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解説・報告(最近の動物医療)

日本の獣医療におけるホメオパシーの現状と展望

森井啓二(東京都獣医師会会員・しんでん森の動物病院院長)

1.は じ め に
 ホメオパシーは,相補・代替医療の一つとして近年急速に見直されている治療法の一つである.今から200年以上前にドイツで確立され,多くの経験的実績が積み重なり,詳細に体系化されてきた医療として,特に欧州では一般的な治療法の一つとされている.しかしながら,1970年代までは,非常に多くの症例に対して臨床的な実績がありながらも科学的な証拠が少ないとの理由により,ホメオパシー自体が否定的に受け取られてきた.
 1980年以降,科学的根拠に基づく医療(Evidence Based Medicine; EBM)として,医学雑誌Lancetに掲載されて以来,EBMに沿ったホメオパシーの論文が多数発表されるようになってきた.一般の医学と同様の無作為対照試験(Randomized Controlled Trial)による治療効果の判定に関する論文だけでも170以上報告されている.また,メタ分析による論文もホメオパシーの臨床的有効性に肯定的なものとなっており,その代表的なものはBritish Medical JournalやLancet等に報告されている[2, 4, 5, 7, 10, 12, 13, 15, 17, 18, 21].また獣医療分野での論文も多数報告されるようになってきている[16].
 さらに近年のEBM中心の医療の中において,患者の語りに基づいた医療(Narrative Based Medicine; NBM)を重要視する動きが起こりはじめている.患畜の状態を詳細に把握するための飼い主との対話を重要視して,患畜の疾患や体質,飼育環境などを含めた全体像を見ていこうとする動きである.これにより,現状の疾患の病態のみならず,疾患に至る原因や経過を理解した上で,患畜全体の自己治癒力の強力に刺激し促進をさせることがホメオパシーの目的となる.そのため,ホメオパシーを一般治療の選択肢のひとつとして取り入れることによって,治療の基盤が広がり,その動物の病気と回復の理解が深まることが最大の長所となる.
 本稿では,日本でも浸透しつつある獣医領域におけるホメオパシーの概要と現状について概説する.

2.ホメオパシーとはどういうものか
 ホメオパシーは,今から200年以上前にドイツ人医師ハーネマン(Christian Friedrich Samuel Hahnemann 1755-1843)によって確立された治療法である[8].日本語では同種療法とも訳され,同じような症状を引き起こす物質を希釈して患者に与え,自己治癒力を強力に刺激することによって治療する.
 この考え方は,古くから存在し,記録に残るものでは紀元前に遡り,アタルヴァ・ヴェーダの記載やヒポクラテスによっても提唱されていた方法である.
 その基本原理の中心は
1)like cures like:ある症状を持つ患者に,もし健康な人に与えたときに同じような症状を引き起こす物質を投与し,自己治癒力を刺激する
2)minimum or infinitesimal effective dose:効果のでる最小限の投与量によって治療する.


 ホメオパシーでは,この原理に沿って,各種疾患の治療のために数千種類という非常に多くの物質をレメディとして利用する.その大部分が,植物,動物,鉱物などの自然界からの原料を利用し,特に毒性の強いものが多く含まれている.そのため,治療に使用する際に,段階的に希釈して,治療効果の期待できる最小限の用量を使っていくことになる.ハーネマンが始めた頃は濃度が濃くて毒性が強かった.そこで彼は,希釈し,薄めたところ,希釈すればするほど治療効果が高まることを発見するに至った.
 現時点のホメオパシーにおいて最もよく使用されている30cという希釈度は,10の60乗倍の希釈であり,物質の1モルあたりの分子数を遥かに越えた希釈となっている.そのため,理論上は分子を含んでいないレベルにまで希釈していることになる.
 1988年にパリ大学のベンベニスト博士が,希釈して作った有効分子がまったく入っていない液体で,好塩基球に脱顆粒反応を引き起こすことができるという論文[3]を科学誌ネイチャーに発表して以来,この不思議な現象に対して,多くの研究が行われている[1].
 この治療法により,ハーネマンは当時治療困難な多くの疾患を治癒に導いており,その治癒率は当時の一般的な治療法よりも高いものであった.1813年に流行した腸チフスは,当時の医学では致死的な疾患であったにもかかわらず,180人の患者をホメオパシーで治療し,179人を治癒させている.残りの一人は,非常に高齢の女性であったと記録されている.また,1829年よりヨーロッパで流入したコレラも,当時の医学では治療法のない致死的な病気の一つとされていたが,のちの調査によると,コレラ全体の死亡率が55%だったのに対して,ホメオパシー治療を受けたグループの死亡率は4%まで下がったとの報告がなされている.
 現在においても,多くの難病を含むさまざまな疾患にホメオパシーが適用されている.ホメオパシーは,症状を抑圧することなく自己治癒力を刺激し,治癒に導くことが最大の長所の一つになっている.
 しかしながら疾患に対するアプローチ法が精神・感情・身体を同時に把握し,判断する必要があるために,難解なものであり,ホメオパシーを適用できるようになるまでに長い年月にわたる習得が必要となる.
3.臨床におけるホメオパシー医療の適用
 ホメオパシーは,多くの症例で一般治療の補完・代替として利用できるが,おもに次のようなものがある.ホメオパシーを治療選択肢の一つとすることで,治療の幅を広げることができる.
・若齢動物,高齢動物,妊娠中の動物
・一般医療で効果的な治療法がない場合
・重篤な症例で従来の治療法が使えない場合
・一般治療との併用において副作用の軽減や投与量の削減の補助
・難治性疾患のQOLを考えた治療
 ホメオパシーは,薬自体は一般に安全で危険性がないといわれている.しかしながら,一般的な治療と同様に,適切な分析を行わずに,正しくない投与計画を実行することは危険である.この処方のための分析が難解なために,ホメオパシーが普及できない大きな壁となっている.
4.ホメオパシーの診察
 ホメオパシーの診察では,通常の医療に加えてさらに包括的な問診が必要になることが多い.その動物の疾患だけではなく,精神や行動,体質などを含めたその動物そのものを理解する必要がある.たとえば,症状そのものを例にとっても,その症状の悪化する要因,好転する要因,症状の出やすい時間帯,気候,精神状態などを細かく記録する.
 そこで集めた情報は,十分検討された上で,レパートリゼーションという分析に入る.その分析により,患者に合った最適のレメディを選択する.そして,レパートリゼーション後に,マテリアメディカと呼ばれるレメディの原料・毒性・細かい特徴などが記された書物で確認してから,処方が行われる.マテリアメディカの種類は数多くあり,それぞれが特徴を持っているために,通常は複数使用する[14, 19, 20].
 以下に基礎的なレパートリゼーションの行い方の例を示してみる.
 たとえば,ペットショップに預けた夜に,水様で茶色の下痢をしたシェルティがいるとする.下痢には粘液と鮮血が少し混ざり,落ち着きがない.普段から怖がりの犬で,驚きやすく,暑がりである.
 一般の診療では,夜とか普段から暑がりなどという話は無視してしまうが,ホメオパシーの場合には一般の診察に加えて,これらの体質も考慮する.特に慢性疾患になるほど,体質や性格,病歴などの個別の情報が重要なウエイトを占める.これを分析すると図1のようになる.括弧内の数字は,その症状に対応するレメディ数である.その分析結果は図2のようになる.横軸が該当するレメディの種類,縦軸が症状一覧である.□内の数字が高いほど患者に合うレメディになる.この症例では,Arg-nというレメディが適合することがわかる.
 もう一例,前肢が打撲により跛行してなかなか治らない犬がいる場合.患犬は,動き始めに左の肩に痛みがあり跛行,散歩に行くと跛行にならない.雨の日や気候の変化で痛みが増す.普段から落ち着きがない性格で,ミルクが好き.
 ホメオパシーでは,一般的に使用されている跛行のレメディは,約800種類あり,その中から最適薬を見つけていく.図3と図4は,そのレパートリゼーション例となる.この例ではRhus-tが適している.
 疾患が慢性化するほど,このレパートリゼーションは複雑化していく.
 
図1
図1 下痢の症例でのレパートゼーションの例.
( )内の数字は該当するレメディの数を示す.
 
図2
図2 下痢の症例でのレパートリゼーション表の例
縦は症状,横上段は該当するレメディ名.
( )内は症状に敵するレメディ数.表の□内の数字が多い程,適応度が高い.
 
図3
図3 跛行犬症例の分析例
 
図4
図4 跛行犬症例のレパートリゼーション例
図2と同様の表で,□内の数字が多い程,適当度が高い.
5.世界におけるホメオパシー
 ヨーロッパでは,多くの国でレメディは医薬品に指定され,医師と獣医師の処方のみと法的規制があるが,世界的にみると法的な規制がまったくない国や独自の規制を取っている国もみられる.
 英国では人に対する処方には法規制はないものの,動物に対しては獣医師のみが処方可能という法規制がある.つまり動物の治療は,獣医師だけがホメオパシーを使用できるのに対し,人の治療は一般人でも処方可能ということになっている.その一方で,1948年から英国国民健康保険に取り入れられており,1943年からはホメオパシー医を育成し統括する機関Faculty of Homeopathyが設立され,英国内に5つのホメオパシー専門病院がある[11].
 フランスでは医療従事者のみが処方可能であり,ホメオパシー利用率は2002年度の時点において,一般開業医の50%が使用していると報告されている.
 1829年に世界中のホメオパシーを行う臨床家の非営利団体であるLiga medicorum Homoeopathica Internationalis(LMHI)が設立された.現在日本を含む60カ国が参加し,7,000名以上の医師・獣医師がメンバーとして登録されている.そのうち日本の獣医師も20名が条件をクリアしてメンバーになっている.
 LMHIの定めるホメオパシー治療のガイドラインは次のようなものである[9].
(1) ホメオパシーは,ハーネマンによって体系された医療である
(2) ホメオパシーによる治療は,ホメオパシー医によって行われる
(3) ホメオパシー医は,医師・獣医師の国家資格を持つ
(4) ホメオパシー医は,少なくとも3年以上ホメオパシーの研修が必要である
(5) ホメオパシーの治療は,従来の医療のプロセスに加えて,患者の個別的な問題も扱う.
(6) ホメオパシー医は,医師・獣医師として個々の臨床に適した治療を選択する
(7) ホメオパシー医は,治療者として臨床検査,専門医への紹介,入院などに関して適切な処置を取らなければならない
(8) レメディは,ホメオパシー薬局方に従い厳しい基準を満たしたホメオパシー専門の製薬会社によって製造する
(9) レメディは,薬剤師の責任の元で販売,またはホメオパシー医が処方すること
6.日本におけるホメオパシー
 日本では,1990年代より数カ所の私立のホメオパシー学校が誕生し,それぞれ活動をおこなっている.2000年1月からは医師を中心とした日本ホメオパシー医学会(http://www.jps-homeopathy.com)が設立され,同年2月に獣医師部門も英国ホメオパシー専門病院からの推薦もあり発足した.2001年11月より,英国の臨床家のホメオパシー統括組織であるFaculty of homeopathyとの協同によるホメオパシー専門医の育成を目的とした研修が毎年行われている.現在,医師部会,獣医師部会,歯科医師部会,薬剤師部会の4部門が合同で研修を行っている.
 日本ホメオパシー医学会における研修は,基礎コース,中間コース,アドバンスコースの3年に渡り,講師は英国のホメオパシー専門病院の医師と獣医師を中心として実践に即した講義が行われている.毎年7月に募集し,9月から研修が始まっている.
 1年目の基礎コースは,ホメオパシー教育プログラムとして世界的にも定評のあるグラスゴー・モデルを中心として編集されている.2年目以降は,Faculty of homeopathy会長であり,グラスゴーホメオパシー専門病院のDr. Bob Leckridgeの特別編集によるプログラムが基本になっている.
 そのため基礎コース修了者は,英国ホメオパシー獣医師会British Association of Homeopathic Veterinary SurgeonsとFaculty of homeopathyの行う基礎試験であるPCVH試験(Primary Certificate in Veterinary Homeopathy)を受験することができる.また,合格者はFaculty of homeopathyの認定会員としてVetLHHomの資格を取れる他,国際組織であるLMHIのメンバーにも登録される.
 またこの基本コースの他にも,随時特別講義や一般向けセミナーも開催されている.2004年度の獣医師のための特別講義としては,英国ホメオパシー獣医師会の会長Dr. Peter Gregoryと同会ホメオパシー専門獣医師としてホメオパシー専門動物病院を持つDr. Jane Seymourを招いて,獣医臨床特別講義を3月と9月の2度に渡り開催,さらにFaculty of Homeopathy会長のDr. Bob Leckridgeによる集中講義を3日間,グラスゴーホメオパシー専門病院の院長Dr. David Reillyの講義を開催した.
 さらに今後の予定として,中間コース,アドバンスコースと3年以上の研修を積んだ獣医師は,Faculty of Homeopathyのホメオパシー専門獣医師VetMFHomの試験受験資格予定のほかに,日本のホメオパシー専門医師及び獣医師の試験のガイドラインがFaculty of Homeopathyの協力下で計画されている.
7.お わ り に
 ホメオパシーは,原理や法則は簡単にもかかわらず,その臨床応用は非常に複雑であり,少しセミナーを受けたり,少し本を読んだりしたぐらいで習得することができない.そのためにホメオパシーの治療の質に大きな幅が出てしまう.一般にホメオパシーが徐々に浸透しつつある状況下において,日本での獣医師側の教育の整備が遅れている現状がある.こういった問題を解決するために,各国のホメオパシー団体の協力を得て,日本の獣医師のための教育環境が日本ホメオパシー医学会において整備されつつある.
 ホメオパシーの研修を受けた獣医師と医師から得たアンケート結果では,研修後に患者の状態をより広い視野でみる習慣がつき,診察の質がよくなったとの声が多くある.
 この治療法も万能ではないものの,多くの難病治癒例が報告されていることから[6],ホメオパシーを取り入れることにより,治療選択肢の幅を大きく広げ,診察の質を高めてくれるものとして期待できる.

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引 用 文 献
[1] Boiron : Research in Homeopathy. Boiron, France (1999)
[2] Brigo SG : Homeopathic treatment of migraines. A randomized double blind controlled study of sixty cases. Berlin Journal of Research in Homeopathy, 1, 98 (1991)
[3] Davenas E, Beauvais F, Amara J : Human basophil degranulation triggerd by very dilute antiserum against IgE, Nature, 333, 816 (1998)
[4] Ferley JP, Smirou D, D'Adhemar D, Balducci F : A controlled evaluation of a homeopathic preparation in influenza-like syndromes, British Journal of Clinical Pharmacology, 9, 329 (1989)
[5] Fisher P, Greenwood A, Huskisson EC, Turner P, Belon P : Effect of homeopathic treatment on fibrosis (primary fibromyalgia), BMJ, 299, 365 (1989)
[6] George Vithoulkas:新世紀の医学 ホメオパシー,国際語学社,東京(2003)
[7] Gibson RG, Gibson SL, MacNeill AD, Buchanan WW : Homeopathic therapy in rheumatoid arthritis : evaluation by double blind clinical theraputical trial, Br J Clin pharmacology, 44, 619 (1990)
[8] Hahnemann S : Organon of the medical art 6th edition, Redmond, Washington (1996)
[9] 板村論子:ホメオパシー,現代医療,36,1663(2004)
[10] Jacobs J, Jiminez LM, Gloyd S, Gale J, Crothers D : Treatment of acute childhood diarrhea with homeopathic medicine; randomized clinical trial in Nicaragua, Pediatrics, 93, 719 (1994)
[11] Kayne S : Homoeopathic pharmacy, Churchill livingstone, U.S.A. (1997)
[12] Kleijnen J, Knipschild P, ter Reit G : Clinical trials of homeopathy, BMJ, 302, 316 (1991)
[13] Linde K : Are the clinical effects of homeopathy placebo effects? A meta-analysis of placebo controlled trials, Lancet, 350, 834 (1997)
[14] 森井啓二:臨床家のためのホメオパシー,マテリアメディカ.エンタプライズ,東京(2004)
[15] Reilly D : The evidence for Homeopathy Ver5, 4 (2002)
[16] Reilly D : 日本ホメオパシー医学会 研修基礎コース参考文献(2003)
[17] Reilly DT, Taylor MA, Campbell J, Beattie N, McSharry C, Aitchison T, Carter R, Stevenson R : Is evidence for homeopathy reproducible?, Lancet, 344, 1601 (1994)
[18] Taylor MA, Reilly DT : Is Homeopathy a placebo response? Controlled trial of homeopathic potency with pollen in hay fever as model, Lancet2, 881 (1986)
[19] Vermeulen F : Concordant materia medica. Merllijn, Harlem, Netherlands (1994)
[20] Vermulen F : Prisma. Merllijn, Harlem, Netherlands (2002)
[21] Whitmarsh TE, Coleston-Shields DM, Steiner TJ : Double blind randomized placebo controlled study of homeopathic prophylaxis of migraine, Cephalagia17, 119 (1997)


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