資 料

家畜衛生研修会(病性鑑定病理部門,2002)*†
における事例記録(IV)


Proceedings of the Slide-Seminar held by the Livestock Sanitation Study Group
in 2002*†, Part IV


(2003年4月1日受付・2003年6月3日受理)

 〈事例報告No. 24〜34(前号)からつづく〉
 
事 例 報 告

35.豚の血管炎と糸球体腎炎をともなった非化膿性間質性腎炎
〔清水稚恵(北海道)〕
 交雑種,雌,4カ月齢,斃死例(死後約半日で剖検).繁殖雌豚100頭規模の一貫経営の養豚場で,2002年5月から約4カ月齢の豚に呼吸器病が散発し始めた.6月に食欲低下および腹式呼吸などの呼吸器症状を呈し,発病後5日目に斃死した1頭について病性鑑定を実施した.
 剖検では,胸腔内に黄色で混濁した胸水が貯留し,胸膜および心外膜に広範囲にフィブリンが付着していた.肺は肝変化し,間質は水腫性で,気管気管支リンパ節は腫大していた.腹腔内には少量の腹水を認め,腸管漿膜面にフィブリンの付着を認めた.肝臓は直径5mmのミルクスポットが散在していた.腎臓には左右とも白斑が散在し,直径1cm程度の嚢胞を認めた.膀胱にはフィブリンを含んだ尿が貯留していた.
 組織学的に,腎臓はすべての糸球体が萎縮性でボウマン腔は拡張し,腔内には線維素の析出および蛋白液の貯留を認めた(図35).尿細管腔内には蛋白液が充満し,マクロファージや好酸球などを含むものも見られ,近位尿細管上皮細胞質内には硝子滴状物も認められた.間質には形質細胞主体の単核細胞および好酸球が浸潤し,特に腎小体周囲に顕著に認められた.また,腎盤や髄質の動脈にフィブリノイド壊死や炎症細胞の浸潤,結合組織の増生が認められた.抗PRRSV抗体を用いた免疫染色では,ボウマン嚢内,ボウマン嚢周囲に浸潤している炎症細胞および変性や炎症のみられた血管壁にそれぞれ少量の陽性抗原を認めた.抗PCV抗体を用いた免疫染色では,尿細管上皮細胞質内,尿細管管腔内の炎症細胞内および間質に浸潤している炎症細胞内に陽性抗原を認めた.また,抗Pasteurella multocida 抗体を用いた免疫染色では,陽性抗原は認められなかった.
 その他,心臓に好中球,好酸球および単核細胞の浸潤をともなった線維素性心外膜炎,肺に線維素性化膿性胸膜炎と実質にうっ血および水腫,非化膿性間質性肺炎および化膿性気管支肺炎が認められた.また,肝臓に好酸球の浸潤をともなった小葉間結合組織の増生および実質内に化膿巣を認めた.
病原検索では,肺と気管気管支リンパ節からPasteurella multocida が,気管気管支リンパ節からStreptococcus sp. が分離された.ウイルス学的検査では,肺および心臓血からPRRSV遺伝子を検出した.
本症例は,PRRSおよびP. multocida 感染症と診断された.
図35
ボーマン嚢内への蛋白液の貯留と間質の単核細胞浸潤
(HE染色 ×200).
 

36.Streptococcus bovis II感染豚にみられた腎臓の血栓症
〔水野恵子(岐阜県)〕
 WLD種,雌,130日齢,斃死例(死後6時間以上で剖検).繁殖母豚180頭を飼養する一貫経営農家で,2002年2月,肥育豚が斃死した.農場の同一敷地内には,約80頭の肥育牛を飼養していた.
 剖検では,体表における全身性の発赤が,特に下顎部,腹部および腎部で顕著にみられた.内臓諸器官は充うっ血傾向で,各所のリンパ節は軽度に腫大し,脾腫が認められた.
 組織学的に,全身臓器において中等度から高度のうっ血を認めた.腎臓の糸球体毛細血管では硝子血栓を認め(図36),PTAH染色で青紫色に染まり,線維素であることが確認された.腎臓における血栓形成は全層性,動静脈ともに認められた.血管壁には線維素が析出し,血管内にはグラム陽性で短連鎖する球菌が確認された.周囲の近位および一部の遠位尿細管上皮細胞では空胞変性がみられた.肺では肺胞壁毛細血管に硝子血栓を認め,肺小葉間の動静脈内では線維素析出とグラム陽性短連鎖する球菌を確認した.脾臓では濾胞が消失し,多発性の壊死がみられた.濾胞周囲性に高度の線維素析出が認められ,実質ではびまん性にグラム陽性球菌を確認した.肝臓では小葉間動静脈,中心静脈における線維素析出と類洞内に硝子血栓を認めた.
 病原検索では,肝臓,脾臓,腎臓,肺,心臓および脳からStreptococcus bovis IIが純培養的に分離された.豚コレラウイルスは分離されなかった.
 細菌検査結果および組織検査結果から,本症例はStreptococcus bovis II感染による播種性血管内凝固であると考えられた.
図36
糸球体毛細血管の硝子血栓(矢印)(HE染色 ×400).
 

37.豚の非化膿性間質性腎炎をともなった中毒性尿細管壊死
〔石井正人(茨城県)〕
 LWD種,雌,約100日齢,斃死例(死後約1時間で剖検).母豚200頭を飼育する一貫経営農家で,2002年3月8,9日に延べ320頭にタイロシンを筋注したところ,3月12日朝までに100頭の豚が注射部位からの出血をともない斃死した.その後の調査で,3月1日に殺鼠剤が飼料タンクに混入していたことが判明した.
 剖検では,腎臓と肝臓に点状白斑がみられた.また,胃粘膜および胃内容物は茶褐色を呈し,小腸の内容物は黒色であった.脳に出血斑,皮膚病変部の皮下織から筋層にかけて重度の出血が認められた.全身のリンパ節にも腫大および出血が認められた.
 組織学的には,腎臓では皮質の近位曲尿細管上皮細胞の核の消失および細胞質の好酸性顆粒状化が巣状に認められ,急性尿細管壊死像を呈し,尿細管上皮の再生像も認められた(図37).また,中等度の間質性腎炎,皮質深部の尿細管上皮の空胞変性も散見された.その他に小葉中心性肝細胞壊死,非化膿性心筋炎,カタル性気管支炎,パイエル板の多核巨細胞形成,大脳,小脳および皮膚の出血もみられた.
 病原検査では,HPLCで腎臓,肝臓および給与飼料からワルファリンが検出された.PCRで肺と肝臓からPRRSVとPCV2の遺伝子が検出された.
 以上の結果から,本症例はワルファリン中毒と診断された.
図37
中毒性尿細管壊死(HE染色 ×200).
 

38.豚の腎臓における好酸球浸潤・リンパ濾胞形成をともなった非化膿性間質性腎炎および汎動脈炎
〔北村恵理(愛知県)〕
 交雑種,雌,5カ月齢,斃死例(死後約8時間で剖検).繁殖母豚160頭の一貫経営農場で,2002年5月から育成舎に移した豚が目立った臨床症状なく散発的に斃死(約5%)した.
 剖検では,浅頸,下顎,気管・気管支および腸間膜リンパ節の腫脹が認められた.肺では右後葉の膿瘍の周辺が胸膜に癒着し,全葉に水腫様変化がみられた.その他の臓器には著変がなかった.
 組織学的には,腎臓ではおもに葉間動脈に内弾性板の断裂・消失,中膜の類線維素壊死をともなう動脈炎が認められ,動脈周囲には形質細胞や好酸球が多数浸潤し,リンパ濾胞が形成されていた(図38).皮質間質には形質細胞主体の単核細胞浸潤巣が多発していた.回腸では,パイエル板のリンパ球が軽度減数し,リンパ濾胞内・外の大型単核細胞に両染性核内封入体が認められた.同様の封入体は口蓋扁桃,脾臓および腹腔のリンパ節にも認められた.リンパ節では細網細胞と毛細血管の増生をともない,辺縁洞と中間洞が拡張していた.その他,非化膿性間質性肺炎および非化膿性髄膜脳炎,脾臓の多発性小壊死巣が認められた.
 病原検索では,肝臓,腎臓,脾臓,肺および脳からStreptococcus suisが分離された.腎臓,回腸,肺,リンパ節および扁桃の免疫組織化学的検査では,PCV2およびPRRSウイルスの抗原は検出されなかった.電顕検査では,回腸などの封入体にウイルス粒子は検出されなかった.
 本症例はS. suisによる病変が確認されなかったことから,死因の特定は困難であった.
図38
好酸球浸潤・リンパ濾胞形成をともなった
非化膿性間質性腎炎および汎動脈炎(HE染色 ×50).
 

39.鶏の腎臓における軽度の尿細管炎および間質のリンパ球集簇
〔塚本智子(京都府)〕
 採卵鶏,雌,172日齢,鑑定殺.自家育成鶏20,000羽を110日齢で成鶏舎へ移動した後,160日齢頃から腹部膨満に畜主が気づき,発症鶏3羽を病性鑑定した.伝染性気管支炎(IB)ワクチンは接種済み(5・15・35日齢:生ワクチン,80日齢不活化ワクチン,計4 回)であった.
 剖検では,全羽に腹部膨満があり,卵管に嚢腫が認められ,500〜660mlの無色透明液が貯留していた.腎臓には肉眼病変はみられなかった.
 組織学的には,腎臓では一部の近位尿細管上皮細胞の軽度の変性・壊死と偽好酸球の浸潤,間質における軽度なリンパ球浸潤を認めた(図39).多くのリンパ球集簇部には尿細管の病変はみられなかった.卵管膨大部では,卵管の著しい萎縮,腺組織の高度減少および固有層・筋層・漿膜下組織の水腫を認めた.気管では粘膜固有層にリンパ濾胞の形成,肺では軽度のうっ血および水腫を認めた.
 病原検索では,気管,腎臓および卵管貯留液を用いたPCRにより気管および腎臓からIBウイルス核酸が検出されたが,ウイルスの性状は不明であった.腎臓乳剤上清の発育鶏卵尿腔内接種で3代継代した鶏胚の発育不良を認め,尿腔液はIBVのPCR陽性であった.主要臓器から病原性細菌は分離されなかった.
 本症例の腎臓の組織変化は,IBウイルスによる特徴的病変とはみなされなかった.本症例は幼雛期のIBウイルス感染により,成長後卵管嚢腫を発症したものと思われた.
図39
軽度の尿細管炎および間質のリンパ球集簇(HE染色 ×200).
 

40.牛の膵硬変
〔渡邉史郎(広島県)〕
 ホルスタイン種,雌,85日齢,斃死例(死後約6時間で剖検).本症例は生後2日頃から下痢を呈し,抗生剤および止寫剤を投与したが治癒せず,食欲があるものの徐々に衰弱して80日齢頃より起立不能となり,85日齢で斃死した.
 剖検では,膵臓は著しく硬化・萎縮し,割面はモザイク状であった.咽頭と鼻腔粘膜に苔様物が付着し,第一胃から第三胃に灰緑色泥状内容物を少量認め,第四胃粘膜は浮腫性に著しく肥厚していた.帯黄色透明な胸水と腹水が増量し,左右肺とも前葉と中葉が斑状に肝変化していた.右側膀胱円索は直径約2cmの瘻管様を呈した.胸腺は著しく萎縮していた.
 組織学的に,膵臓では外分泌腺は著しく減数し,腺房細胞の形態は不整で細胞質内に少数の好酸性滴状物を認め,一部の腺腔に好中球が滲出していた.ランゲルハンス島は水腫性で,軽度の好中球浸潤が散見された.小葉間結合組織は軽度のリンパ球と好中球の浸潤および水腫をともなって著しく線維化し,小葉間導管は増数していた(図40).膵管では粘膜固有層に軽度のリンパ球浸潤が認められた.その他,真菌性舌炎,前胃炎,右膀胱円索の膿瘍形成および限局性の化膿性気管支肺炎が認められた.
 病原検索では,膀胱円索からProteus vulgaris が,腹水からStreptococcus sp.が分離された.ウイルスは分離されなかった.
 以上から,本症例は先天的に膵臓形成不全が存在し,慢性に経過して膵硬変および膵機能不全となり斃死したと考えられた.
図40
外分泌腺の萎縮,小葉間結合組織の増生
(HE染色 ×50).
 

41.牛の乳腺導管上皮細胞にBHV-4による好酸性核内封入体をともなった化膿性乳腺炎
〔宮野英喜(福島県)〕
 ホルスタイン種,雌,6歳,斃死例(死後約3日で剖検).福島県下の乳肉兼業農家で飼養されていた1頭の搾乳牛が,分娩直後より乳房の硬結感をともない盲乳となり,治療の効果なく分娩後15日目に斃死した.
 剖検では,乳房の硬結感は触知されたが,乳房と乳頭の皮膚に病変は観察されなかった.その他の臓器は死後変化が高度であったため採材しなかった.
 組織学的には,乳腺では小葉間および小葉内導管に上皮細胞の壊死・剥離,導管内に著しい好中球滲出,導管周囲にリンパ球およびマクロファージ浸潤が観察された.導管上皮細胞には好酸性核内封入体が認められ(図41),免疫組織化学的検査で封入体に一致して抗Bovine herpes virus 4(BHV-4)抗体(動物衛生研究所)に対する陽性反応が観察された.小葉内に腺上皮細胞の壊死,腺腔への好中球滲出が認められた.透過型電子顕微鏡検査では,封入体を有する細胞の核内および細胞質内にヘルペスウイルス粒子が確認された.
 病原検索では,乳腺のパラフィンブロックからPCRによりBHV-4の遺伝子が検出され,凍結保存されていた乳腺からBHV-4が分離された.
 過去に乳房炎の牛の乳からBHV-4を分離,ないしBHV-4遺伝子を検出したという報告はあったが,本症例ではウイルスが病変に関与することを初めて病理学的に証明した.本症例により,BHV-4が牛の乳房炎に関与することが強く示唆された.
図41
乳腺導管上皮細胞にBHV-4による好酸性核内封入体を
ともなった化膿性乳腺炎(HE染色 ×200).
 
〈事例報告No. 42から次号へつづく〉

 

* (独)農業技術研究機構動物衛生研究所(〒305-0856 つくば市観音台3-1-5)
* National Institute of Animal Health (3-1-5 Kannondai, Tsukuba,305-0856)
† 連絡責任者: 三上 修((独)農業技術研究機構動物衛生研究所毒性病理研究室)
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† Correspondence to : Osamu MIKAMI (National Institute of Animal Health)
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