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解説・報告(最近の動物医療)

「生物学的整形外科」の新しい展開(||)


岸上義弘(岸上獣医科病院院長・大阪市獣医師会会員)

 

(2)サイトカインが残存するかどうか
 非開創手術で行った手術であれば,サイトカインは残存する傾向にあるが,もしも開創手術を実施し,長時間大きく開創すると,サイトカインは阻害される傾向にある.
 骨折時に生じた出血の際に形成された血腫の中に,サイトカインが多く含まれている.これをむやみに動かしたり除去してはならない.近年の人医整形外科の学会で聞いた言葉で面白いものがあった.「血腫は触ってはいけない.動かしてもいけない.見てもいけない.」とのことだった.
 さらには,その手術が初めての手術か,2回目の手術なのかも,結果に大きく影響を及ぼす.手術回数を重ねるごとにサイトカインや骨折部の細胞は侵襲を受け,骨の癒合力は低下していく.骨折の手術は初回で成功させるべきである.老齢の動物では,サイトカインの幹細胞増殖が骨折治癒のキーの一つとなるため,なおさら非侵襲的な方法で治療したいところである.
(3)血行が温存されているかどうか
 大きく2つに分けて,骨折部の血行は骨髄内からの血行,そして筋組織から骨外膜への血行に分類される.骨髄内の血行はおもに幹細胞と骨そのものの存続にかかわり,筋組織からの血行は外骨膜に栄養供給することによって仮骨を増生するという役割を持つ.つまり筋組織からの血行を,プレート法の手技(開創)(骨膜剥離),そしてプレートそのもので遮断してしまうと,外骨膜が壊死し,仮骨が得られないという結果となりやすい.言い換えれば,「筋組織からの血行」→「外骨膜の栄養供給」→「仮骨増生」→「骨癒合」という流れは,非常に重要な骨折治療の根幹である.つまり,開創によって骨膜を剥離すること,そしてプレートによって筋と骨膜を隔てることが,大幅に骨癒合を遅らせるのである.
 骨折部の骨癒合不全とともに,健康であるはずの部位も骨吸収像が見られるときには,廃用による骨吸収と同時に,骨への栄養血管の傷害も考えておくべきである.大きいプレートによって,骨の栄養血管が傷害を受けると,急速で広範囲の骨吸収像が見られることがある.
(4)足場があるかどうか
 生体内のいずれの組織が損傷を受けても,新しい組織が形成されるためには,その部位に新しい血管・新しい細胞が生育できる足場(骨折の場合はおもに血腫が足場となる)が必要である.非開創手術なら,血腫の存在は確実と思われるが,もしもプレート法やワイヤー法によって開創したとすると,われわれは血腫に接触し,血腫を動かし,血腫を取り去るかも知れない.骨折を治癒させるための生理学的骨癒合機序は,仮骨が生産されて,それが骨になることであるが,その足場となる血腫を除去することは,骨癒合にとって決定的な不利条件となる.血腫には,骨折を治癒していくサイトカインも含有されている.
(5)解剖学的整復がなされているか
 従来の獣医整形外科でもっとも重要視されていた項目である.これはもちろん重要な項目であるが,「完璧でなければならない」という呪縛から大きく開創し,大きく侵襲を与えていることがないかどうか,検証すべきであろう.もし大きく侵襲を与えるなら,治癒が悪いので,完璧に整復しなければならなくなる.
(6)物理的安定はどうか
 たとえ新しい血管・新しい細胞が生育できる足場が存在したとしても,その足場がマクロの動きを繰り返すと,新生血管は何度も断裂し,新しい組織は生成されないで,無血管性の瘢痕組織または軟骨組織となることがある.一旦こういう組織が骨折部に生成されると,ふたたび骨組織に置換されることは困難となる.
 
2 非開創骨折整復法の工夫
  ―ステップ・バイ・ステップ法―

 骨折は生物学的な治癒機序を経て,つまり仮骨を経て治った方が,速く強く治るということが判明し,人の医学においても骨幹部の骨折には,プレートよりも髄内釘や創外固定法がよく用いられるようになった.獣医学領域においても,聞き分けのない動物を対象とするだけに,速いスピードで強い骨にするという要求が起こったのも自然の成り行きである.それを可能にする創外固定法は徐々に一般的となり,改良が重ねられ,要求される力学的強度に応えられるようになった.皮膚や軟部組織を大きく開かず,骨折部の生物学的要素を阻害せずに整復固定するというものが求められた.つまり,なるべく骨折部を開かず,空気に触れさせず,光を当てずに整復し固定したい.骨折部を開かないで骨折部を整復するには,透視X線を使用するのが手っ取り早い.しかし,透視X線による放射線被曝量は甚大となる.なんとか透視X線を用いないで,非開創の解剖学的整復が一般医家で簡単にできるいい方法はないものか.
 そこで単純X線だけを用い,被曝量を抑え,しかも確実な解剖学的整復を可能にしたのが,ステップ・バイ・ステップ法である.骨に挿入したネジ付きの創外ピンをエポキシパテ金属用という特殊な硬化パテで保持し,X線写真の画像上で骨折部のズレを計測し,そのズレに応じてパテをずらす.あるいは角状変形や回旋変形を直していく.すると骨折部が整復されていく.これをAP像とラテラル像で撮影しながら段階的に整復をより良くしていくのでステップ・バイ・ステップ法と命名した(図3)[6].もしも骨折後の筋短縮によって骨折端同士が重なってしまっているときには,やはり非開創操作下で,鉄道の新幹線の先頭車両のような形状のキュルシュナーピンを用いて,テコの原理で整復することも実践している(図4).
図3
ステップ・バイ・ステップ法の手順
  1 おおよその整復
  2 ネジ付きピン刺入
  3 パテによる1回目の仮固定
  4 単純X線による骨折部ズレの計測
  5 パテを切断
  6 シミュレーション計測修正
  7 パテによる再度の仮固定
  8 単純X線による骨折部ズレの再計測
  9 パテによる骨付近での本格的固定
 10 仮固定群を切除する
図3 ステップ・バイ・ステップ法の1場面
 
図4
図4 キュルシュナーピンを用い,非開創にて骨折端を整復することがある
 
3 超小型犬の橈骨骨折の対処法
 約15年前までは,当院では超小型犬の橈骨骨折に対し,マイクロプレートを用いていた.うまく骨癒合を果たす症例もあったが,治癒が遅れたり再骨折したりする症例もあった.治癒率は約95%であった.これでは臨床家としては許容できない.より確実な方法を模索し,非開創による創外固定法を改良し続けた.ステップバイステップ法とKPS(Kishigami Plastic Splint)というコルセットの組み合わせによって,この10年間,100%の確率で全例治癒させることに成功している.トイプードル,チワワ,ポメラニアン,パピヨンといった超小型犬でも確実に治癒させている(図5).95%と100%の違いは,数字の上ではわずかに5%である.しかし,この95と100の間には天と地ほどの差があるということを強調しておきたい.「骨折は仮骨によって治す.」超小型犬に限らず,これが筆者の骨折治療の結論である.仮骨によってより速く,より強い骨へ,導くことができるのである.聞き分けのない患者を扱う獣医学領域においては,これが一番適していると考えている.
 超小型犬の橈骨の横径は,たとえば5mmという驚異的な細さである.この骨に1.6mmのネジピンを挿入するのは骨を割ってしまう危険性があるため,筆者は直径1.1mmのネジピンを挿入している.
 往々にして,超小型犬の橈骨骨折は遠位端に非常に近いところで発生する.1.1mmのネジピンを,角度を変えて2本,できれば3本をVの字を描くように挿入していく.成長板に近い部位での骨折においても,これは可能である.エポキシパテによる固定[16]を実施すれば,いかなる角度のピンであっても3次元的に確実に保持することができる.
図5
図5 非開創法であれば,超小型犬の橈骨骨折でも正常な仮骨を増生させることができる
 
4 骨再生による骨癒合不全症の治療
(1)なぜ骨折癒合不全が発症するか

 骨折癒合不全の原因は,いろいろ存在する.他院からの紹介症例で,最も多い原因は,骨折部の生物学的要素の獣医師による医原的妨害である.開創・接触・血腫除去・骨膜剥離・金属異物装着といった行為が,細胞やサイトカインの働きを阻害する.たとえばプレートやワイヤーを装着したときに,生物学的要素が妨害されるために骨癒合が遅れることが多い.いつまで経っても骨癒合しないために,力学的ストレスが断続的にプレートに掛かる.すると長期間の曲げストレス下に置かれたプレートは金属疲労を起こし,やがて破損することがある.プレートが強くて折れないときにはスクリューが緩むこともある.興味深いことに,プレートが折れた時に多くの獣医師は「プレートが弱かったから失敗した」と判断するようである.そしてその先生は「それでは,次回はもっと頑丈で大きなプレートで再手術を……」と考えるようである.私見ではあるが,多くの場合,プレートが弱いのではなく,手術侵襲による生物学的要素の阻害が原因である.通常プレートというものは単に初期固定を担当する支えであり,骨癒合が徐々に完成することによって,経時的にその役目は終わる.いつまで経っても癒合しない骨を支えることに疲労し金属が折れても(または骨と金属は結合しないので,いずれスクリューが緩んでも),それを責めることはできないのである.それが金属の特性なのである.
 事実,AOの新しい方法で,骨折部を開創せずに,骨膜剥離をせずに,別の部位からプレートを挿入していき,骨折部の近位側と遠位側だけでスクリュー固定するというMIPO[19]という手技がある.この手技の元では,プレート法であるにも関わらず仮骨が産生される.つまり開創しなければ,プレートを使用しても生物学的要素は温存され,強い癒合が期待できることが証明された.
 癒合不全の原因として,ついで多いのが,メカニカルな要素(整復と固定)の失敗である.骨の近位と遠位の不適当な整復.規格外に小さいプレート,適応外のプレートの位置,不適当なスクリューの本数や長さ・挿入位置・挿入状態,などがあげられる.このタイプの原因による骨折癒合不全は最近は少なくなっているが,まだ時折見受けられる.開創し,骨癒合のための生物学的要素を削いでしまったら,よほど精密な整復と頑強な固定をしなければ癒合しないということを肝に銘じておかなければならない.ただし,そういった機械的要素を追求すればするほど,生物学的要素は削がれていき,強度の低い骨癒合になってしまうことは覚悟しておかなければならない.
 あとはメカニカルな要素の問題として,髄内ピンだけで固定し,何らの副子固定も使用しないために,早期の固定の破綻,そして癒合不全がおこるという初歩的なミスも散見される.また,ワイヤーをぐるぐる巻きにして,骨折部の生物学的要素を破壊している例も散見される.
 また別に散見されるタイプとして,頑丈なプレートで骨折部を固定し,長期間経過したもので,ストレスシールディング現象を起こし,骨吸収を起こしているものがある(図6).力学的ストレスが骨に掛からず頑丈なプレートに掛かり,骨が長期間力学的刺激を受けないために吸収されていくものである.この現象を認めた時点ですべきことは,プレートを除去するということである.プレートを除去することによって骨折が予想される場合には,姑息ではあるが,スクリューを段階的に抜去していくという手段(麻酔による侵襲,開創による侵襲などが格段に大きくなる)や,副子固定を装着する手段がある.いずれにしても骨吸収している箇所は骨折しやすく,もしも骨折すると非常に骨癒合しにくい.もしプレートを使用して骨吸収を起こすと,プレートを除去し,副子固定を当て,あとは「折れてくれるな」と切に願うのみである.これはまさに薄氷を踏む思いである.
 また,プレートの端部に曲げ応力が集中するため,ここに骨硬化現象が起きることがある[6].皮質骨が厚く硬くなり,骨髄が狭くなり,柔軟性を失って骨折しやすい傾向がある.この部位は,X線写真の画像上では,真っ白に写る.もしもこの部位が骨折すると,骨髄が閉じていたりして非常に癒合しにくい.こういった病的骨折の際にも,骨再生手術は有効であると筆者は考えている.
(2)癒合不全の際に,骨折部はどういう状態にあるか
 もしも新鮮な骨折部ならば,生体側は,骨癒合を進めるための細胞やサイトカインや血行を周到に準備するはずである.骨折が起こってから約3週間以内で一連のサイトカインは出尽くす(前号図2).しかし,たとえば骨折の治療に失敗し,癒合不全が起こったり,骨吸収が起こったりしたときに,そのゴールデンタイムは過ぎ去り,その骨折部は生理的活性が乏しい.さらには複数回の開創手術をされ,大きな侵襲を受けている.画像からも,すでに「終わっている」と感じることがある(図7).おおむね骨折部には瘢痕組織が存在し,骨髄が閉鎖され,血行も乏しい.つまり細胞・細胞の足場・サイトカインといった,骨癒合ためのの必須要素が欠乏していると考えられる.骨折部を隔てて,近位側と遠位側の組織が,生物学的にも物理学的にも連続性が乏しいという表現も可能である.
 時折,骨癒合不全の症例において,骨折部の間隙に,X線画像として黒いゾーンを認めることがある.新しい骨組織はそのゾーンの中に入り込めず,そのゾーンを迂回するように外側に伸びているが,骨折部を架橋することがなかなかできない.このX線透過性ゾーンは瘢痕組織であると考えている.新鮮な骨折の直後に産生された結合織には将来の仮骨になるよう新生毛細血管が入り込む.しかし骨折部の固定状態が悪く,動揺が存在すると,毛細血管は断裂する.新生しては断裂,新生しては断裂ということを繰り返すと,それが瘢痕組織になってしまい,もはや骨組織も血行も届かない領域と化すのである.それでもまだ余力の残っている骨折部には仮骨が産生されるものの,その瘢痕組織ゾーンを迂回するように延びてくるが,架橋し癒合するまでには到らないのが常である.
図6
図6 長期間,頑丈なプレートの下に置かれた骨組織は吸収しやすい
図7
図7 骨癒合不全が長期に及ぶと,重度の骨吸収を起こすことがある
 

(以降,次号へつづく)



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