総 説

鶏のサルモネラ症の現状と対策(その2)

佐藤静夫(全国農業協同組合連合会家畜衛生研究所技術顧問)


 3.農場における防除対策
 サルモネラの分布は広汎で鶏舎や鶏群への伝播源は多岐にわたり,その防除は容易ではないが,本症の主要な伝播経路の遮断を重要管理点として防疫対策を実施する.少数の原原種鶏,原種鶏などを頂点とした種鶏群から生産される膨大なコマーシャル鶏群で構成されるピラミッド型の養鶏産業で特に重要なことは,種鶏群の清浄化と孵卵場での厳重な孵卵衛生に基づく,清浄ひなの生産供給体制を確立することである.また,飼料についてもペッレット化や加熱処理マッシュなどによるサルモネラ汚染防除対策が望まれ,特に種鶏群においては必須である.一方,農場においては鶏舎施設の清掃・消毒,ネズミ,野鳥及び衛生害虫などの防除,養鶏施設への人や物品の出入に関する規制などが必要とされている.なお,種鶏輸入国としてのわが国における輸入ひな検疫の重要性はいうまでもない[25, 42, 43, 81, 84, 86].
 特に1980年代以降は鶏のSE感染症が世界的に多発しており,SE汚染鶏卵が人のSE食中毒の主な原因とされた情勢から,世界保健機構(WHO)は養鶏場におけるSE防除対策の基本を提示している.そのうち一般衛生管理では鶏舎施設への病原体の侵入防止(バイオセキュリテイー),洗浄・消毒,ネズミ駆除を重点事項としている.また,鶏舎,鶏群におけるサルモネラ汚染状況を把握し,防除対策の効果を検証するための適切な検査とモニタリング体制の設定が必要とされている.さらにこれら対策の実施を前提として,鶏群へのワクチン接種,抗菌剤及び競合排除(competitive exclusion : CE)法の応用などが示されている[4, 85].しかし,抗菌剤については畜産領域での使用により薬剤耐性株が選択され,抗菌剤による人の医療を妨げるとの批判から,家きんのサルモネラ症の防除に抗菌剤を常用する状況にはない[4].
 ここでは諸国における防除対策の概要とWHOによって提示された農場における衛生対策,特に消毒,CE法及びワクチンなどの応用に関する知見を紹介する.なお,紙面の都合で農場の衛生管理へのHACCP方式の導入,モニターリングや検査方法については省略したので既報[25, 45, 48]を参照されたい.

 (1)養鶏施設の清掃・洗浄・消毒などによる清浄化対策
 サルモネラは乾燥した塵埃や糞便中などで比較的長期間生存し,鶏舎内に広く拡散し汚染するので,サルモネラ汚染防除対策の基本として徹底した洗浄,消毒が重要である.鶏群をオールアウトした鶏舎は,念入りに清掃後,高圧水洗浄ならびにブラシなどによる擦り洗いで可能なかぎり有機物を除去してから,消毒薬を十分に散布する.孵卵施設,ウインドウレス鶏舎など密閉可能な施設では仕上げ消毒としてホルムアルデヒド燻蒸(40ml/m3)が応用できる.ただしホルムアルデヒドの使用に際しては,その有害性を十分に認識して人体への適切な防護対策の遵守が必要であることが指摘されている[47, 61, 82].
 英国での野外SE汚染鶏舎における実証試験で,洗浄・乾燥後の消毒には合成フェノール剤あるいはホルムアルデヒド混合剤のスプレーと,その後の仕上げ消毒としてのホルムアルデヒドの噴霧が推奨されている[63].また,飼養形態の異なる鶏舎・施設での消毒前後のサルモネラ検出率は,ケージ飼育鶏舎(63.3%:29.0%)あるいは平飼鶏舎(58.0%:11.5%)に対して運動場付き平飼鶏舎(50.9%:6.5%)では,運動場の土に汚染が残ったが鶏舎はかなり消毒された,一方,平飼,特にケージ飼育鶏舎では消毒後もかなりのサルモネラが検出され,その原因としてネズミや衛生害虫などによる再汚染が指摘されている[13].米国のペンシルベニア州では鶏卵品質保証計画(PEQAP)でSE防除対策が実施されているが,2001年現在で12%(39/325)の鶏舎にSE汚染が,また2.9%(9/325)の鶏群にSE保菌卵の産出が認められている.うち数カ所の農場には複数の鶏舎が存在するが,そのすべてが汚染しているわけではなく,特定の鶏舎がSEを根絶できない状態にある.その原因は汚染SE菌株の消毒薬感受性が低下したためでは無く,ネズミその他の媒介因子による再汚染の結果とされている[16].
 わが国でもSE汚染育雛舎やウインドウレス(ケージ)鶏舎などの消毒は容易ではなく,水洗後,発泡消毒,ホルムアルデヒド燻蒸または煙霧などを2回以上反復し,さらに金属製施設の火炎放射及び鶏舎壁面・床への消石灰乳散布などを行い,多大の労力と経費をかけてSE陰性化までに約2カ月を要している[37, 79].一方,消毒薬液(50℃)による洗浄後,噴霧消毒,発泡消毒,グルタラール製剤の煙霧などの方法で消毒しても消毒前のサルモネラ検出率58.3%が,22.2%に減少した程度で,構造的に複雑なウインドウレス鶏舎の完全消毒は困難との指摘もある[95, 96].また,水洗困難なウインドウレス鶏舎の消毒方法として,噴霧消毒,発泡消毒,グルタラール製剤のジェット煙霧などを試み,かなりの消毒効果が得られたが,水洗した場合には及ばないとされており,徹底した水洗の重要性が示唆されている[91].なお,最近,複雑な構造の採卵鶏用ウインドウレス鶏舎の消毒法として,デンマークのサルモネラ汚染農場での実証試験で蒸気加温ホルムアルデヒド消毒の有効性が認められている.この方法は鶏舎内部を蒸気加温して温度60℃以上,湿度100%で,消毒開始時のホルムアルデヒド濃度を30ppm(ホルマリン30ml/m3)として24時間保持することにより汚染鶏舎のサルモネラを完全に殺菌できることが報告されている[29].この蒸気加温ホルムアルデヒド消毒法はSE汚 染鶏舎消毒の決め手としてWHOのサルモネラ防除マニュアルでも推奨されている[47, 82, 99].
鶏舎消毒とともに周囲の土壌及び病原体に汚染された敷料・鶏糞などの消毒も重要である.鶏舎周囲の土壌には消石灰300g/m2またはサラシ粉200g/m2などを散布する[82],また,サルモネラに汚染されたブロイラー出荷後の敷料や採卵鶏の鶏糞には消石灰を1%に添加すると7日で完全に殺菌される[38].SE汚染採卵養鶏場の清浄化対策として,日常の衛生管理の改善,専門業者によるネズミ防除の実施,開放鶏舎は石灰乳塗布,ウインドウレス鶏舎はホルムアルデヒド燻蒸後の発泡消毒でSE陰性になったと報告されている[35].また,成鶏農場4カ所と育成場1カ所から構成されるサテライト方式の平飼農場にHACCP方式によるSE清浄化対策を導入し,農場単位のオールアウト,鶏舎消毒プログラム(鶏舎内:苛性ソーダ散布・ブラシ水洗,オルソ剤(300倍),複合次亜塩素酸(500倍),逆性石鹸(500倍)散布,消石灰乳塗布,鶏舎周囲:消石灰散布)の徹底ならびに手指及びコンテナ・トレイなど集卵器具の消毒などにより清浄化が達成されている[98].サルモネラに汚染された鶏輸送容器の迅速(2分以内)消毒には,次亜塩素酸ナトリウムを含む消毒剤(次亜塩素酸濃度として500ppm)及び亜塩素酸ナトリウムとアルカリ性過酸化物を含む消毒剤の1%濃度が有効とされている[76].なお,孵卵施設で検出されたサルモネラなどの細菌は菌種あるいは菌株により,消毒薬に対する感受性はに差があるので,孵卵施設では常在細菌の消毒薬感受性検査が必要とされている[80].
 空気伝染の抑制:サルモネラは空気中の塵埃や綿毛などに付着して鶏舎内や孵卵施設での汚染源となっている.空気イオン化装置(electorostatic space charge system)を応用することにより,ケージ採卵鶏舎,ブロイラー種鶏舎あるいはハッチャー内の塵埃や細菌数を著しく(多くの場合,数十%以上)減少させ,鶏やひなのSE汚染度も低下した.この装置による生産性への悪影響はみられていない[27, 56, 77, 78].なお,SE接種鶏の飼育舎内環境中に存在するSEは,従来の落下細菌検査法に比べて新たに開発された静電気を応用した集菌装置での検査で4週間にわたり効率的に検出しうることが報告されている[26].

 (2)競合排除(CE)法などの応用
 [1]CE製品の応用
 CE法は,健康な成鶏の盲腸内容あるいは,その嫌気性培養物を餌付け前のひなに給与して,腸内菌叢を早期に形成させサルモネラの経口感染による腸管への定着増殖を競合的に排除(competitive exclusion : CE)する方法で,開発者にちなんでヌルミ法(Nurumi concept)ともいわれている.CE製品は従来の生菌剤(Probiotics)とは本質的に,その用途や使用方法が異なる.1994年のWHO-Fedesa-Fepの会議でも“正常腸内細菌叢(normal gut flora)”とは未同定の菌叢であって,複数の同定済み細菌の混合物(いわゆる生菌剤)とは明確に区別すべきであるとされている.なお,本来のCE法は正常腸内細菌叢であるが,その中から競合排除に有用な菌株を選択同定して,未同定細菌のCE培養物と同等の効果を示す製品を得ようと多くの研究が行われた.特に米国では鶏の盲腸内菌叢から分離・同定した29種類の細菌を連続流動培養して維持する方法が開発され,培養物は凍結製品として1998年に市販され,わが国へも輸入されていたが,2003年に中止されている.また,フィンランドでは32種類の同定細菌,英国では一部同定細菌を含む培養物が,いずれも凍結乾燥製品として市販され,わが国へも輸入されている.わが国では未同定細菌の培養物を含む2銘柄の液状製品が製造・市販されている[24, 44, 51, 83].
 CE法の作用機序としては,サルモネラの腸管上皮への接着阻害による直接的効果と腸管内pHの低下及び不飽和脂肪酸濃度の増加によるサルモネラの増殖抑制などが指摘されている[44, 51, 83].未同定細菌の培養物であるCE製品に含まれる広汎な偏性ないし通性嫌気性細菌群のより簡明な同定には16rRNAの配列解析法が優れており,CE製品の品質管理にも有益な情報を提供し得るとされている[94].また,同定細菌によるCE製品の試験管内検定法として培養細胞へのSTの侵入阻止能を評価する方法が開発されている[93].
 欧州では従来からブロイラー鶏群のサルモネラ対策にCE法が応用され,ブロイラー鶏群や食鳥と体のサルモネラ汚染度の著しい低減がみられている[2, 25].フィンランドでは1976年からブロイラー農場におけるサルモネラ対策に応用され,成果をあげており,その後,スエーデンでも大規模な野外調査で効果が確認されている.また,オランダでもブロイラー284鶏群(800万羽)を2群に分けて試験し,CE製品投与群のサルモネラ陽性率は6.4%,非投与群は14.3%の成績で有効性が認められている[44, 83].
CE製品の鶏への投与方法としては,そ嚢内投与,肛門部塗布,噴霧,飲水投与,凍結乾燥.アルギニン粒子内封入物の飼料添加など種々な方法が試みられている.また,孵化鶏卵への噴霧あるいは気室内接種などでも効果がみられている[2].また,同時に複数の投与方法(そ嚢内・噴霧)を実施した場合に最良の効果が得られたとの報告もある[7].なお,寒天ゲルに CE製品を含ませて投与する方法は,孵卵場から農場へ輸送中のひなへの投与法として適当であるとされている[68].
 市販のCE製品の評価試験も実施されており,Aviguard,Avifree及びMSC(Mucosal starter culture)3製品のひな腸管におけるサルモネラ排除効果についてはMSCとAviguardに有意な効果が認められている[21].一方,わが国で市販されている5種類のCE製品は,いずれの製品を給与しても,ひなの盲腸内容物のSE菌数は対照区に比べて有意に減少したが,各CE製品間でサルモネラ排除効果の程度に差のあることが明らかにされている[34].また,CE製品(CEテクト)を給与されたひなは腸粘膜の発達が良好で,IgAやIgM抗体産生細胞数の早期増加が認められている[75].さらにCE法とサルモネラ生ワクチンの併用は競合排除と免疫効果の期待できる新たなサルモネラ防除法とされている[52].
 なお,CE法をひなに応用する場合,すでにサルモネラに感染しているひなやサルモネラ汚染度の高い環境での効果は減少するとされているので,種鶏群及び孵卵場のサルモネラ清浄化,鶏舎など飼育環境の清浄化などが重要である.また,抗菌剤の投与や飲水の断水などはCE法による効果を阻害することが指摘されている[25, 44, 83].一方,成鶏におけるCE法の応用についての報告は乏しいが,英国でSE PT29に汚染された農場で,成鶏舎に導入される若鶏にCE製品を給与したところ,SE検出率は著しく減少し,同様な状況下でのワクチン使用よりも高いと思われる効果がみられている[12].
 [2]プロバイオティクス(Probiotics)などの応用
 人または家畜の腸内菌叢のバランスを良好にして,健康維持に有用な微生物または物質をプロバイティクスと称していたが,現在では健康維持のみならず特殊な病気の予防または治療に生きた菌を用いる場合も含めてプロバイオティクスと呼んでいる[83].家きんにおけるプロバイオティクスの作用機序として(i)競合排除あるいは拮抗現象による正常腸内細菌叢の維持,(ii)消化酵素活性の増強,細菌性酵素活性及びアンモニア産生の低下による代謝の変化,(iii)飼料摂取と消化の増進,(iv)エンテロトキシンの中和と免疫系の活性化などが指摘されている[39].このような作用機序に対する考え方に基づいて,多くの飼料添加物などが直接あるいは間接的な病原体の定着阻止効果について検討されている.いわゆる生菌剤としてはEscheichia coli,乳酸菌,酵母(Saccharomyces boulardii)などのサルモネラ防御活性が報告されている[25].また,CE製品と枯草菌(Bacillus subtilis)を含む生菌剤剤混合物との併用は,それぞれを単独に給与した場合に比べて,ひなのSE排菌数を有意に減少させることが認められている[33].無毒化された大腸菌株(AvGOB18)を継続的飲水投与されたブロイラーひなでは腸管にけるSTが顕著に減少することが認められている[101].飼料への種々の糖類(乳糖,マンノースなど)あるいは複合糖類(マンノオリゴ糖,フラクトオリゴ糖など)の飼料あるいは飲水への添加[22, 25],果糖とデキストランオリゴ糖を主成分としたデキストラン発酵副産物シロップあるいは部分水解グアガムなどの飼料添加[23, 36],初生ひなへのCE製品の給与と,それに続くオリゴ糖添加飼料の併用などもサルモネラの定着を有意に抑制するとされている[22].
 さらに生薬であるガジュツ,キキョウ,チョウジ,ショウキョウ,ケイヒ,ナンカシなどを中雛の育成飼料に0.1%添加して,SEに対する排菌抑制効果が検討され,ガジュツ,キキョウ,チョウジでは,その効果が認められている[70].卵黄由来のサルモネラ(SE,ST,SH)特異抗体とLactobacillus acidophilusStreptcoccus faeciumを含む市販製品は,出荷日齢のブロイラーにおけるSEの感染を軽減することが認められている[90].サルモネラに対する特異免疫抗体を含まない乾燥卵黄粉末5.0%(wt/wt)の飼料添加で産卵鶏の腸管におけるSEの定着・増殖を抑制できるので,卵黄中にはSEの感染防御に有効な未知の物質が存在することが示唆されている[41].
 一方,蟻酸やプロピオン酸の飼料添加もサルモネラの消化管定着阻止効果があるとされている[25].また,ブロイラーの出荷時におけるサルモネラ汚染を予防するために塩素酸塩を含む製品(15mM塩素酸塩イオン濃度)を出荷前の24〜48時間飲水投与する方法が報告されている[5].

 (3)ワクチンの応用
 鶏用サルモネラワクチンには生と不活化があり,S. Gallinarum(SG),SE及びSTなど介卵感染性のサルモネラ症における肝臓,脾臓,卵巣,盲腸などへの侵襲軽減あるいは排菌抑制などの目的で,防除対策の一つとして使用されている.サルモネラ生ワクチンは比較的強いあるいは長期にわたる防御効果をもたらすが,まれに鶏卵へワクチン株の移行する可能性が指摘されている.不活化ワクチンは生ワクチンに比べて細胞性免疫応答が十分ではなく,また,接種反応やワクチン成分の残留などが問題とされるが,不活化されているので鶏卵への移行などの恐れはない[46].なお,最近,安全性の見地から3種類のSTサルモネラ生ワクチンが検討された結果,ある生ワクチン株は遺伝的に不安定であることが指摘されている[3].また,生ワクチン株の生体内残存性についても,より検出感度の高い検査法では,従来,是認されている以上の長期間にわたり生ワクチン株を検出できるとされている[89].
 不活化ワクチンとして,米国ではLayermune SE(1992),Inactivac/SE4(1996),Poulvac SE(1999),ドイツではTalovac l09SE(1994),英国ではSalenvac(製造菌株SE)(1995),Salenvac T(製造菌株SE,ST)(1998)イタリアではGallimune SE(1998),わが国では日生研鶏不活化ワクチン(製造菌株SE)(2001)などが認可されている[64-67].さらに,最近,わが国では二価不活化ワクチン(製造菌株:SEとST)の開発も進められている[72].これらワクチンのうちSalenvac及びSalenvac Tのみが水酸化アルミゲルをアジュバントとしており,他はすべて油性アジュバントワクチンである.なお,わが国では1998年に米国からLayermune SE,2000年にはInactibac/SE4,2001年にはLayermune 3(日本名レイヤーミューンSE-NB)及び英国のSalenvac,2003年にはGallimune SE(日本名ビニューバックスSE)が導入されている[64, 66, 74].さらに最近,Salenvac Tの輸入開発も進められている[第138回日本獣医学会講演抄録p115,北海道大学,札幌(2004)].
 また,生ワクチンとして,ドイツではZoosaloral H[ST栄養要求変異株(ST pur-/his-):1992],Salmonella vac T[(ST Nal/Rif/Rtt):1994)],Salmonella vac E[(SE変異株):1999],米国では,Megan Vac 1[ST adenylate cyclase欠損,cAMP受容体蛋白欠損株(ΔcyaΔcrp ST x3985):1998],Salmune(ST栄養要求変異株),Poulvac ST(ST aroA),豪州ではSalivax[ST RM IT STM-1(aroA,Ser-):1996]が認可されている[46, 64-66].なお,わが国ではいまだ生ワクチンは承認されていない.
 [1]実験室内評価試験
 不活化ワクチン:油性アジュバントワクチンInacti/vac SE4の0.5ml 1回または2回接種鶏におけるSEそ嚢内攻撃で,かなりSEの排菌抑制効果,ある程度の臓器への定着抑制効果を有すると評価されている[102].また,ビニューバックスSEを約5週齢のSPF鶏の脚部筋肉内に0.3ml回注射すると3週後から腸管におけるSEの定着軽減効果が認められ,その効果は39週目まで持続するとされている[74].一方,アルミゲルアジュバントワクチンSalenvacについても鶏への0.5ml 2回の筋肉内接種でSE排菌抑制効果あるいは保菌卵産出率の低下が認められている[64, 100].また,Salenvac Tは,ブロイラーでは1日齢0.1ml,4週齢0.5ml,SPF鶏では4及び6週齢の2回筋肉内接種後,8週齢でのST,SHあるいはS. AgonaなどB(O4)群血清型による攻撃(経口)に対して排菌抑制効果を示したと報告されている[8, 9].また,わが国で開発されている前記の二価不活化ワクチンも6週齢SPF鶏への0.5ml頸部皮下接種1回,9週齢でのSEあるいはSTによる経口攻撃に対して排菌抑制効果を示すことが報告されている[72].わが国で市販されているSEの油性アジュバントA(肩部皮下2回接種),同じくB(肩部皮下1回接種)及びアルミゲルアジュバントC(脚部皮下2回接種)などの採卵鶏へのワクチン接種の影響として,増体,50%産卵到達日,産卵率などの生産性低下はAワクチンが顕著で,Bでは軽度,Cでは認められていない.一方,抗体産生性はAワクチンが優れており,SE経口接種攻撃による盲腸内や臓器内SE菌数はA,Bワクチンのみがワクチン非接種群に比べて明らかに低値を示した.このようにSE不活化ワクチン接種による副反応と盲腸におけるSE定着軽減効果は相反する傾向がみられている[59].また,Layermune SEを2回接種した鶏を2週間後にSEの膣内攻撃して保菌卵産出率を調べた結果,ワクチン接種群では19.0%(36/189),対照群では37%(61/165)で有意差が認められている[57].
 油性不活化ワクチン接種群は1年後にもある程度排菌抑制効果を示すが,ワクチン接種鶏における断餌などのストレスあるいは強制換羽になどは糞便中への排菌数増加を起こすとされている[1, 46].SE油性不活化ワクチン2回接種鶏ではSE攻撃に対して優れた排菌抑制効果がみられたが,菌体(O)抗原が一部共通のST攻撃に対する排菌抑制効果は減弱し,共通抗原を持たないSIの攻撃に対しては抑制効果が認められない[69].
 SE油性不活化ワクチン接種母鶏の抗体は12カ月後まで検出されたが,ワクチン接種後5カ月以降の種卵から生産されたひなには移行抗体がほとんど検出されなかった.一方,ワクチン接種9カ月後の移行抗体陰性ひなにおいてもSEの経口接種攻撃に対して盲腸における軽度のSE増殖抑制効果がみられた.しかし,ひなに対する経口接種菌量は103CFUであるにもかかわらず盲腸内菌数は106CFUレベルで,対照ひなの107CFUと比較しても,その差はわずかである[58].他の実験でも同様な成績が得られており,母鶏へのサルモネラワクチン接種により,ひなのサルモネラ感染を防御できる可能性は低いことが指摘されている[46, 55].強制換羽の前にSE不活化ワクチンを接種すると換羽ストレスによるSEの排菌量の増加が抑制されるので鶏群のSE汚染軽減対策として期待できるとされている[71].ブロイラー種鶏へのSE不活化ワクチン接種に対する抗体応答には系統差がみられ,抗体応答のよいものでは盲腸内SE菌数が低いことは,SE抵抗性系統選別の手がかりになると推察されている[40].
 なお,SE不活化ワクチン接種鶏から産出された鶏卵ではワクチン非接種鶏の卵に比べて,卵内でのSE増殖は低減されると報告されている[32].しかし,SEあるいはST抗体保有鶏の生産した卵の卵黄中におけるSEあるいはSTの増殖は抗体を含まない卵黄中と同様に良好で有意差はみられないとの報告もある[87].
 サルモネラ外膜蛋白のアジュバントワクチンあるいは免疫刺激物質とともに接種されたサブユニットワクチンは鶏のSE及び七面鳥のSEあるいはSH感染防御に効果が認められている[25, 62].また,SE不活化ワクチンあるいはサブユニットワクチンなどの接種に対する血清中のIL-2及びIL-6の発現は一過性で,おもに鞭毛抗原によって誘導されることが認められている[73].
 生ワクチン:生ワクチンは種々の方法で病原性を減弱させた菌株で製造されているが,接種動物に十分な免疫能を誘導しうるまで組織中に生存することが必要である.栄養要求変異株のSE aroA株(生体内では特定の芳香族化合物を利用できないので増殖できない)接種鶏では,攻撃による菌の臓器内侵襲,排菌及び水平伝播,保菌卵の産出が減少し,このような防御効果はワクチン接種23週間後まで持続した.また,SE aroA株はSTの攻撃に対して十分な交差免疫を示さないが,弱毒STワクチンはSEの腸管内定着・増殖,臓器内侵襲,保菌卵の産出を抑制した[25].一方,ΔcyaΔcrp STx3985株の毒力は著しく減弱しているが免疫原性を有し,腸内の定着・増殖や臓器内侵襲に対して強い阻止効果を示した[25, 64].SEの温度感受性変異株(E/1/3)の経口接種ではSE,ST及びSGの経口攻撃に対し糞便中への排菌抑制効果が認められた,臓器中への侵入抑制効果はSE,SGに対してのみ認められた[6].市販のST生ワクチン(Meagan Vac 1TM)は,強制換羽中の鶏群におけるSE伝播を抑制する効果が認められている[31].また,鶏の偽好酸球で継代された弱毒菌株もSEの感染に対して防御効果を示した[50].わが国でもドイツで1992年から使用されている生ワクチンZoosaloral Hが検討され,経口接種で肝臓,脾臓の定着阻止効果があり,また,筋肉内接種で死亡率の低減効果のあることが報告されている[64].弱毒STを接種された母鶏群から生産されたひなでは,経口接種された野外ST菌株の腸管内における定着・増殖の低減が認められている[25, 30].DNAアデニンメチラーゼ(Dam)を欠落した菌株の病原性は著しく低下し,本菌株を経口接種されたひなで他のサルモネラ血清型の攻撃菌の腸管増殖抑制がみられたのはCE効果と推測されている[17].SE不活化あるいはST生ワクチン接種母鶏由来ひなの血液や腸管には移行抗体が証明され,これらのひなにサルモネラ生ワクチンを飲水投与すると腸管内における生ワクチン株の菌数はやや低下するが,免疫効果は阻害されない[54].
 [2]野外応用試験
 米国のSE不活化油性ワクチン(Layermune SE及び自家分離菌株製品)を使用した11養鶏場とワクチン無接種1農場において成鶏舎移動後1〜5カ月の間に全群の検査鶏の臓器から10〜40%にSEが分離され,ワクチン接種の有無に関係なく63.3%(7/11)の養鶏場における鶏舎環境はSE陽性(検出率9.1〜45.5%)であった.また,すべての鶏群のネズミからSEが検出され,強制換羽後の1鶏群から生産された鶏卵からSEが分離されている.このようにSEワクチンの応用によってただちに鶏群の清浄化が達成されることは期待し得ないような結果である.なお,彼らの調査では全米の採卵養鶏場41社のうち4社(10%)のみが市販のサルモネラワクチンを使用しているにすぎない.しかし,ごく最近の調査で,ペンシルベニア州の採卵養鶏場では15社(飼養羽数1,600万羽以上)中13社が市販ワクチンを使用しており,ここではワクチンと他のSE対策を併用することは有意とされているようである[15].なお,最近,米国の農務省から発表された「採卵鶏のSE調査,ユ99」におけるSE陽性率はワクチン接種群では0%,非接種群では8.7%となっているが,ワクチン接種群のデータが過小なので評価できないとされている[92].
 英国での調査では,飼養形態の異なる養鶏場の環境汚染調査における全鶏群のSE平均検出率群とそのうちのワクチン接種鶏群におけるSE検出率は,ケージ飼育(全14鶏群)47.1%:(ワクチン接種3群)3.0〜19.3%,平飼(全10鶏群)45.3%:(ワクチン接種3群)3.3〜34.8%,運動場付き鶏舎平飼(全7鶏群)51.9%(ワクチン接種3群):0〜7.7%であり,いずれの飼養形態でも程度に差はあるがワクチン接種群でのSE検出率は低い傾向がみられ,特に運動場付き鶏舎平飼のワクチン群でのSE感染率が他の飼育形態よりも低いことは飼育環境が開放的で汚染塵埃などによる暴露の頻度が低いためと推察されている[10].また,SE汚染歴のある採卵鶏農場にサルモネラ・ワクチン接種鶏群を導入してワクチン効果を調査した.飼養形態別鶏群のSE感染率は,ケージ飼育90%(18/20),平飼63.6%(7/11),運動場付き鶏舎平飼11.8%(2/15),鶏糞プールのSE陽性率はワクチン接種鶏群では5.0%,非接種群では40.5%でワクチン接種により陽性率の減少が認められたが,なお,かなりの汚染が認められネズミや衛生害虫の防除対策や清掃・消毒の不徹底が原因と指摘されている[11].また,2001〜02年には英国でSE不活化ワクチン(Salenvac)を全鶏群に接種しているにもかかわらずSE汚染のみられる4農場のケージ飼育鶏12群の鶏卵のSE汚染状況を調べた結果,卵殻0.197%(27/13,682),卵内容0.066%(9/13,670)であった.この成績は以前に実施されたワクチン非接種採卵鶏3群の同様な調査結果,卵殻1.0%(21/2,101)と卵内容0.11%(6/2,051)とは対照的である.なお,ワクチン接種された鶏群の廃鶏からのSE分離率は9.6%(67/699),新鮮鶏糞では11.4%(64/562)でかなりの汚染が認められるが,その原因として鶏舎の清掃・消毒やネズミ防除の不適切などが指摘されている[14].
 オランダでは1995〜1997年にブロイラー種鶏群におけるワクチン接種の評価試験を実施された.その結果,Salenvac接種B群では汚染農場への導入による感染率0%(0/31)で,ワクチン非接種鶏群の感染率18.2%(6/33)に比べて有意に低いことが認められ,ワクチン接種はブロイラー種鶏群のSE感染を軽減するのに有用とされている.また,SG 9R株生ワクチンについてもワクチン接種群のSE陽性率は2.5%(2/80)で非接種群の11.5%(214/1,854)に比べて有意に低いこと,また,生ワクチン株による保菌卵産出や糞便中への排菌による他の鶏群への伝播は起こらないことが認められている[18-20].ドイツでは,16農場の60万羽にワクチンが接種された結果,SEの感染率は10%から2.5%に低下した[4].
 わが国でも採卵養鶏場へ導入される育成鶏群にSE不活化ワクチン(Layermune SE)を接種することにより液卵のSE汚染を軽減することが可能とされている[103].しかし,各種銘柄の産卵鶏に油性ワクチンを接種すると増体量・飼料摂取量の低下,50%産卵日齢の延長などがみられ,その程度は銘柄によって異なることが報告されている[60].一方,大型ウインドウレス鶏舎7棟を有する大規模養鶏場におけるSE防除対策として,鶏群更新に際して鶏舎の清掃・消毒と更新用育成鶏群(約100日齢)へのサルモネラ不活化ワクチンを接種を実施した結果,更新後の鶏群はすべてSE陰性に経過していた.しかし,その後,サルモネラ検出感度の高い免疫磁気ビーズを用いた検査を実施した結果,7鶏舎中1鶏舎からSEが分離された.したがってワクチン接種群で完全にSEが清浄化されたのではなく,排菌抑制効果で鶏舎内の汚染菌量が減少して,通常のモニタリング検査法では汚染を検出できなかったと考察されている[96, 97].
 以上のように,ワクチンの野外応用成績での評価は農場環境の汚染程度やストレスの有無などによって異なる.英国のSE汚染農場の例では全採卵鶏に不活化ワクチンが接種されているにも関わらず,汚染卵の産出がみられる事実から,ワクチン接種の前提としての鶏舎消毒やネズミ防除などの一般衛生管理の徹底が重視されている[11, 14].
 免疫抗体,サイトカインなどの予防的応用:SE高度免疫鶏由来鶏卵の乾燥卵黄粉末3g/日/羽を産卵鶏に投与するとSEの排菌数が減少することが認められている[53].また,免疫鶏からのリンホカインの予防的応用が試みられ,投与ひなではSE攻撃による臓器内侵襲が防御され,それは鶏の偽好酸球によるどん食作用の増強によりSEが殺菌されるためとされている[28].このような防御効果は免疫リンホカインを経口,経鼻及び卵内接種した場合にも認められるが,その有効性は一過性である,他の血清型サルモネラに対しても交差防御性がみられている[25].なお,IL-8は宿主の産生する主な趨化性誘導物質の1つで,SE侵襲局所へのSE免疫リンホカイン(ILK/SE)による偽好酸球の集積に重要な関わりを示すとされている[49].また,バキュロウイルスを用いて発現させた鶏のインターフェロン・ガンマー(ChIFN-γ)をSE不活化抗原とともに鶏に接種すると,抗体産生能は変わらないが,SE攻撃に対する防御能の増強が認められている[88].

 4.ま と め
 1980年代後半から発生した鶏のSE感染症は,世界の養鶏産業に多大の被害をもたらし,養鶏場での防除対策ならびに鶏卵など生産物の流通・消費の各段階におけるHACCP方式による衛生管理の導入を促進した.その結果,鶏における発生は,漸く沈静化の傾向を示し,人のSE食中毒の発生も多くの国で減少傾向にある.わが国も同様な状況にあり,人のサルモネラ食中毒は1999年をピークに低下傾向が顕著である.しかし,いまだにSE集団食中毒の発生がある事実からも,さらに対策の強化が望まれる状況にある.特にウインドウレス鶏舎でのサルモネラ汚染度が高く,その要因として消毒の困難性に加えてネズミなどによる再汚染が指摘されている.また,CE法やサルモネラワクチンは,実験室内評価や野外応用事例から有用とされているが,それらの効果は鶏に対するストレスや飼育環境のサルモネラ汚染度などに影響されることが指摘されており,農場におけるサルモネラ対策として,洗浄・消毒,ネズミ駆除など基本的な衛生管理の徹底が重視されている.なお,最近,世界的に多剤耐性STDT104など薬剤耐性菌による人畜の感染症が増加する傾向にあり,養鶏分野では抗菌剤に代わりCE製品,プロバイオティクスあるいはワクチンなどの開発・応用が推進されている.