる.魚類は溶液中に鰓蓋停止後10分間は放置しなければならない104
 麻酔薬であるフェノキシエタノールは0.5-0.6ml/lあるいは0.3-0.4mg/lの濃度で魚類の安楽死に用いる.呼吸停止により死に至る.他の薬物と同様に鰓蓋停止後 10分間は溶液中に放置しなければならない195,196

 吸入剤―カメを含む爬虫類及び両生類の多くは呼吸を停止し,嫌気性代謝に変更することができるため,酸素欠乏下で長時間(種によっては27時間以上)生存できる197-202.酸素欠乏に対する耐久性があり,吸入薬を用いた場合,麻酔の導入や意識の消失に要する時間が延長する.これらの種は長時間吸入薬に曝された場合でも死に至らないことがある203.トカゲ,ヘビ及び魚類はそれほどには呼吸を停止しないので,吸入剤により安楽死できる.

  二酸化炭素―両生類1,爬虫類1及び魚類203-205はCO2で安楽死できる.意識の消失は急速に広がるが,安楽死に要する時間は延長する.この手法は活発に活動する種や呼吸を停止する傾向の少ない種ではより有効である.

  物理的方法―両生類及び爬虫類の頭部の形状から,貫通ボルトあるいは火器による貫通が適切な部位を示す想定線を描くことができる13.クロコダイル及び大型の爬虫類は,脳を撃ち抜くことも可能である51
 大型鋏による断頭あるいはギロチンは,解剖学的特徴が適切な動物種には適用できる.断頭による脳への血液供給の停止は急速に意識の消失を生ずるとされている.爬虫類,魚類及び両生類の中枢神経系は低血圧及び低酸素状態に耐性であるため13,断頭後,脊髄破壊を実施する必要がある188

 二段階安楽死―
プロポフォルや超短時間型バルビツールは安楽死を適用する前に,急速な全身麻酔薬として用いられる.
 動物園や臨床の場では,安楽死を実施する直前に,神経筋遮断薬を爬虫類の保定に用いる.
 両生類,魚類及び爬虫類の多くは頭蓋打撲(気絶)に続いて頸椎脱臼,脊髄破壊や他の物理的な方法により安楽死できる.
 脊髄破壊による頭部後方の脊髄の切断はある種の変温動物を死亡させるに有効な方法である.脳と脊髄の破壊が行われないと死は速やかに訪れない.これらの動物では,頸椎脱臼及び脳の破壊あるいは他の適切な方法の後,脊髄を破壊する.破壊には器用さと熟練を要するため,訓練を受けた作業者が実施する.カエルの破壊部位は大孔であり,首を曲げると眼の後方で中心線沿いに皮膚がわずかに窪んだ部位である187

 冷却―
変温動物に物理的な安楽死の方法を用いる場合,4℃に冷やすことで代謝が低下し,取り扱いが容易になるとされているが,全身の低温化が疼痛を減少させたり,臨床的に有効であるという証拠はない206.カエルにおける局所の低温化は痛覚を麻痺させ,これはオピオイド受容体を介しているとされている207.低温化による爬虫類の不動化は,他の生理的あるいは化学的な安楽死の方法を併用したとしても,不適切であり,非人道的であると考えられている.低温化により不動化したヘビやカメは,その後凍結により死亡させられるが,この手法は推奨できない.皮膚や組織に結成された氷の結晶は痛みや不快感をもたらす.深麻酔下にある動物の急速冷凍は可能である208
 
水棲ほ乳類
 バルビツール酸塩あるいは強力なオピオイド(塩酸エトルフィン[M99]やカルフェンタニール)は,水棲ほ乳類の安楽死に用いられる薬剤である209が,常に使用可能というわけではなく,作業者にも危険である.正確な位置への銃撃は,座礁した水棲ほ乳類の種及び大きさによっては安楽死の方法として適切である51,209,210
 座礁した鯨あるいは大型の鯨類や鰭脚類には塩化カリウムとともにサクシニルコリンの静脈内あるいは腹腔内投与が用いられている211.この方法は報告書で定義されている安楽死の方法としては適切ではなく,呼吸筋の麻痺及び最後には低酸素症により死に至る209.この方法は他に有効な方法がない場合には,座礁した動物が窒息するまで数時間あるいは数日間放置されることと比較すれば人道的な方法である.
 
毛皮動物の安楽死
 毛皮を採取する動物は,通常飼養された場所で個別に安楽死される.これらの動物には取り扱い自体がストレスを与えることから,ケージの近くあるいは置かれている同じ場所で安楽死することでストレスを最少限にしている.以下に示した方法は,他の章で詳細な検討が行われている.

  一酸化炭素―
小動物には一酸化炭素は適切な安楽死の方法である.圧縮一酸化炭素をタンクから保定部分が可動である閉鎖ケージ内に注入する.屋外で作業することにより作業者への危険性は軽減できるが,この方法を用いる作業者は,一酸化炭素の危険性を認識する必要がある.4%一酸化炭素を満たしたチャンバーでは,動物は 64±14秒で意識を消失し,215±45秒で死に至る80.3.5%一酸化炭素を用いた脳波での試験では,ミンクは 21±7秒で昏睡状態に至った212.チャンバーには常に一匹の動物を収納し,確実に死亡を確認する.
(以降,次号へつづく)


† 連絡責任者: 黒澤 努(大阪大学医学部動物実験施設)
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