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解説・報告(最近の動物医療)

小動物歯科診療の歴史ならびに現状と展望(||)

藤田桂一(フジタ動物病院院長・埼玉県獣医師会会員)

3.小動物歯科診療の現状
 毎日,動物病院では,皮膚疾患,外耳炎,整形外科疾患,消化器疾患,泌尿器疾患,予防接種,及びフィラリア予防など,さまざまな主訴で動物を連れて飼い主が来院される.日常診療の中では動物の口腔内疾患は比較的多くみられるが,口腔内疾患の治療を目的に動物病院を訪れる飼い主は多くない.
 以下に,日本獣医師会で実施している全国都道府県を通じてモニター獣医師からの報告で平成14年度の小動物疾病発生状況実態調査をもとに口腔内疾患について検証する.歯科疾患を含む口腔内疾患は消化器疾患に含まれる.この調査結果によると動物病院に来院された動物のうち消化器疾患は,犬では4551頭中787頭(17.3%)で,猫では2,252頭中405頭(18.0%)あり,ほぼ同程度であった.これは,犬では皮膚疾患(18.2%),感覚器疾患(18.1%)に次いで第3位であるが,この上位3疾患は,実質上,ほとんど頻度は同程度である.一方,猫では,消化器疾患は第1位であった.以上のように動物病院に来院される中で消化器疾患罹患率が高いことが明らかとなった.
 次に消化器疾患の中の口腔疾患の割合を下記に示す.
 犬では,腸炎が296頭,次いで急性胃炎が138頭,その次が歯石付着・歯石除去が62頭であった.次いで肛門嚢炎(40頭)と続き,その次が歯周病(31頭)であった.その他,歯列・摩耗異常が2頭,齲歯(虫歯)が1頭,抜歯が4頭,舌炎・舌損傷が1頭,口内炎が8頭,ならびに口腔内異物が5頭であった.
 一方,猫では,消化器疾患のうち,最も多い疾患は,腸炎が91頭,次いで,口内炎が83頭で,急性胃炎(54頭),便秘症(46頭),毛球症(18頭),次いで歯周病(15頭),肝炎(14頭)と並び,歯石付着・歯石除去(14頭)であり,その他の口腔疾患では,抜歯が5頭,齲歯が3頭(おそらく破歯細胞性吸収病巣と思われる),口腔内異物が2頭,ならびに舌炎・舌潰瘍が1頭であった.
 これらは,主要症状(何らかの病気)を主訴に来院された場合であるが,受診動機別調査では,犬では,ワクチン接種時で来院された件数は2,633頭(29.5%)で,フィラリア予防で受診された件数は2,089頭(23.4%),健康診断では287頭(3.2%),避妊・去勢手術では176頭(2.0%)であった.猫では,以上の主要症状の2,154頭(66.2%)のほかにワクチン接種は666頭(20.5%),避妊・去勢手術372頭(11.4%),健康診断60頭(1.8%)であった.以上のことから犬と猫では歯周病や歯垢・歯石除去を主訴として来院される割合に違いはないが,猫では口内炎を主訴に来院される症例が多いことが判明した.また,上記の調査結果には現れていないが,最近は,口腔内腫瘍の罹患率が増加傾向にあり,犬の口腔内腫瘍は,皮膚腫瘍,乳腺腫瘍に次いで第3位に位置してきている.
 世界的に3歳齢以上の犬猫の80%以上は歯周病に罹患しているといわれており,この数値の高さから歯周病は,あらゆる疾患の中でも最も罹患率の高い疾患と思われる.実際,日常診療の中でも犬猫のワクチン接種やフィラリア予防,あるいは避妊・去勢手術などの受診の際にも口腔内を検査することでほとんどの症例で歯周病が認められる.したがって,上記の調査結果の口腔・歯科疾患においては受診動機に含まれていない潜在的な数値が大きいと考えられる.このことから小動物臨床獣医師は受診の際に口腔内を検査して歯周病などが確認できれば主訴でなくても大まかに治療方針を飼い主に通告することが望ましいと思われる.
 小動物歯科学の歴史では,人の口腔・歯科治療のために開発された歯科技術が小動物領域に次第に受け入れられてきた.前述のように,この分野が急速に小動物臨床医にその必要性が広まったのは1970年代からであり,それまで長い期間,馬のみであった.しかし,その後,小動物が家庭の中で大きな位置を占めるにつれて,犬や猫の各病気に対する関心が高まり,口腔・歯科疾患も例外ではなくなってきた.さらに,ここ数年はウサギにおいて食餌では牧草主体でなくペレットフードが主体になってきてからは不自然な顎運動が生じるために正常な咬合ができなくなり,歯が削れずに萌出し続けるために歯冠や歯根が伸び,歯棘が生じる不正咬合が多発してきた.これらの症状に対しても日常診療で全身麻酔下での歯棘の切削を行う必要性が生じてきた.
 しかし,人と肉食動物・草食動物では,歯や顎骨の解剖学的相違,顎の咬合圧と顎運動の機能学的相違,また唾液中の酵素や口腔内pHなどの生理的相違,口腔内細菌やウイルスなどの微生物学的相違,ならびに口腔・歯科疾患でも犬によく認められる疾患もあれば猫に多くみられる疾患,あるいはその他の品種特有の口腔内疾患なども次第に明らかになってきた.たとえば,猫では前述のごとく口内炎や破歯細胞性吸収病巣が比較的多くみられ,ある調査では猫の口内炎の発症率は5〜10%であり,猫の破歯細胞性吸収病巣の発症率は20〜60%にもなる.また,犬のエナメル質形成不全は,人と異なり,明らかに遺伝により発症した報告はない.さらに,動物では根管治療は全身麻酔下で行うが,人では全身麻酔下では行わない.しかもその際,人では1週間に1度歯科医院に来院し,約1カ月間治療を継続する必要があるが,通常,動物では全身麻酔下での処置が必要なためいちどきに行う.
 以上のことから人の歯科教育を受けたのみでは小動物歯科治療を行うことは困難であることが理解できる.また,口腔内では,硬組織である歯と歯槽骨,それ以外の口蓋,舌,口腔粘膜,口蓋,口唇,咽頭,喉頭,及び唾液腺などの軟組織に区分され,またその周囲組織の眼球,鼻腔,及び周囲リンパ節などがある.したがって,口腔疾患の診断,治療を行うにも口腔疾患が周囲組織や全身性に影響を及ぼすことも,その反対の可能性もあるので口腔やその周囲の解剖・生理などを熟知しておくことはいうまでもない.
 口腔内には細菌,ウイルス,及び異物など多くの抗原物質が存在する.そして,口腔は,これらの抗原物質に対してさまざまな防御機構によって生体内への物質の侵入を防御している.この防御は全身性免疫機構のほかに唾液,歯肉溝滲出液,口腔粘膜,及びリンパ節などが担当する.正常な口腔環境は口腔内細菌と生体の組織防御機構の均衡に依存して維持されている.したがって,これらの生体の防御機構になんらかの影響する障害が生じた場合は,口腔内の環境が変化して障害されることになる.たとえば,FeLV(猫白血病ウイルス)やFIV(猫免疫不全ウイルス)感染によって免疫機能が低下して歯垢細菌の日和見感染から口腔粘膜の炎症が生じたり,腎臓機能が低下したために口腔粘膜が潰瘍を生じることもある.犬や猫で1〜4カ月齢の永久歯歯冠形成期に熱性疾患,ウイルス疾患(特に犬ジステンパーウイルス感染),栄養障害,ならびに重度の消化器疾患に罹患した場合,エナメル質形成不全を生じる.また,ある種の血液疾患,甲状腺機能障害,加齢あるいは糖尿病により免疫機能に障害がおよんだ結果,口腔内の炎症が助長されたり,ストレスにより唾液中のIgAの唾液分泌の低下を生じることもある.したがって,口腔疾患の種類によっては全身性の基礎疾患の有無も考慮する必要がある.また,局所的な歯列異常や乳歯遺残により歯間部に食物や被毛の圧入が生じ,それによって歯周組織の炎症が生じやすくもなるので日常診療で基本的な口腔内検査を行うことはいうまでもない.
 一方,上記のこととは反対に歯周病により周囲組織に影響を与えることも少なくない.歯周炎は,歯肉ばかりでなく,セメント質,歯根膜,及び歯槽骨の歯周組織が破壊される疾患であるが,歯周病によって下顎の歯槽骨が垂直吸収された結果,硬いものを採食した際に吸収された部位の下顎骨が骨折することもある.上顎歯の歯周病から,その周囲の歯槽骨が破壊された結果,口腔と鼻腔が交通して鼻汁,鼻出血,あるいは,くしゃみなどがみられることもあり(口鼻瘻管),また,根尖病巣から歯槽骨に瘻管が生じて眼窩下膿瘍や下顎膿瘍が生じて皮膚が開して化膿液を認めることもある.
 さらに恐ろしいことに歯周病が原因で全身性疾患を引き起こす可能性も報告されている.人の歯周外科においては以前から歯周病の全身疾患への影響が多く報告されている.歯垢中の細菌,特にグラム陰性菌やその内毒素により歯肉溝滲出液内に各サイトカインなどが放出されるが,細菌,内毒素,各サイトカイン,あるいはその他の炎症性介在物質が全身循環に入り,全身に影響をおよぼしている可能性がある.犬の歯周病においても正常犬と比較して心筋,腎臓,及び肝臓組織で炎症性細胞浸潤が有意に認められたことから全身性に影響する可能性が示唆された.以上のことから,治療においては歯周病を増悪させる乳歯遺残などの局所因子及び免疫機能障害や腎機能障害などの全身性因子を改善する必要がある.
 一方,歯科処置には歯科用X線装置や超音波スケーラーをはじめ,多くの専門の歯科器材が必要になる.また,歯科処置には比較的熟達した技術が求められているので小動物歯科講習会などに参加して技術を習得し,研鑽を重ねる必要がある.歯垢・歯石除去を例にとると,動物病院における日常診療では,通常,目に見えている歯冠部の歯垢・歯石のみを超音波スケーラーや鎌型スケーラーで除去する(スケーリング)のみで,その後の処置を行っていないことが多いように思われる.正しくは,歯冠部歯面のみならず,歯周ポケットのある症例には必ず,歯根部歯面に付着した歯垢・歯石を除去し(スケーリング),さらに歯根面を滑らかにする(ルートプレーニング).重度の炎症がある症例には歯根部歯面に接している炎症を生じた歯肉も一部切除する(キュレッタージ).また,歯冠部歯面には,スケーリングによって傷ついた歯面を滑らかにするためポリッシングペーストを付けたポリッシングブラシ及びラバーカップで歯面を研磨することも必要である.これら一連の処置を行うにもそれぞれ必要な器具・器材の準備と正しい処置法が確立されていなければならない.
 以上の処置が終了しても,そのまま放置すれば早急に歯垢は付着する.一般に口腔内pHと歯石形成速度は相関性があると考えられている.犬では,口腔内pHが8.0〜9.0であるため3〜5日で歯垢が歯石に変化し,猫では,口腔内pHが7.5〜8.5であるために約1週間後に歯石に変化する.これは,いずれも人の4〜5倍の歯石形成速度(人の口腔内pHは弱酸性)である.したがって,歯石が形成されないうちに歯磨きを基本とした口腔内衛生管理を行うことが肝要である.そのために乳歯列の頃から歯ブラシを用いた歯磨きを実施することが理想である.最近は,各フードメーカーが歯垢・歯石が付着しにくいフードやおやつ,さらには口腔内洗浄剤などの口腔ケアー用品が数多く開発されてきており,これらを併用することも効果的であると思われる.しかし,わが国の現状では,歯磨き及び歯垢・歯石予防のためのフードやおやつの投与を含めてもわずか全体の20%強の飼い主が歯のケアーを行っているにすぎないというデータもある.
4.今後の小動物歯科診療の展望
 小動物歯科学は急速に進歩し,新たな技術や材料が開発され,口腔内で歯周組織を維持し,骨増殖や再生することも可能になりつつある.歯周病や歯を喪失することによって歯槽骨が吸収・萎縮され,軟組織の退縮も生じる.しかし,このような状態にならないようにするために人の歯科領域では組織誘導再生(GTR)により歯周組織の維持,回復,再生が可能となりつつある.現在,組織誘導再生(GTR)では,ハイドロキシアパタイト顆粒やエムドゲインタンパクなどさまざまな歯周治療材料が開発されてきており,一部では小動物に適応されてきている.近い将来,小動物歯科領域においても歯周組織の維持が一般的に行われるようになるかもしれない.しかし,忘れてはならないことは飼い主と臨床に携わる獣医師や動物看護師の協力のもとでの口腔内衛生管理である.このことがおろそかになれば良好な組織誘導再生(GTR)を期待できない.また,いまだ実用化されてはいないが,人の歯科領域で歯ブラシの柄の光源からレーザーが光ファイバーを通過して毛先から放出されて歯を磨くことで光感受性物質と口腔内細菌が反応して歯垢細菌を殺滅することが可能になってきている.今後は,犬や猫においてもこれらの商品が市販されるかもしれない.
 しかし,現在できることは,ホームケアーが最大の治療である.したがって,飼い主が予防プログラムを長期間実施できるように小動物臨床医は飼い主に口腔内衛生管理の重要性を認識してもらい(モチベーション),さらにそれを実施していただく(ホームケアー)努力を続けることであろう.


† 連絡責任者: 藤田桂一(フジタ動物病院)
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