総 説

鶏のサルモネラ症の現状と対策(その1)

佐藤静夫(全国農業協同組合連合会家畜衛生研究所技術顧問)


 サルモネラ(Salmonella)属菌は2種6亜種に分類され,2001年現在,2,501の血清型が知られている[31, 38]が,うち約10%の血清型が家きんから検出されている[12].鶏のサルモネラ症(avian salmonellosis)は宿主固有のサルモネラであるS. Pullorum(ひな白痢菌)によるひな白痢(pullorum disease),S. Gallinarum(家きんチフス菌)による家きんチフス(fowl typhoid)及びその他のサルモネラ血清型による感染症として鶏パラチフス(paratyphoid infection in chickens)がある[12, 28, 40].わが国の家畜伝染病予防法では,ひな白痢と家きんチフスの両者を含めた「家きんサルモネラ感染症」(「家きん」は,鶏,あひる,七面鳥,うずらなど)が法定伝性病とされている.また,S. Pullorum及びS. Gallinarum以外の血清型のうちS. Enteritidis(SE),S. Typhimurium(ST),S. Dublin,あるいはS. Choleraesuisによる感染症は「家きんサルモネラ症」として届出伝染病とされている[28, 39].
 「家きんサルモネラ感染症」のうちひな白痢については1940年以降,法定伝染病として保菌種鶏の摘発淘汰に努めた結果,清浄化が達成され,まれに輸入鶏あるいは銘柄鶏(肉用)などでの発生が記録[47]される程度であり,家きんチフスの発生は認められていない[40].一方,「家きんサルモネラ症」については,SE及びSTその他血清型の感染症例はしばしば報告され,特に鶏のSE感染症については,1980年代後半から1990年代にわたり鶏卵のSE汚染による食中毒が世界的に発生し,養鶏産業のみならず公衆衛生上からも重視されている[6, 13, 26, 39].さらに最近,米国ではSE食中毒のリスク要因としてブロイラーが注目されている[18].また,欧米をはじめ,わが国でも家きん由来のサルモネラに多剤耐性菌[17, 49]あるいはキノロン耐性株の増加する傾向があり,特に多剤耐性ST DT104による人獣感染症の増加が注目され[2, 12, 20, 22],英国では本菌による汚染鶏肉が原因と推定された食中毒の発生からブロイラーのサルモネラ汚染対策が重視されている[51].ここでは「鶏のサルモネラ症」を主題として,発生状況や対策の概要ならびに農場における対策に関する最近の知見を述べる.

 1.発 生 状 況
(1)諸 外 国
 英国:英国では1993年に施行された「種家きん群及び孵卵場法:The Poultry Breeding Flocks and Hatcheries Order(PBFHO)1993」によって種家きん群,孵卵場の細菌検査が義務付けられているが,コマーシャル農場では任意検査が行われている.1998〜2001年までの年次別サルモネラ検出件数は980〜1,489件,2002年には869件で,うちPBFHO1993に基づく検査での検出件数は19件であり,最近は減少傾向を示している.一方,コマーシャル鶏由来サルモネラの大部分はブロイラー農場の任意検査によるもので,その検出件数は増加傾向にあり,2002年のサルモネラ検出件数869件の94%を占め,臨床例由来件数は5.6%に過ぎない.また,1980年代後半から著しい増加傾向を示したSE[主なファージ型(PT)はPT4]の分離頻度は1993年823件,1994年407件,1995年245件と減少し,その後も急減し,2002年には11件(鶏からのサルモネラ検出件数の1.3%)となり,うち,5件はブロイラー群,6件は採卵鶏群で,種鶏群からは検出されていない.また,STの検出頻度は36件(4%)で,近年は減少傾向にあるが,検出されたファージ型のうち24件(67%)はDT104で,うち1件が採卵鶏群,他は全てブロイラー鶏群由来であり,種鶏群からは検出されていない.その他の血清型の動向としては,1993〜95年頃にはSEに次いでS. Senftenberg及びS. Mbandakaが2,3位であった.1998年にはSEに代わりS. Senftenbergの検出率(11.4%)が最も高く,次いでS. Montevideo(10.6%),S. Kedougou(8.9%)などであったが,2002年にはS. Livingston(122件14%)が1位となり,S. Senftenberg(102件,12.3%),S. Kedougou(60件,6.9%),S. Montevideo(56件,6.4%)が上位を占めた.なお,S. Livingstonの大部分はブロイラー鶏群由来であるが,23件は4群のブロイラー種鶏に,1件は採卵種鶏群に由来するものである[58].なお,英国ではSE PT6による採卵鶏の孵卵場,種鶏育成場,種鶏場及びコマーシャル農場を含む系列内汚染の発生例が報告されている[8].スコットランドでは鶏からのSE PT4の検出は1998年の34件をピークに,その後3年間は報告されていない[46].
 オランダ:1989年の調査では,採卵鶏49群及びブロイラー52群からS. Infantis(SI)(30.9%),S. Virchow(30.9%),ST(25%),SE(20.6%)及びS. Hadar(17.6%)が検出された.なお,これら産卵鶏群由来の47%及びブロイラー由来の94%のサルモネラは糞便試料から分離されている.また,SEは採卵鶏49群中9群(18.4%)及びブロイラー52群中6群(11.5%)から分離された[32].1996〜01年の間に鶏から検出されたサルモネラ6,371株の主な血清型はSE(20.3%),S. Paratyphi B var. Java(14.8%),SI(12.8%),S. Heidelberg(SH)(6.3%),S. Mbandaka(5.6%),ST(5.3%),S. Virchow(5.2%)などである.S. Paratyphi B var. Javaは,1996年頃に輸入された鶏飼料原料の汚染に起因するとされ,2001年には全サルモネラの30%に達し,その大部分はブロイラーから検出されている[57]
 フランス:1996〜97年の西フランス地域におけるブロイラーの敷料スワブ及び塵埃についての調査で,86群中60群(70%)からサルモネラが検出された[35].
 カナダ:1989〜90年の全国調査で,採卵鶏295群の糞便試料あるいは集卵ベルトの52.9%から35血清型のサルモネラが検出された.鶏群からの検出頻度の高い血清型は,SH(20%),SI(6.1%),S. Hadar(5.8%)及びS. Schwarzengrund(5.1%)などであった.SEは2.7%の鶏群から検出され,同調査におけるブロイラー群の環境試料(敷料,水)では294群の76.9%から50血清型のサルモネラが検出された.そのうち主な血清型の検出率はS. Hadar(33.8%),SI(8.8%),S. Schwarzengrund(7.1%)で,SEの検出率は低く3.1%であった[32].
 米国:米国における鶏由来サルモネラの年次報告によると1992年以降はSEが首位を占め,1994年度にはSE,次いでSH,S. Hadar,S. Kentucky,STなどが多く,1998年には主にSH,S. Kentucky,S. Senftenberg,SE,S. Thompsonなどが検出されている[12, 40].採卵鶏(廃鶏)群の糞便について全米規模のサルモネラ検査が実施された.その結果,1991年にサルモネラの検出された鶏群数は86%,1995年には89%となり,1991年には比較的低率であった中西部が著しく増加し,北東部,南東部でも増加傾向がみられ,全米でのSE汚染鶏群率は1991年の約27%から45%に上昇している.また,全米の割卵工場20か所を検査した結果,液卵のサルモネラ検出率は1991年に52%,1995年には48%で,うちSEの検出率は13%あるいは19%であった[10].米国農務省による「1999年度の採卵鶏におけるSE調査」は4地域15州における200鶏舎の環境サンプルについて実施された.その結果,SEが検出された鶏舎の割合は,西部4.4%,中央部9%,5大湖周辺17.2%,南東部0%で,全地域では7.1%であった[11].鶏卵からのサルモネラ検出率は,ペンシルベニアやカリフォルニアにおけるSE汚染コマ−シャル農場での調査では,0.003%以下であったが,米国農務省による全米における鶏卵のSE汚染率は約0.005%と推定されている[12].
 1999〜00年に実施された北西部太平洋岸地域での広範な調査におけるサルモネラ検出率は,原原種鶏孵卵場[綿毛(5.63%),初生ひな(1.60%)],種鶏孵卵場の綿毛(9.41%),鶏舎環境の牽引スワブ(12.00%),ブロイラーと体洗浄水(8.27%),廃鶏と体洗浄水(34.17%),鶏挽肉(29.48%)及び病性鑑定試料(16.77%)などである.この調査では全分離株569株中97株(17.05%)が血清型別され,17血清型が認められ,綿毛及び初生ひな由来株などを含め,主な血清型はSH(25.77%),S. Kentuky(21.64%),S. Montevideo(11.34%),S. Hadar(5.15%),SE(5.15%)などで,SEはと体と鶏舎環境から検出されており,SE汚染鶏舎の存在が示唆されている[36].ブロイラー孵卵場及び農場の鶏舎から,それぞれサルモネラが42.1%(11血清型)あるいは41.8%(12血清型)が検出され,いずれも主な血清型はSH及びS. Kentuckyで鶏舎由来サルモネラの59.6%は2血清型で占められた.このようにブロイラー農場に導入されたひなと孵卵場から検出されるサルモネラ血清型には,しばしば密接な関連性がみられ,複数の血清型による種鶏群の汚染が示唆されている[4].最近の米国農務省の報告によれば,ブロイラーと体のサルモネラ汚染率は1995年の20%から2000年には10%以下に低下しており,清浄化計画の成果が評価されている.また,ブロイラーと体から検出されるサルモネラ菌数は約32個あるいは1〜30個程度と報告されている[12].
 米国では1989年からNPIP[54]による採卵種鶏群のSE汚染が監視されており,原種鶏群はSE陰性であるが種鶏群では3.1%,(1990),2.9%(1991),0.7%(1995),1.3%(1996)の陽性率に推移している[34].また,1991年と1998年に3か所のブロイラー原種鶏孵卵場を再調査した結果では,1991年には検体(卵殻残差,綿毛,輸送箱敷料)の11.1%,1998年には16.1%がサルモネラ陽性であった.このようにサルモネラ検出率はやや上昇したが,各検体の汚染サルモネラ菌数は102以下を示すものが大部分で著しく改善されていた[7].
 中華民国(台湾):1999〜2001年に31孵卵場の綿毛から13%〜29%の頻度でサルモネラが分離されている[5].

 (2)日 本
 わが国では従来から公表される鶏のサルモネラ症の発生件数は年間2,3件にとどまっている.また,全国規模のサルモネラ浸潤調査は実施されていないので,実態の把握は困難である.1996〜02年の間に家畜保健衛生所の病性鑑定などで分離され動物衛生研究所で血清型別された264株中型別不能の31株を除いた233株には40血清型が含まれていた.これらのうち検出頻度の高い血清型(菌株数)は,SI(41),SE(35),S. Agona(35),S. Cerro(27),S. Bredeney(11),S. Singapore(11),ST(9),SH(9),S. Anatum(9),S. Livingston(8),S. Virchow(8)などである〔家畜衛生ニュースNo. 83,89,95,101,107(1999〜2001),動衛研ニュースNo. 6(2002)を参照〕
 採卵鶏:1992〜95年の間に愛知県下の採卵養鶏場延べ362戸を調査し,7戸からST及びSEを含む7血清型のサルモネラが分離された[17].1993〜98年に東日本の採卵養鶏場16戸から採取された鶏卵(卵殻・卵内容)3,740検体からSI 15株,SE 12株を含む9血清型46株を,また,鶏卵内容855検体からSI 8株,SE 6株を含む4血清型22株が検出されている[45].1994〜98年にかけて西日本の一採卵養鶏場と附属GPセンターからS. CerroとS. Livingstoneが高頻度に検出され,後者による鶏舎の持続汚染が明らかにされた[24].滋賀県下では,1997〜98年に51戸中21戸(41.2%),643鶏舎中103鶏舎(16.0%)からサルモネラが検出されている[16].北海道では1996〜97年に廃鶏処理場に搬入された22農場の37鶏群740羽中50羽(6.8%)から9血清型のサルモネラが検出され,うち3羽(0.4%)からはSEが検出されたが,サルモネラの検出された10鶏群は全てウインドウレス鶏舎飼育鶏である[48].同年次に青森県下の16農場中9農場(56.3%)の廃鶏からサルモネラが検出され,検体別では盲腸便26.6%,(61/229),未熟卵4.3%(2/47),殻付卵3.8%(21/557)で,SE,ST,SH,SIなどを含む22血清型が分離された[30].殻付卵からのSI分離は,同県内で発生したSI汚染鶏卵による集団食中毒との関連で注目されている[50].1997〜99年に千葉県下の20農場について調査し,ウインドウレス鶏舎80%(4/5),開放鶏舎6.7%(1/15)からサルモネラが検出され,1農場のウインドウレス鶏舎の鶏(18.3%),環境(37.5%)及びネズミ(13.8%)にSE汚染がみられた[21].群馬県下のSE汚染鶏舎の3年間にわたる清浄化対策の過程での鶏舎環境・施設におけるサルモネラ検査の陽性率は12.2%(312/2,541)で,SEを含め30種類の血清型が検出され,分離されたSE91株の遺伝子型から2種類のSEによる鶏舎汚染が推定されている[37].1998〜00年に調査された沖縄県下の7養鶏場のサルモネラ検出率は3.1〜24.1%(平均12.3%)で鶏舎環境の汚染度が最も高く35.1%,鶏クロアカスワブは低率で3.3%,血清型は沖縄県下での食中毒の多いS. Welteverdenを含む18血清型が検出された[61].なお,わが国の採卵養鶏場におけるSE検出率は,各地域の養鶏場の定期的な検査結果の推移から1995年頃の約8.5%から2001年には約3.5%程度となり低下傾向がみられる[41].
 ブロイラー:わが国では1988〜89年に英国から輸入されたブロイラー種鶏の検疫中にSE PT4によるサルモネラ症が発生し,その一部が投薬治療後開放され,その後,間もなくコマーシャル農場でのSE感染症も発生した[40].さらに1996年には奈良県下に導入された輸入ブロイラー種鶏ひな(フランス産)では,到着後2日以内の死亡ひなからSEが分離されず,3日以降からSE陽性となったことから,ひなへの抗菌剤投与などが疑われ,到着時検査の見直しが示唆されている[60].1997年に岩手県内のほぼ80%のブロイラーを処理している9処理場に出荷された319農場の鶏3,190羽の盲腸便からのサルモネラ検出率は44.8%(飼育規模1万羽未満)から64.1%(10万羽以上),平均56.1%で,いずれの飼育規模にも高率な汚染が認められた.また,コマーシャル317農場中,開放鶏舎171農場のサルモネラ陽性率は54.5%,ウインドウレス鶏舎146農場の陽性率は58.9%で,鶏舎飼養形態による差は認められていない.検出されたサルモネラO血清型はO7群67.3%,O4群21.3%,O8群6.4%,O9群4.5%,O3,10群0.5%であった[14].
 また1995〜97年に栃木県下の食鳥処理場で12ブロイラー農場の28群2,345羽の盲腸内容の14.3%から8血清型のサルモネラが検出された.それらの検出率はS. Blockley 72.0%,S. Hadar 17.9%,S. Bredeney 4.5%,S. Schwarzengrund 2.7%,S. Anatum 1.2%,SE 0.9%,S. Ohio 0.6%,S. Livingstone 0.3%であった.S. Blockleyなど特定のサルモネラによる農場の持続的な汚染が示唆された.また,これら農場にひなを供給している孵卵場の卵殻残滓8検体中2検体からSEとSTが検出されたが,今回の調査期間中に最も高頻度に検出されたS. BlockleyやS. Hadarは検出されないので,コマーシャルブロイラー鶏群のサルモネラ汚染要因は孵卵場よりも,ひな導入前の鶏舎汚染あるいは飼育期間中における汚染などであろうと考察されている[19].1995〜98年における西日本地域でのサルモネラ検出率は,35ブロイラー農場の糞便で34.7%(34/98),鶏肉37.8%(34/90)で,ブロイラー肉生産環境から検出された血清型は主にSIであった[23],1998年の愛知県下での調査では,4処理場の鶏肉35.2%からサルモネラが検出され,そのうち73.7%はSIであった.また,鶏肉1g当たりのサルモネラ汚染菌数(MPN)は,平均17個(最高79個)であった[15].
 種鶏場・孵卵場:わが国では1990年以降,採卵鶏やブロイラーのSE感染事例はかなり知られているが,国内における孵卵場や種鶏場のSE汚染事例は明らかにされていなかった.最近,長野県下で廃業した孵卵場の過去におけるSE汚染例が初めて報告された.この孵卵場では1995年9月27日と10月6日に孵化したひなの胎便からSEが分離され,出荷先の農場でひなが全淘汰された.汚染原因の調査で9月14日に愛知県の業者から購入した種卵(デカルブTX)がSEに汚染されており,孵卵中に爆発卵が多数発生し,孵卵場施設が高度に汚染されたことが明らかにされた.なお,当時,問題の種卵を販売した愛知県の業者は,種卵を出荷した愛知県,兵庫県,神奈川県等の孵卵場でもSE汚染の発生したことを認めているとのことである[43].

 2.対策の概要
 1989年3月のWHOの勧告では,サルモネラ対策の基本的なあり方として法的規制による防除計画の徹底が指摘されている.また,鶏卵・肉による食中毒の発生防止には鶏群の清浄化が必要であり,そのためには,輸入ひな検疫ならびに養鶏場,孵卵場,食鳥処理場,飼料工場,などの養鶏分野と食品の製造・流通面にわたる公衆衛生分野の密接な連携による防除計画の策定が必要とされている[25].現在,諸国で実施されている養鶏場におけるSE対策は,概ねこれらWHO指摘に準拠したものである.
 (1)欧州連合(European Union : EU)における対策
 EUでは1992年に人畜共通伝染病規則(The EU Zoonoses Directive 92/117/EEC)が設定され,種鶏群と孵卵場の細菌学的・血清学的モニターリング法が規定されてるが,コマーシャル農場については規定されていない.この規則はEU共通の防疫対策として1998年までの実施が図られた[1, 39]が,サルモネラ防除における抗菌剤やワクチンの使用が認められていないことから多くのEU加盟国は実施を見送っている.最近,EUでは規則の改定が図られ,EU議会の裁定が待たれている[59].
英国:鶏卵のSE汚染発生の直後,1989年3月に農林漁業食糧庁がSE及びST感染種鶏のみならず採卵鶏群の淘汰を含む強力な法規制を実施し,1993年2月末に採卵鶏の淘汰が廃止されるまでの間に,採卵用種鶏20群,採卵鶏272群,ブロイラー種鶏88群が淘汰され,ブロイラー種鶏の汚染度の高いことが明らかにされた.1998年8月以降の種鶏場と孵卵場の規制は,上述のEUの規則(92/117/EEC)に移行した[39].一方,1993年には,英国の卵業協会が自主的にライオン品質管理実施規定(Lion Quality Code of Practice)に基づいた「赤ライオン」マーク表示卵の生産管理を実施しており,現在,約75%の農場がこれに参加している[3].この品質管理規定では,農場における衛生管理,鶏卵の取り扱いや鶏卵の配送,飼料の品質,廃鶏処分,環境対策などの方法が審査基準に合致すれば登録証明書が交付される.この登録証明書には鶏群の生涯に亘って管理経歴が記入され,保管されるので,追跡調査が可能となる.なお,登録対象は種鶏場,孵卵場,育成場,採卵養鶏場,GPセンター,飼料工場などである.
 種鶏群,孵卵場のサルモネラ検査によるモニタリングでSE,ST陽性鶏群は淘汰される.採卵鶏群,育成鶏群の衛生管理には,農場施設の消毒,ネズミ・野鳥の防除対策,強制換羽の禁止などが規定されているが,1998年の改訂では全ての採卵鶏にSEワクチンの接種が義務づけられた.農場では鶏卵を20℃以下に保管し,産卵後3日以内にGPセンターに輸送し,20℃以下に保管する.鶏卵の生産記録と鶏卵のクリーニング実施内容の記録は農場に保管する.
 GPセンターでは,飼育方法(放飼,舎飼,有機飼育,ケージ飼育など)によって包装資材を色分けし,包装には産卵日齢,飼育方法,農場名などを表示し,卵殻表面には賞味期限とライオンマークを印字する.鶏卵の流通はすべて20℃以下,賞味期限は産卵日から21日以内とされている.GPセンターはHACCP方式により管理され,記録を2年間保管する.
 全ての登録施設では自主的なサルモネラ検査のほか,協会が認定した第三者機関による無作為抽出,ときには予告なしの検査を受ける義務がある.この検査で不適合とされた施設は,検査機関から指示された事項について期限内に適切な改善を行わない場合には失格となり,ライオンマークを使用することはできなくなる.
 このように英国では,1989年当時からの保菌鶏の淘汰を含む厳しい法的規制と1993年に導入されたライオン品質管理規定による鶏卵生産体制の全国的普及により,鶏のSE感染症の発生件数は1995年以降急減し,2000年には,ほぼ1985年代の水準になり,鶏群でのSE清浄化はほぼ達成された.一方,人のSE食中毒発数も1993年以降減少傾向を示し,1996,97年には一時的増加をみたが,2000年には,ほぼ1980年代後半の水準にまで減少している[6, 9].なお,英国では1995年からSE不活化ワクチンが使用されていたが,ライオン品質管理実施農場では1998年から全採卵鶏へのワクチン接種が開始された[27, 41].
 ドイツ:1992年にSE食中毒で200人以上もの死者をみる大きな被害を受けており,1994年4月から全ての採卵鶏にワクチン接種が義務化され,特例として種鶏群にも生あるいは不活化ワクチンが使用されている.流通面では食卵の包装における低温保存,産卵日,賞味期限の表示,産卵18日以降の食卵は5〜8℃での保存,生卵は調理後2時間以内に摂取し,生卵を含む料理は製造後2時間以内に7℃に冷却し,24時間以内に摂取することなどが規定されている[27, 41].
 デンマーク:種鶏群のサルモネラ検査プログラムはEUの人畜共通伝染病規則(92/117/EEC)を基準にして,さらに検査頻度を高め,細菌検査と血清反応(ELISA)を併用している.ブロイラーはサルモネラ・フリーが目標とされており,プログラムが開始された1988〜89年の陽性率は65%以上であったが,2000年には5%以下に低下している.採卵鶏の種鶏群はSE,STフリーとされ陽性鶏群は淘汰される.コマーシャル鶏のサルモネラ検査プログラムも設定され,SE,ST陽性鶏群の鶏卵は加熱殺菌処理される.殻付卵の流通は12℃以下とされている.鶏群のサルモネラ陽性率は,このプログラムが開始された1998年には7%以上であったが,2001年には2%以下に低下している.なお,プログラム開始前年に検査された殻付卵13,000個のサルモネラ陽性率は0.1%(うち20%はSE)であった[59].

(2)米国の対策
 米国では1990年のSE緊急全国廃鶏調査,1992年5月から94年1月にわたるペンシルベニア州でのSEパイロットプロジェクトなどにより養鶏場の深刻なSE汚染実態が明らかにされ,対策の基本としての種鶏群のSE清浄化のため1993年に家きん改善計画(NPIP)が改訂された[56].また,ペンシルベニア州をはじめ鶏卵生産地帯では業界により鶏卵品質保証計画が設定され州政府機関,大学などの協力を得てSE防除対策が推進されている.1992年以降は不活化ワクチンが,さらに1998年には生ワクチンが導入された.さらに,1999年には鶏卵の低温(7.2℃)流通規制も施行された[27, 39].一方,1999年に実施された全米5地域の採卵鶏サーベイ事業での調査成績によると,ネズミの汚染と鶏舎の汚染はリンクしており,また,管理方法とSE陽性率の関係をリスク分析した結果では,平飼,外来者の立ち入り,飼料への害虫や動物の接近,ネズミの生息,強制換羽などが危害要因となるが,特にネズミ生息数の著しい場合や強制換羽後16週齢以内にSE汚染度の高まることが指摘されている[54, 55].
 なお,1999年末には大統領・食品安全性審議会が策定した「鶏卵由来のSE感染症撲滅のための,アクションプラン」(いわゆるクリントン計画)により鶏卵の生産から消費の各段階にHACCP方式に準拠した衛生管理を導入して,SE食中毒の発生を2005年までに50%,2010年までに撲滅するととしている.この計画は二つの戦略から構成されており,戦略1は農場におけるSE検査により感染鶏群を摘発し,その卵を加熱加工卵へ用途転換する方法.戦略2は,GPセンターや鶏卵処理場での鶏卵の殺菌処理する方法である[33, 53].このように米国におけるサルモネラ対策は広範なサーベイやリスク分析に裏付けられて民官学の協力と連邦政府の撲滅計画によって推進されており,SE食中毒の発生件数や患者数は,1989年以降減少傾向を示しており,2010年における撲滅が期待されている[26, 41].

(3)わが国における対策
 わが国では毎年100〜200万羽のひなが輸入されているのでサルモネラ対策の原点としての動物検疫が重要である.そのため農林水産省は欧米の鶏輸出国に対し,1991年11月1日以降,SE,STを初生ひなのサルモネラ検疫の対象とし,仕出国の検疫証明書添付とわが国での着地検疫による感染ひなの淘汰ないし返送を通達している.しかし,その後も着地検疫あるいはその後の検疫期間中に感染ひなが摘発・淘汰されており検疫の強化が求められている.また,国内における対策とし農林水産省は孵卵場等養鶏施設における衛生対策指針(1992,6,19),採卵養鶏場におけるサルモネラ衛生対策指針(1993,9,10)の通達,ならびに冒頭にも述べたような家畜伝染病予防法(1997,4)及び同施行規則(1998,3)の改正を行った[39],さらに1996〜01年にわたり養鶏場へのHACCP方式による衛生管理の導入を図る調査ならびに検証事業が実施され,その成果は「家畜の生産段階における衛生管理ガイドライン」(2002,9,30)としてまとめられ農林水産省生産局通知とされ,冊子として全国家畜畜産物衛生指導協会から刊行された.次いで飼料製造に係わるサルモネラ対策ガイドライン(1998,6,30)も関連業界に通達された[42].一方,業界団体の日本種鶏孵卵協会も種鶏場のサルモネラ調査事業を実施し,マニュアルとして「清浄素びな生産に関する衛生管理基本指針」(1997,3)を,また,日本養鶏協会も「採卵養鶏場におけるサルモネラ対策」(1998,3)を設定し,冊子として配布している.なお,わが国では1998年1月にSE油性不活化ワクチン(レイヤーミュン)が認可され,同年6月から市販され,その後の輸入あるいは国産製剤を含めて2003年6月現在5社6製剤の不活化ワクチンが承認されている[27, 29].ワクチン応用の現状については後述するが,前述の日本養鶏協会のマニュアルにおいては「サルモネラ不活化ワクチンの効果はSE感染の軽減であり,排菌や保菌卵生産の減少が期待される.しかし,鶏に強制換羽などのストレスがかかるとSEは再増殖するので,ワクチン接種のみによって養鶏場の清浄化を期待することはできない.」との見解が述べられている.既述のようにわが国の採卵養鶏場におけるSE検出率は1995年当時の8.5%から2001年には3.5%程度に低下しており,鶏舎消毒やネズミ防除ならびにサルモネラ検査の励行などによって徐々に農場のサルモネラ清浄化が進んでいるものと思われる.
 一方,鶏卵の流通面への対策として,厚労省は食品衛生法施行規則及び食品添加物などの規格基準の一部改正(1998,11,25)により「鶏卵の表示基準・液卵の規格基準」が設定され,1999年11月1日から,いわゆる賞味期限に関する規制が施行されている.この規制によりサルモネラ食中毒の発生件数は,国立感染症研究所の病原微生物検出情報[21, 162-163(2000)]及び厚生労働省の食中毒発生状況に関する資料(2001〜2003)によると1998年をピークとして急激に減少傾向を示しており,特に卵に関連したサルモネラ食中毒の発生件数は2001年の42件から2002年には30件に,患者数も1,043人から391人へと明らかに低下傾向を示している.しかし,最近でも鶏卵に関連した大規模食中毒の発生がみられているので,さらにSE対策の強化が望まれる[44, 52].