解説・報告

AAA(動物介在活動)/AAT(動物介在療法)と獣医師の役割

内田佳子(酪農学園大学獣医学部助教授)

 「人類は,地球の環境を保全し,他の生物と調和を図る責任をもっている.特に獣医師は,動物の健康に責任を有するとともに,人の健康についても密接に関わる役割を担っており,人と動物が共存できる環境を築く立場にある.獣医師は,また,人々がうるおいのある豊かな生活を楽しむことができるよう,広範多岐にわたる専門領域において,社会の要請に積極的に応えていく必要がある.
 これはみなさんご存知の日本獣医師会による「獣医師の誓い―95宣言」の前文である.
 実際のところ,われわれ獣医師の職域は広がる一方であり,多方面におよぶ知識を求められる存在になっている.AAA(Animal Assisted Activities=動物介在活動)/AAT(Animal Assisted Therapy=動物介在療法)に関する活動もそのひとつで,これは,前述の宣言の第一,「動物の生命を尊重し,その健康と福祉に指導的な役割を果たすとともに,人の健康と福祉の増進に努める.」第二,「人と動物の絆(ヒューマン・アニマル・ボンド)を確立するとともに,平和な社会の発展と環境の保全に努める.」に合致している.
 さて基本的な話として,AAA/AATの違いをどれだけの獣医師が理解しているだろうか? AAAはクライアントのQOL(対象者の生活の質)向上を目的に行われるもので,明確なプログラムや医療関係者のかかわりを必ずしも必要としない.世界的にAATに比較しAAAが圧倒的に多い.高齢者福祉施設の訪問,ホスピスを始めとする病院訪問の一部,教育施設への訪問がこれに相当する.いっぽう,AATは人の医療に携わる有資格者が関与し,対象者個人の治療目的に沿ったプログラムの作成と効果判定が必須である.すなわち,治療の一手段である.日本では両者をまとめて「アニマルセラピー」と呼称するケースが多く,また,両者の中間的な活動も多く見られるにいたっている.英語圏では「アニマルセラピー」という用語は,動物の治療と誤解される可能性があること,AAAはあくまでも治療目的ではないことから「セラピー」と同義語ではないこと,セラピストと呼ばれる有資格者の権利が侵害されかねないことなどの理由で使用しないよう強く推奨されている.
 動物の介在が人間への健康に及ぼす効果を評価する研究は種々存在するが,これらは家庭で家族の一員として暮らしている動物から家族が受ける効果(日本ではアニマルヒーリングと称されている)と,心身に疾患や障害を持った人および高齢者に対するセラピーアニマルによる効果に二分されよう.両者ともにその効果は,身体的効果,心理的効果,社会的効果,発達面における効果に分類される.これらの研究は後述するデルタ協会年次大会やIAHIO(人と動物の相互作用国際協会)の学会,日本ではヒトと動物の関係学会や比較心身症研究会などで数多く報告されているし,多くの医学・看護学・心理学などの分野の学術雑誌にも掲載されている.報告の多い具体例は,身体効果としては活動性の向上・身体機能の回復・血圧の正常化・医療機関受診回数の減少・生存期間の延長など,心理的効果では抑うつ感・孤独感・絶望感・無力感の減少や責任感・自尊心・独立心・多幸感の増加など,社会的効果としては会話・発話の増加,表情の出現,他者への接触回数の増加,リハビリなど種々の療法プログラムへの積極的な参加,居室(ベッド)外ですごす時間の延長など,発達面としては子供の愛着行動の増加,情緒の安定,対人関係のたやすい構築などに集約できよう.
 AAA/AATを推進・指導する二大組織として,アメリカのデルタ協会(Delta Society)と人と動物の相互作用国際協会(IAHIO=International Association of Human-Animal Interaction Organization)があげられる.
 1977年に設立されたデルタ協会はアメリカシアトルに本部を持つ非営利団体で,飼い主・ボランティア・教育者・医療従事者・獣医師らで構成されている.臨床場面への動物導入において世界的に大きな働きをなし,且つ,研究面でのサポートも数多く実施・継続してきた.デルタのミッションは人間の健康・自立性・QOLを改善することを目的とした動物を用いた活動を支援することにあり,ペットパートナーズプログラムを作成し,AAA/AATを行ううえで適性を有する動物とハンドラーを認定している.
 IAHIOは1990年に設立された学術組織で,デルタ協会をはじめとして世界各地から19の団体が正規メンバーとして加盟している.正式発足前より国際学会を3年おきに開催しており,1995年ジュネーブ会議では動物と人間との関係についてのガイドラインを,1998年プラハ会議ではAAA/AATに関するガイドラインを,2001年リオデジャネイロ会議では動物介在教育に関するガイドラインをそれぞれ決議している.1995年のガイドラインには,AAA/AATは「正の強化法」を用いて訓練した動物のみを用いること,適切な飼養管理が現在までも,また今後も保障されている動物であること,動物に対する悪影響を防止する予防手段が講じられていること,動物介在が有効である状況でのみ用いること,関係者の安全,身体・精神的な保障,適切な役割と仕事量,プライバシー,リスクマネージメントなどを護るための規程が制定されていることが記されている.
 実際のところ,このガイドラインに合致したAAA/AATを行っている団体は日本には存在しないだろう.たとえば,筆者が所属するNPO北海道ボランティアドッグの会(1996年発足)は,2003年には2回の適性検査と道央圏を中心に29箇所の病院・施設に約220回,延べ1,200頭1,400人によるAAAを行った(登録頭数104頭).しかし,犬の適性チェック(別表)はしているものの,正の強化法により訓練された犬のみの集合ではないし,動物介在の有効性についてはその科学的な検証をまったく行っていない.もちろん,世界的に見てもこのガイドラインに沿ったAAA/AATが行われているのは少数といえよう.しかし,世界で中心的にこれらの活動を行ってきた各国の団体がこのようなガイドラインを決議したこと自体に大きな意味があるし,今後の活動展開に当たって正しい指標が提示されたと考えられる.
 新聞に掲載されたのでご存知の方もいらっしゃると思うが,日本では「セラピードッグ」という呼称が商標登録されたことにより,ボランティアがこの呼称を用いての普及活動に難が生じた時期があった.1999年12月に商標登録無効審判の請求が大阪の植田勝博弁護士を中心として多くの団体・個人らの手により行われ,2002年2月結審し,無効審判請求が認められた.これをきっかけとして,全国でアニマルセラピーに従事している団体が団結し,情報を共有,おたがいに向上することを目的に2003年3月,日本セラピードッグネットワークが立ち上がった.代表は東京大学の林良博氏,ペット法学会の吉田真澄氏,事務局が前出の植田勝博氏である.この会の今後の発展と前進を期待したい.日本におけるAAAの先駆者は社団法人日本動物病院福祉協会である.「コンパニオンアニマルパートナーシッププログラム(CAPP)」を1986年から立ち上げ,全国規模の活動を通じてその普及に努めている.学術団体としては1995年設立のヒトと動物の関係学会,1990年設立の比較心身症研究会がある.その他にも地方の獣医師会を始めとする諸団体または小さなグループが数知れずAAA/AATに取り組んでいるのが現状である.
 これに伴い,全国各地から,まったく,またはほとんど適性検査をしていない動物を使用してAAA/AATを行っている個人・グループが存在するという現況が報告されている.また,適性検査は名ばかりで適性があるとは思われない動物が用いられている例,すなわち動物にストレスがかかっていることが明らかである例,動物間の咬傷事故,動物の有効活用ができていない例など,決して放置できる状況ではない.ボランティア活動であるがゆえに,わずかなつまづきが飼い主や動物をAAA/AATから引き離す要因になりうるし,AAA/AATの社会的な評価を一気におとしめる可能性をはらんでいる.
 AAA/AATの共通点はもちろん動物が介在していることにある.われわれ獣医師は動物の健康と福祉を守るという使命を持つことが明確である以上,社会の要請に従ってAAA/AATに積極的に関与していくことが可能な存在である.具体的には,動物の性質,行動,健康状態を判断し,適性のある動物のみを選択することにより動物福祉にかなったAAA/AATが遂行されるようにサポートすること,動物の能力を十分に引き出しつつも個体の健康と福祉に配慮したAAA/AATプログラム内容の作成や審査(もちろん,これは人医療側との共同作業である)に携わること,使用動物のアフターケアー指導などが獣医師として行うべき作業内容ということになろうか.もちろん,獣医師を離れて,「動物好き」の本性を現わし,自分の飼育動物とともにボランティア活動に励むのも結構である.
 北海道ボランティアドッグの会でAAAに携わっている飼い主達は獣医師に対して活動内容の指導,飼育開始前の動物選択に関するアドバイス,適性を向上させるための飼育・訓練方法,活動中の動物のストレスについての研究,活動前の健康チェック,活動中の行動チェック,適性のある飼い主と動物を活動団体に紹介すること,協賛金への協力など多くの要請・要望をあげている(personal communication).実際われわれ獣医師がこれらすべてに応えることができる知識を持ち合わせているかどうかはなはだ心もとない.しかし社会からの要求として耳を傾け,努力すべき時代を迎えているではないのだろうか.
 顧みて,獣医学教育に「ヒューマンアニマルボンド」「AAA/AAT」が取り入れ始めたのは至極最近のことで,ほとんどの大学は現在でもこれらのカリキュラムを持たない.現代社会がわれわれに求める獣医師像の変化に教育が追いついていない現状がここにはある.そこで,実社会においては関心を持つ獣医師が個人的または団体としてボランティアを展開してきている.卒後教育としてAAA/AAT教育をプログラムに持つ大学は存在せず,ボランティアに携わっている獣医師から情報提供を求める声が上がっている一方で,大学への期待を持つこともなく,少ない知識の中で孤軍奮闘している姿もみられる.あわせて,非常に残念なことであるが,一般人からAAA/AATに関する獣医師の意識の弱さ・知識の欠如が指摘されている.また,別の問題として獣医師や動物関係者から最近相談を受けるのが,医療関係者がアニマルセラピーと称して精神疾患または障害を持った方に動物飼育を無責任に薦める例である.動物福祉が守られない飼育環境の中で動物が問題行動を呈するにいたる情況も生じている.
 私立獣医科大学協会は2002年度より麻布大学の赤堀文昭教授を委員長として動物介在療法教育検討委員会を発足させた.この委員会の目的は日本における獣医学科の学生へのAAA/AATの教育・研究を進めるに際し,カリキュラム変更が比較的容易である私立大学において教育を開始することの可否,プログラム内容の検討にある.AAA/AATの有効性が認知されて久しいが,前述した適性を欠く動物の使用や不適切な治療計画を含め,不利益な部分をもあわせた総合的検証が必要な時期に来ているのが事実で,教育プログラム検討のために必要とされる研究が多く残されている.日本で行われるAAA/AATを国際的な基準に合致したものへと成長させるために,また獣医師の卵たちに適切な教育を授けるために,獣医師諸氏のご理解とご協力を賜ることを願っている.
 





† 連絡責任者: 内田佳子(酪農学園大学獣医学部獣医学科獣医外科学第二教室)
〒069-8501 江別市文京台緑町582
TEL 011-388-4762 FAX 011-388-4762