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解説・報告

米国獣医学会:安楽死に関する研究会報告2000(||)

鈴木 真(ファイザー(株)中央研究所)・黒澤 努(大阪大学医学部助教授)

一般的な配慮

 本研究会は,安楽死の方法を評価するために,以下の基準を用いた:(1)疼痛,苦痛,直接的なあるいは将来的な不安を伴わずに,意識消失及び死に至らしめること;(2)意識消失に要する時間;(3)信頼性;(4)人に対する安全性;(5)不可逆性;(6)要求及び目的との適合性;(7)傍観者あるいは作業者に対する感情的な影響;(8)安楽死後の評価,実験あるいは組織の利用との適合性;(9)薬剤の利便性及び人の乱用の可能性;(10)種,年齢及び健康状態との適合性;(11)用いる器材が適切に作動するよう維持できること;(12)肉食動物/腐肉食動物が死体を摂食した場合の安全性.
 安楽死は動物のコントロールが不十分で,疼痛及び苦痛を伴わずに死に至らしめることができない状況にも適用されるため,本研究会はこの報告書で用いられる安楽死の定義について検討した.動物を食用,毛皮用あるいは繊維用にと殺する場合が該当する.動物を食用,毛皮用あるいは繊維用に死亡させる場合,及び野生動物あるいは凶暴な動物に対しても,安楽死の同じ基準を適用するべきである.食肉動物の場合には,米国農務省(US Department of Agriculture)が特に定める条件を考慮して人道的にと殺する必要がある22.疼痛を伴わない死は,動物を適切に気絶させ,放血することにより達成される.と殺前の動物の取り扱いは,できるかぎりストレスを伴わないよう実施するべきである.動物の動きを促すために電気式突き棒及び他の道具を用いるべきではなく,また,無用なストレスを伴わずに動物の動きが促され,保定されるように傾斜路及び移動柵が設計されていれば,このような道具は不要である23-27.と殺する前に動物が疼痛を伴う姿勢で保定してはならない.
 健康で,かつ不要な動物を安楽死させる場合には,専門的及び一般的な関心事に照らし合わせた倫理的な配慮が必要である28-29.この問題は複雑で,専門家及び動物福祉に関わる人々による詳細な検討を必要とする.本研究会は,このような動物の安楽死に関わる対応の必要性について十分認識しているが,この報告書で詳細に検討することは,適切ではないと考える.
 本研究会は,薬剤の入手と貯蔵,労働安全及び安楽死の方法と動物の処分について規定した連邦,州及び地方の法令に準拠して安楽死が実施されることを意図している.しかしながら,現行の連邦,州及び地方の基準については,紙面の都合で解説しない.
 本研究会はこの報告書に網羅されていない状況が存在することを認識している.そのような状況下では,適切な安楽死を選択するために,その動物種について経験のある獣医師が臨床的に容認できる技術に関する知識に基づいて,専門的な判断を下す必要がある.このような状況下で専門的に判断するため,動物の大きさ,種特異的な生理学的及び行動学的特性を考慮する必要がある.いずれの状況下でも,最高の倫理基準と社会的道義に基づいて安楽死の方法を選択しなければならない.
 安楽死後及び死体処理前に死亡を確認することは不可欠である.注射剤あるいは吸入剤で深麻酔状態にある動物は死亡したようにみえるが,後に蘇生することがある.動物を検査して生命の兆候が停止していることを,動物種及び安楽死の方法を考慮した基準を設けて確認する必要がある.
 
動物の行動に対する配慮
 安楽死の方法を決定するには,恐怖や直接的なあるいは将来の不安を含む動物の苦痛を最少限にする必要性が考慮されなければならない.優しい保定(動物にとってなじみのある安全な環境下で行うのが望ましい),注意深い取り扱い,及び安楽死の間,話しかけ続けることにより,実験に用いられた動物を落ち着かせることができる.鎮静や麻酔は,安楽死に最適な状況を具現する.この段階で投与される鎮静薬あるいは麻酔薬は,循環機能を変化させ,薬物の作用の発現を遅延させることを認識する必要がある.経過の観察者を準備することも必要である.
 野生動物,凶暴な動物,負傷した動物,すでに罹患している動物に対しては,異った方法が必要である.安楽死前に家畜に対して行われる処置は,これらの動物に対しては効果的ではない.人との接触に慣れていない動物(たとえば,野生動物,動物園動物,凶暴な動物)にとって,人との接触はストレスとなるため,安楽死の方法を評価する場合,必要とされる保定の程度を考慮すべきである.これらの動物を取り扱う場合,視覚的,聴覚的,触覚的刺激を最少限にすると落ち着かせることができる.捕獲あるいは保定の際に動物が暴れると,動物に疼痛,負傷あるいは不安を惹起させるだけでなく,作業者に危害を及ぼすため,場合には,トランキライザー,鎮痛薬や麻酔薬が必要となる.薬物の投与法は安楽死させる動物にとって最も苦痛の少ない方法を選ばなければならない.イヌ及びネコに鎮静薬を経口投与するさまざまな方法が報告されており,このような状況下では有用である30,31
 いくつかの動物種に対して,さまざまな感情の状態を示す表情及び姿勢について報告されている32-37.侵害刺激に対する行動学的及び生理学的反応として,悲痛な鳴き声,苦悶,逃避行動,防御的あるいは攻撃,流涎,失禁,脱糞,肛門嚢分泌物の排泄,瞳孔の散大,心悸亢進,発汗,反射的な骨格筋の収縮による震え,振戦,筋痙攣がある.意識下と同様に意識のない動物も,これらの反応のいくつかを示すことがある.ある種の動物,特にウサギ及びニワトリでは,恐怖により不動化状態,あるいは「死んだふり」状態になることがある.このとき,実際には意識があるので,誤って意識の消失と判断してはならない.怯えた動物の苦痛の鳴き声,恐れおののいた行動,及びある種の匂いあるいはフェロモンの放出は,他の動物を不安にさせる.したがって,感受性の高い動物種の場合,他の個体が存在しない場所で安楽死を実施することが望ましい.
 
人の行動に対する配慮
 個別に,あるいは大量に安楽死させるいずれの場合であっても,安楽死を実施する場合,モラルや倫理的側面からの捉え方の違いにより人の行動は,左右される.動物の安楽死に対する人の精神的な反応,すなわち最も一般的である生命の消失時の悲嘆を考慮する必要がある38.動物の安楽死が人に与える影響について,注意を払うべき6つの状況を以下に示した.
 最初の状況は,飼い主が安楽死を行うか,何時行うかを決定する必要に迫られる診療の場である.多くの飼い主は獣医師に判断を委ねるが,自身で判断することを恐れる飼い主もいる.これは,動物の医学的,行動学的な異常を安楽死が必要になるまで看過したことについて飼い主が自責の念に駆られている場合に認められる.飼い主が安楽死に立ち会う場合,これから起きる事象について十分に理解する必要がある.どのような薬物を用い,動物がどのように反応するかを十分に話しあう必要がある.鳴き声,筋攣縮,閉眼しないこと,失禁あるいは脱糞は苦痛である.悲嘆する飼い主に対するカウンセリングを行っているコミュニティー39,及び電話でのカウンセリングを行っている獣医大学もある40,41.飼い主だけが動物の安楽死による影響を受けるわけではない.獣医師やそのスタッフも長年治療を通じて親しみを持つ動物に対する思い入れは深く,倫理的見地から動物の命を絶つことについて煩悶しているのである.
 2番目の状況は,不要になった,飼い主不明の,疾病に罹患した,及び負傷した動物が大量に安楽死される動物飼育管理施設である.繰り返し安楽死を実施する職員の苦痛は著しい.安楽死に関わる作業者が経験する精神的不安,不快あるいは苦痛を最少限にする必要がある.安楽死を実施する作業者は,技術的に熟練し,人道的な取り扱いを行い,安楽死を実施する理由をよく理解し,用いる安楽死の方法に慣れている(たとえば,動物に何が起こるかを熟知している)必要がある.作業者が起こり得ることを認識していない場合,動物の動きを意識がある,及び動きがなければ意識がないと誤って解釈する場合がある.動物の動きがないことが安楽死を評価する基準ではないが,感覚的な見地から動物の動きが少ない安楽死の方が作業者には受け入れやすい.常に周囲で安楽死が実施されている,あるいは直接安楽死に関与していると,仕事に対する強い不満あるいは疎外感という心理学的な状態に陥り,欠勤,好戦的,あるいは動物に対する無配慮で冷淡な取り扱いが認められる場合がある42.このことが,直接安楽死を実施する作業者を入れ替える最も大きな理由の一つである.管理者は,動物の安楽死を実施する作業者の潜在的な個人的問題に気を配り,問題を予防,減少,あるいは除去するプログラムを実施する必要性について検討する必要がある.特別な対処法は作業に対する耐性をもたらす.対処法には,十分に安楽死を遂行するための適切なトレーニングプログラム,職場での同僚による相互扶助,必要時に専門家の助力が得られる,里子に貰われたあるいは飼い主の元に戻った動物に意識を向ける,勤務時間の一部を教育プログラムにあてる,職員がストレスを認めた場合に休息させるなどがある.
 3番目の状況は研究室である.研究者,テクニシャン,及び学生は安楽死させねばならない動物に愛着を持つ場合がある43.研究室の職員にもペットの飼い主あるいは収容施設の作業者と同様の配慮が必要である.
 4番目の状況は野生動物の管理である.野生動物に関わる生物学者,管理者,健康管理従事者は,負傷した,疾病に罹患した,繁殖過剰な野生動物,あるいは人の財産及び生命に危害を及ぼす野生動物の安楽死を実施する責任を負う場合が多い.生息地の移動を実施することが適当な場合,それが試みられることもあるが,生息地の移動は大きな問題の一時的な解決にすぎない.特に,動物を死亡させるよりも救済すべきという社会的圧力の下でこれらの動物に対処する必要がある人々は,多大な苦痛及び不安を経験することとなる.
 5番目の状況は家畜及び家禽のと殺施設である.日々処理される大量の動物は作業者にとって大きな肉体的及び精神的負担となる.連邦及び州農業省職員も疾病の発生やバイオテロリズム,自然災害により家畜及び家禽を大量に安楽死させることがある.
 最後は衆人監視の状況である.動物園動物,交通事故や競馬場で負傷した動物,座礁した水棲ほ乳類,有害なあるいは負傷した野生動物などの安楽死は公衆の注意を引くため,常に人々の態度及び反応を考慮する必要がある.自然災害及び外来の動物の疾病に対する対策も大きな注目を集める.しかし,そのような環境下でも,最も速やかに効果が発現し,かつ疼痛を伴わない安楽死の方法を用いる原則を曲げてはならない.
 
安楽死に用いられる方法の作用機序
 安楽死に用いられる方法は次の3つの基本的な機序で動物を死に至らしめる:(1)直接的あるいは間接的な低酸素症;(2)生命維持に不可欠なニューロンの直接的な抑制;(3)生命維持に不可欠な脳の活動及びニューロンの物理的破壊.
 直接的あるいは間接的な低酸素症により死に至らしめる方法は,さまざまな部位に作用し,意識を消失させる速度もさまざまである.疼痛及び苦痛を伴わない死のためには,意識の消失が運動機能の消失(筋肉の動き)以前に生ずる必要がある.しかしながら,運動機能の消失が意識の消失及び苦痛の欠如を示すわけではない.したがって,意識の消失を伴わずに筋の麻痺を生ずる薬剤(脱分極性及び非脱分極性筋弛緩薬,ストリキニーネ,ニコチン及びマグネシウム塩)を単独で安楽死に用いてはならない.低酸素症を惹起する方法のうちには,意識の消失後も運動機能を維持する場合があるが,これは反射であって動物は知覚していない.
 2番目に属する安楽死の方法は,脳の神経細胞を抑制し,意識の消失後,死に至らしめるものである.これらの薬剤には,麻酔の第一ステージにおいて運動機能抑制を開放し,興奮期あるいは譫妄期とよばれる相が現れ,動物が鳴き声を発したり,筋収縮を生ずるものがある.これらの反応は意図的なものではない.意識消失後に死亡するが,これは呼吸中枢の直接的な抑制による心停止や低酸素症によるものである.
 振盪,脳の直接的な破壊,あるいはニューロンの脱分極による脳活動の物理的な破壊は,速やかな意識の消失を生ずる.心臓及び呼吸活動を制御している中脳の破壊,あるいは動物を死に至らしめるため付随的に用いられる方法(放血など)により,動物は死に至る.意識の消失後に筋活動の亢進がみられ,これが傍観者を当惑させる場合があるが,動物は疼痛あるいは苦痛を感じてはいない.
 
吸 入 剤
 吸入により用いられるすべてのガスは効果を発現する前に,一定の肺胞内濃度に到達する必要がある,したがって,これらの薬剤で動物を安楽死させる場合には時間を要する.ある薬剤を安楽死に用いることの妥当性は,薬剤の吸入を開始して意識が消失するまでに苦痛を伴うかどうかで判断する必要がある.ある種の薬剤は痙攣を惹起することがあるが,通常は意識消失後に生ずる.意識を消失するまでに痙攣を惹起する薬剤を安楽死に用いることはできない.
 すべての吸入剤に共通の注意点として,(1)高濃度のガスを急激に曝露すれば,速やかに意識を消失し,より人道的な安楽死である.(2)ガスを供給し,かつ高濃度を維持する装置が常に良好な状態にあり,州あるいは連邦の規制にも合致していることが必要である.漏れや欠陥のある装置では死亡するまでに長時間の精神的苦痛を負荷し,他の動物や作業者にも危険を及ぼす.(3)吸入剤の多くは爆発性(エーテルなど),昏睡(ハロセンなど),低酸素症(窒素や一酸化炭素など),耽溺(笑気など),あるいは長期にわたる曝露による健康障害(笑気,一酸化炭素)などの危険性を有する.(4)換気能が低下している動物では肺胞内濃度の上昇が緩やかで,導入時に興奮状態になりやすい.このような動物の場合は吸入剤以外の方法を考慮する.(5)新生仔は低酸素状態に強い抵抗性をもつこと,すべての吸入剤は最終的に低酸素症を生ずることから,成熟動物よりも安楽死に至る時間が延長する.Glassら44は,イヌ,ウサギ,モルモットの新生仔は,成獣よりも長時間窒素中で生存することを報告している.1週齢のイヌでは14分間生存したが,数週齢のイヌは3分間であった.1日齢のモルモットでは4.5分間であったが,8日齢では3分間であった.6日齢のウサギでは13分間,14日齢では4分間,19日齢以上では1.5分間であった.本研究会では,意識消失後速やかに他の方法で安楽死させないかぎり,16週齢以下の動物に対する吸入剤の単独使用は推奨しない.(6)ガスの流量が多いと装置がノイズを発生し,動物を怯えさせることがある.高い流量を必要とする場合には,ノイズを最少限とする設計が必要である.(7)チャンバーに複数の動物を入れる場合は同種であり,自傷あるいは傷付け合わないよう,必要に応じて保定する.チャンバーには過剰の動物を入れず,また,次に安楽死させる動物が苦痛を感じるので,臭気が残らないよう清潔にする.(8)爬虫類,両生類,潜水する鳥類・哺乳類などは,呼吸を停止する能力や無酸素代謝能力が非常に高い.したがって,吸入剤による麻酔の導入や意識の消失に要する時間は延長する.これらの動物種では他の方法が適切であろう.
 
(以降,次号へつづく)



† 連絡責任者: 黒澤 努(大阪大学医学部動物実験施設)
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