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解説・報告

犬等の新たな検疫制度


辻山弥生(農林水産省消費・安全局衛生管理課国際衛生対策室課長補佐)

1.は じ め に
 狂犬病は人を初めとする多くの動物が感染するウイルス病で,一旦発症するとほぼ100%死に至る.日本では昭和32年以降,約半世紀,犬での発生は確認されていないが,世界では,現在も多くの国で発生が見られ,WTOの推定によれば毎年4万〜7万人が死亡している.また,中国では狂犬病の死亡者数が増加の一途である.2004年の伝染病による死亡者数の第一位は狂犬病(2,651名)であり,法定伝染病死亡者全体の37%を占めている.
 このような中,わが国においても,近年のペットブームで,狂犬病の発生地域である東南アジアからの子犬の輸入が急増し,ワクチンの効果が期待できない子犬が,わが国への狂犬病ウイルスを持ち込む危険性が高まっていると考えられ,昨年3月に緊急的に4カ月齢未満の幼齢犬の輸入自粛を要請し,これを機会に検疫制度の見直しを行うこととした.
 こうして,英国等で行われている検疫制度及び最新の科学的知見を踏まえつつ,犬等の検疫制度が抜本的に見直されることとなり,吉川泰弘教授(東京大学)を座長とした検討会が設置された.昨年5月14日に第1回目の検討会を開催し,6月8日の第2回検討会,7月20日の第3回の検討会,そして10月5日の第4回の検討会と,効率的に議論いただき,第3回の検討会では新しい制度の大枠について合意し,第4回では具体的な制度の内容について合意した.
 新しい制度は,昨年11月6日にスタートしたところである.

 
2 制度の概要
 これまで,米国,中国,タイ等狂犬病の発生地域から輸入される犬及び猫は,日本の動物検疫所の係留施設で係留することが義務付けられていた.狂犬病予防注射後30日経過し,狂犬病(及び犬はレプトスピラ症)に感染しているおそれがない旨の輸出国政府機関発行の証明書が完備されている場合に,最短の係留期間である14日間が適用されることとしていた.
 新しい制度では,これらの国から輸入される犬及び猫のうち,到着40日までに輸入予定が届出され,以下の条件を満たすものについては,係留期間を12時間以内とすること,すなわち到着日に解放されることが可能となった.
[1] ワクチン接種前にマイクロチップで個体識別されている.
[2] 効果的なワクチン接種の証明がある(生後91日齢以降に30日間以上の間隔で2回以上接種している).
[3] 2回目のワクチン接種以降に採血した血液について農林水産大臣が指定した検査機関で抗体検査を行い,十分な抗体価(0.5IU/ml以上)があることを確認.
[4] 上記の採血日から180日を経過していること(待機期間).
 また,狂犬病の清浄国・地域(指定地域)から輸入される犬・猫については,個体識別を新たな条件として加えた他は,従前の制度と同様としており,清浄国・地域で過去180日間若しくは出生以降飼養されている場合には,日本到着時の係留期間を12時間以内とした.
(注) 指定地域とは,農林水産大臣が狂犬病の発生ないと認めてた地域で,現在(2005年5月現在),13地域が指定されている.キプロスシンガポール,台湾,アイスランド,アイルランド,スウェーデン,ノルウェー,英国(グレートブリテン及び北アイルランドに限る.),オーストラリア,ニュージーランド,フィジー諸島,ハワイ,グアム.
※下線の地域については,輸入検疫制度が十分でないとされたことから,平成17年6月7日付けで指定地域から外すことを予定している.
 
3 よくある質問と答え
 本制度への理解を深めていただくため,以下によく受ける質問とその答えをお示しする.

Q マイクロチップがISO規格(11784及び11785)以外の規格のものは認められないのか.
A 一部のISO規格以外のマイクロチップについても,動物検疫においてリーダーを準備している場合もあるので,事前に到着予定港の動物検疫所に確認する必要がある.対応するリーダーが準備されていない場合は,輸入者がそれに対応するリーダーを準備してくれれば,それにより個体確認を行うことも可能である.
Q 狂犬病の抗体価の測定と180日間の待機期間の意義はなにか.
A 180日間と言われる本病の潜伏期間中,動物の体内のどこに狂犬病ウイルスが潜んでいるかは不明なため,発症前の診断は困難であること,潜伏期間中にワクチンを接種しても発症は予防できないことから,ワクチン接種後新たに感染する恐れがなくなって,この潜伏期間に相当する6カ月を経過して,はじめて本病に罹っていないことがわかる.
抗体価を測定する理由は,予防注射により狂犬病に対する免疫を獲得できたことを確認するため.また,待機期間をおく理由は,予防注射により免疫を獲得する以前に狂犬病に感染していないことを確認するためであり,潜伏期間に相当する180日間を待機期間とした.
Q 狂犬病非清浄国の在留邦人が,犬を連れて帰国する際に,犬の検疫を即日開放とするには,最短でも7カ月の準備期間が必要となる.勤務先の都合で,急遽帰国を求められることもあるので,とても対応できない.
A 抗体検査の結果は,輸入日から遡って2年前までの採血日のものまで認めることとしている.いつ帰国するかわからないという方の自衛手段として,マイクロチップ装着,ワクチン接種(2回)後抗体検査を受けておけば,急な帰国な場合も対応が可能となる.
Q なぜ,採血前に2回ワクチンを接種しなくてはいけないのか.
A 1回の接種だと,一度は抗体価が上昇するが,その持続期間が短い場合がある.狂犬病の潜伏期間にあたる180日の間,抗体価が感染防御を可能にするレベル以上に維持されていることが必要となる.そのため1カ月以上の間隔をおいて2回以上の接種を行うこととした.
Q 日本から非清浄国・地域に犬・猫を輸出し,帰国する場合は抗体検査を輸出前に受けていれば,日本に戻った際の検疫はどうなるのか.
A 採血の日から2年以内に日本に帰国予定の場合,日本でマイクロチップ装着,2回のワクチン接種後の採血で抗体検査受け,それが基準値以上の場合,その旨を輸出検疫証明書に記載してもらうよう,輸出の際に動物検疫所に申し出て欲しい.その証明書に記載された抗体検査の結果を,帰国の際の抗体検査の結果として認めている.その他輸入の際の条件を満たせば12時以内の係留(即日開放)となりうる.
Q 抗体価を測定する検査機関はどこにあるのか.近くにない場合,どうしたらいいのか.
A 現在,抗体価を測定する指定検査機関は,5月10日現在,日本1,欧州23,米国2,豪州1の計27施設である.順次,指定されるごとに動物検疫所ホームページ(http://www.maff-aqs.go.jp/ryoko/newquarantine/quarantinesystem/import/kessei/kesseikikanlist.htm)に追加される.
 日本の施設は,財団法人 畜産生物科学安全研究所(神奈川県相模原市,http://www.riasbt.or.jp/)である.
 近くになくても,通常,血清は当該施設に送付して検査を依頼するので,距離は問題ない.血清送付の方法については,依頼する予定の各検査機関にお問合せいただきたい.
 
4 お わ り に
 犬等の検疫制度の抜本的改革は制度開始以降初めてのことであり,実に54年ぶりのこととなる.この間,狂犬病についての知見は集積されてきたであろうが,いまだに6カ月間と言われる本病の潜伏期間中,動物の体内のどこに狂犬病ウイルスが潜んでいるかは不明なため,発症前の診断は困難であること,潜伏期間中にワクチンを接種しても発症は予防できないことから,ワクチン接種後新たに感染する恐れがなくなって,この潜伏期間に相当する6カ月を経過して,はじめて本病に罹っていないと判断できる.
 さらに,本ウイルスは陸生の哺乳類にはすべて感染することから,野生動物にまん延すれば,本病の撲滅は事実上不可能である.
 新しい制度の詳細,具体的手続き等については,動物検疫所のホームページ(http://www.maff-aqs.go.jp/ryoko/newquarantine/newquarantine.htm)から情報が入手可能である.具体的な手続き等については,各動物検疫所にお問合せいただきたい.
 日本は,数少ない狂犬病の清浄国である.このことを念頭に置き,新たな犬等の検疫制度についてもご理解とご協力を賜りたい.
 
犬等の新たな検疫制度



† 連絡責任者: 辻山弥生
(農林水産省消費・安全局衛生管理課国際衛生対策室)
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