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解説・報告

物 理 的 方 法
 安楽死のための物理的な方法として,貫通ボルト,銃撃,頸椎脱臼,断頭,電撃,極超短波照射,捕殺罠,胸部圧迫,放血,気絶,脊髄破壊がある.適切な装置を用いて熟練者が実施する場合には,物理的な方法は,他の方法に比べて動物に与える恐怖及び不安が少なく,即効性で,痛みを伴わず,人道的かつ確実な方法である.放血,気絶,脊髄破壊は,単独では安楽死の方法として認められず,他の薬剤や方法と併用する必要がある.
 物理的な安楽死は感覚的に不快である場合がある.しかし,感覚的に好ましいことと最も人道的であることは一致しない場合がある.物理的な方法は,一定の条件下では疼痛や不快感から速やかに解放する最適な方法と思われる.物理的な方法を実施する作業者は十分な訓練を受け,実施する方法についての熟練度を検定される必要がある.また,作業者は物理的な方法が感覚的に不快な方法であることを認識し,随時外部の人が望む内容について説明する必要がある.
 ほとんどの物理的方法は外傷を伴うため,動物や人に対して,行為自体が危険である.特別の配慮及び注意が必要である.作業者の技術及び経験が必須である.正確に実施できない場合には,動物及び作業者が負傷することがある.未熟者は手技が的確かつ人道的に実施できるまで,熟練者からトレーニングを受け,死体や麻酔状態の動物で練習する必要がある.適切に実施される場合,ほとんどの物理的方法は条件付きで適切な安楽死であると,本委員会は考えている.
 
貫通ボルト
 貫通ボルトは反芻獣,ウマ,ブタ,実験用ウサギ及びイヌの安楽死として用いられる108.脳震盪及び大脳半球と脳幹の損傷により動物を死亡させる109,110.ボルト撃ち込み銃は,火薬あるいは圧縮空気を動力源とし,対象とする動物種の頭蓋骨を貫通するに十分なエネルギーを供給する必要がある109.貫通ボルトの位置を固定するため,確実に保定することが重要である.瞬間的に意識を消失させ,死亡させるためには,大脳半球と脳幹を十分に破壊する必要がある.各種動物において,ボルトを撃ち込む正確な位置が示されている109-112.散弾は特に大型のウシに効果的な方法であると示唆されている109
 頭蓋骨を貫通しないボルトは動物を気絶させるためにのみ用いられ,単独で安楽死に用いてはならない(「付加的な方法」の「気絶」を参照).

利点―
  貫通ボルトは,と畜場,実験施設及び薬剤が使用できない農場で効果的な方法である.

欠点―
(1)感覚的に不快である.
(2)器具が整備されてなく,適切に用いられないと,死に至らない場合がある.

推奨―
  貫通ボルトはウマ,反芻獣,ブタの安楽死に実用的であり,容認されている安楽死の方法である.他の動物種にも条件付きで適用できる.不貫通のボルトを単独で安楽死に用いてはならない.
 
頭部への強打による安楽死
 頭部の強打による安楽死は対象となる動物種の解剖学的特徴に基づいて評価する必要がある.中枢神経系を抑制し,脳組織を破壊する十分な衝撃が,一撃で頭頂骨に加えられるのであれば,頭部への強打は幼ブタのような頭蓋骨の薄い新生仔には人道的な方法である.適切に実施すれば意識の消失は速やかである.しかし,ウシの新生仔では,解剖学的な特徴より頭部への強打は不適切である.頭部への強打により安楽死を実施する作業者は,適切な訓練を受け,この方法についての熟練度を検定される必要があり,感覚的な影響について配慮する必要がある.
 
銃 撃
 適切な部位への銃撃は,速やかに意識を消失させ,人道的な死に至らしめる.一定の状況下では,銃撃は唯一の実際的な安楽死である.射撃は小火器の取り扱いについて訓練を受け,銃器の使用を許可された高度な技術を有する者が実施する必要がある.作業者,地域社会ならびに近隣の動物の安全に配慮すべきである.屋外でかつ公共の場から離れた所で行う.
 保定した動物の頭部への銃撃が意識を速やかに消失させるためには,確実に弾丸が脳の内部に入る必要があ
51,112-114.動物種による脳の位置及び頭蓋骨の構造の相違を考慮し,頭蓋骨と副鼻腔を貫通するに要する衝撃力を考慮する必要がある109,115.動物種ごとに,正確な頭部への銃撃部位について示されている114,116-119.野生動物及びその他自由行動をする動物に対しての銃撃部位は頭部である.脳組織を貫通,破壊するが,頭部の反対側から組織が露出しないことを想定して,状況に応じた適切な銃を選択する必要がある120.心臓や頸部への銃撃は,動物が意識を消失するまでに時間を要することから,本研究会の安楽死の定義に合致しない121

利点―
(1)弾丸が脳の大部分を破壊すれば,意識の消失は瞬時に生ずる.
(2)取り扱い及び人間の接触によるストレスを最少限にすれば,野生動物や自由行動をする動物に対する銃撃は,時として最も実際的で論理的な安楽死の方法である.

欠点―
(1)作業者にも危険性がある.
(2)感覚的に不快である.
(3)野外では対象個所を銃撃するのが困難な場合がある.
(4)頭部への銃撃では,脳組織を用いた狂犬病及び慢性瘠痩病の検出が不可能であ る114,122-125

推奨―
  他の方法が選択不能な場合,正確な銃撃は条件付きで認められる安楽死である.保定が可能ならば貫通ボルトを用いるべきである.銃撃する前に,人の存在に慣れさせ,動物に不安を与えないよう,穏やかに扱う必要がある.野生動物の場合,人との接触を最少限に銃撃する必要がある.自治体の拘留所あるいはシェルターのような動物管理施設で,銃撃を常用してはならない.
 
頸 椎 脱 臼
 頸椎脱臼は長年使用されている方法であり,熟練した作業者が実施すれば人道的である.しかし,これを確証する科学的な研究はまったくない.この方法は家禽などの小型鳥類,マウス,幼弱なラット及びウサギに用いられる.マウスやラットでは,一方の手の親指と人差指で頭蓋骨の基部で首の両側を押さえるか,あるいは棒で頭蓋骨の基部を押さえる.他方の手で尾根部あるいは後肢を素早く引き,頭蓋骨から頸椎を分離する.幼弱なウサギでは,一方の手で頭部を,他方の手で後肢を保定する.動物を伸展し,頸部を過伸展させ背面へ捻ることにより第一頸椎を頭蓋骨から分離する72,111.家禽では大量の安楽死に伸展による頸椎脱臼が用いられるが,意識の消失は瞬時ではない134
 頸椎脱臼後,脳の電気的活動が13秒間持続するこ
127,及び断頭のように放血による意識消失は期待できないことが示されている128,129

利点―
(1)頸椎脱臼は急速に意識を消失させる手技である84,127
(2)組織が化学物質で汚染されない.
(3)時間を要しない.

欠点―
(1)頸椎脱臼は感覚的に不快である.
(2)急速に意識を消失させるには熟練を要する.
(3)対象が家禽,小型鳥類,マウス,幼弱なラット及びウサギに限定される.

推奨―
  家禽,小型鳥類,マウス,幼若なラット(200g以下),ウサギ(1kg以下)に対する安楽死としての頸椎脱臼は,十分な技術を有する者が実施すれば人道的な方法である.訓練では,頸椎脱臼の前に,鎮静あるいは麻酔が必要である.大きなラット及びウサギでは頸部の筋組織の量が増えるため,手での頸椎脱臼は難しくなり,かなりの熟練を要する130.研究で用いる際には,研究により科学的な根拠が示されること,及び動物の飼育と使用に関する委員会(Institutional Animal Care and Use Committee)により承認されることが必要である.
 責任者は,頸椎脱臼を実施する作業者が十分に訓練されており,常に人道的かつ効果的に実施されていることを確認する.
 
断 頭
 断頭は研究施設でげっ歯類や小型のウサギの安楽死に用いられる.この方法を用いると,化学物質に汚染されていない組織や体液を採取できる.また,解剖学的に損傷のない脳組織を得ることが可能である131
 断頭の後,脳の電気的活動は13から14秒間持続することが示されているが132,最近の研究では,この活動は疼痛を知覚する能力を示すものではなく,実際には意識の消失は速やかであることが示された127-129
 成熟したげっ歯類及び小型のウサギを容易に断頭するギロチンが市販されている.げっ歯類の新生仔に用いることができるものは市販されていないが,鋭利な刃物で代用できる.

利点―
(1)意識の消失までの時間が短い127-129
(2)組織が化学物質で汚染されない.
(3)時間を要しない.

欠点―
(1)この手技に要する操作と保定が動物に苦痛を与える場合がある83
(2)断頭後に認められる脳の電気活動の解釈については議論の余地があり,広く意見を求めることが重要である127-129,132
(3)作業者はギロチンの危険性を良く認識し,危険のないよう注意する必要がある.
(4)作業者にとっても,傍観者にとっても,断頭は感覚的に好ましくない.

推奨―
  断頭は正確に実施されるのであれば,条件付きで適切な方法であり,研究手技の上で必須であり,かつ動物の飼育と使用に関する委員会の承認がある場合に,研究施設で用いられるべきものである.断頭に用いる器具はよく整備され,刃を定期的に研ぐことが必要である.動物の保定にプラスチック製のコーンを用いると,操作による苦痛を減少させ,作業者が負傷する危険を低下させ,ギロチンの適切な位置への動物の設置を容易にする.両生類,魚類,爬虫類の断頭については,この報告書に記載されている.
 この方法に関する責任者は,作業者が十分に訓練されていることを確認する.
 
電 撃
 交流電流を用いた電撃は,イヌ,ウシ,ヒツジ,ブタ,キツネ及びミンクの安楽死に用いられる113,133-138.電撃は心細動を誘発し,脳の低酸素症により死に至らしめる135,137,139.しかし,動物は10から30秒間,あるいは心細動が誘発された以降も意識を消失しない.電撃する前に動物の意識を消失させることが必須である.電気ショックで気絶させるなど適切な方法を用いる25.気絶と電撃死を1度に実施する方法はヒツジとブタに用いられているが,他のほとんどの動物種については気絶と安楽死を別途行う25,63,140

利点―
(1)意識のない動物には,電撃は人道的な方法である.
(2)組織が化学物質で汚染されない.
(3)経済的である.

欠点―
(1)電撃は作業者に危険である.
(2)従来型の一頭用電極を用いると,大量の動物を安楽死させる場合には時間を要し,実用的ではない.
(3)狂暴で取り扱いの困難な動物には利用できない.
(4)四肢,頭部,頸部の激しい伸展及び強直を伴うため,審美的に不快である.
(5)小型の動物(5kg以下)では通電終了後に心室細動及び循環障害が持続せず,死亡しない場合がある.

推奨―
  電撃による安楽死では,一操作でヒツジ及びブタに対して意識の消失及び心室細動を誘発する,あるいは二操作で意識を消失している動物に心室細動を誘発するためには,脳に十分な電流を確実に流すことが重要であり,特別な技術と設備を必要とする.前述の条件を満たせば,この方法は適切なこともあるが,多くの場合,短所が長所を上回る.電流を動物の頭部から尾部,頭部から足部,あるいは頭部から動物が立つ濡れた金属板に電流を流す方法を用いてはならない.
(以降,次号へつづく)



† 連絡責任者: 黒澤 努(大阪大学医学部動物実験施設)
〒565-0871 吹田市山田丘2-2
TEL 06-6879-3101 FAX 06-6879-3107


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