診療室

夢は牛のお医者さん

高橋知美(新潟県獣医師会会員)

 新潟県の山あいの,全校生徒たった9人の小さな小さな小学校.その年は新入生が一人もいなかった.「さびしいなぁ.入学式もできないのか.これじゃ子供たちも元気がなくなるよ.子供たちが毎日楽しくて,生き生きと過ごせるようなことはないかな」と考えた校長先生は人間のかわりに3頭の子牛たちを入学させることにした.ちょっと変わった新入生を迎えるために,みんなで牛舎を建て,名前を考え,そして入学式を行った.
 それからの毎日はとっても大変.ミルクをやったり,ふんを片づけたり,エサにするための草を刈ったり.でも一緒にグラウンドで遊び,一緒に昼寝をし,楽しい毎日だった.大変なこともたくさんあったのに,本当に楽しい毎日だった.
 でも,子牛の成長は小学生の成長よりもずっと早くて,入学した時はみんなの腰ぐらいしかなかった子牛たちも,あっという間に体重も背丈もみんなを追い越して,小学生には飼っていられないぐらいになってしまった.それは飼う前から予想されていたことで,11月には市場に売りに行くことが最初から約束されていたのである.子牛たちとの別れは,とってもとっても辛いものであった.半年間,土曜も日曜もなく毎日一緒に暮らしてきた友達との別れだったからだ.市場の前日,みんなで卒業式をしてあげた.1頭1頭にそれぞれ卒業証書が読み上げられた.卒業式が終わっても誰も子牛たちから離れようとはしなかった.
 小学生でこのような経験をした私は,この時から何となく「獣医さんになりたいなぁ」と思うようになっていた.
 私の家は黒毛和牛の繁殖と稲作を行う専業農家である.幼い頃から,農繁期になると手伝いが待っていた.田植え,稲刈りはもちろん,夏の乾草入れ,秋のわら集め.友達みんなが遊んでいても,私たち姉妹は家の手伝いをしなければならない.そして,生き物相手.一家そろった家族旅行など一度も行くことができなかった.小さな頃はそんな両親の職業が嫌で嫌でしかたなかった.
 中学生になった頃からだったか,そんな私にも気持ちの変化が表れた.自分の将来を考えるとともに,両親の仕事について考え直すようになったのである.なぜ両親はこの職業を選び,そして続けているのか.自分はどうなりたいのか,どうなるべきなのか.そして私は,両親の仕事の役に立てるような職業に就きたい,やっぱり獣医師になりたいと強く思うようになった.
 昨年の春,私は無事国家試験に合格し,地元新潟に戻って,大動物臨床をしている.長年の夢が実現し,やっとスタートラインに立つことができた.就職したばかりの頃は静脈注射もまともにできず,直腸検査では卵巣を触ることもできなかった私だが,やさしい先生方に厳しく鍛えられ,なんとか一人で診療に行かせてもらえるようにまで成長することができた.とは言ってもまだまだわからないことだらけ.あれもしたい,これもしたいという希望とともに,どうしよう,大丈夫かなと不安に押しつぶされそうになりながら先輩先生方に支えられ,農家の方々に励まされ,なんとか毎日を過ごしている.
 今年からは妹が実家で両親と一緒に牛を飼っている.不思議なものである.小さな頃はあんなに文句を言っていた私たちなのに,今ではその両親とともに牛と携わって生きている.


高橋知美  
―略 歴―


2003年 岩手大学卒業
  上越農業共済組合 上越家畜診療所(新潟県上越市)勤務

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† 連絡責任者: 高橋知美(上越農業共済組合上越家畜診療所)
〒943-0824 上越市北城町4-4-11
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