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本病は1997年以降香港で4度発生している.その概要を紹介する.
1.1997年の発生 |
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香港北部の新界地区は中国本土に面した山村地帯で,1997年5月にここの養鶏場でH5ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが発生した[24].同じ時期に,5歳の男子が肺炎と多臓器不全で死亡した.8月にその患者からこれまで人に感染したことのないH5亜型のウイルスが分離され,人に病原性が強い可能性が示唆された.幸い,ウイルスの遺伝子断片はすべてトリ型で,人でただちに大流行する可能性は低かった[21].
11月〜12月になって,H5ウイルスが生鳥マーケットの家禽類でふたたび分離されるようになり,同じ頃に17名感染して5名が死亡した[24].感染者は生鳥マーケットで鶏と接触したか,生鳥マーケットの近くに住んでいたことから,H5ウイルスが鳥から人へ直接感染した可能性が指摘された.鳥感染を絶たなければ,人感染者が増えるばかりか,人で大流行するウイルスに変異する可能性があった.
香港政府は,12月24日以降中国本土から家禽類を輸入することを禁止し,12月29日から全家禽類の処分を開始したところ,人感染も終息し,感染源は鶏と確認された.淘汰前の生鳥マーケットのH5ウイルス保有率はアヒル2.4%,ガチョウ2.5%,鶏19.5%であり,1980年頃(それぞれ0.25%,0.07%,0%)と比較べ高率であったことが確認されている[23]. |
遺伝子解析:1997年に患者から分離された株と鶏から分離された株はともに高病原性株で,両者は高い相同性(99%以上)を示した[2, 20, 21, 28].そのHA遺伝子は1996年に広東省の農場で死亡したガチョウから分離されたH5ウイルス(Gd/96株)[27]と近縁で,NA遺伝子は香港のカモから分離された株[Teal/W312/97(H6N1)][11]に類似していた,また,他の内部遺伝子(M,NP,NS,PA,PB1,PB2)は香港で分離されたカモのH6ウイルス[Teal/W312/97(H6N1)]又はウズラのH9ウイルス[Quail/G1/97(H9N2)]に近かった[3,
5, 6, 7, 11].これらのことから,1997年のウイルスは3種類のウイルスが生鳥マーケットで出合い,遺伝子交雑を起こして誕生したと考えられている[12, 22]. |
病原性:18名の感染者は多臓器不全を示す重症の患者から軽い呼吸器症状を示す患者まで,その症状は多様であった.分離ウイルスはいずれの株もマウスに高い病原性を示したが,その程度には違いがあり,ウイルス1個でマウスを殺す病原性の大変強い株と,1000個以上なければ殺さない株に分かれた.これまでの高病原性ウイルスはマウスを殺すのに約100万個以上必要なことから,1997年のウイルスはマウス病原性が高いこと,人病原性はマウス試験である程度推定できることが明らかになった[4].また,マウス病原性は複数の遺伝子によって規定されているが,中でもPB2蛋白質の627番目のリジンが重要なことが分かった[10].
鳥類では鶏・ウズラは高率に死亡し,ガチョウとエミュ―は神経症状を示し髄膜脳炎・心筋炎・膵炎になるが,アヒルとハトは無症状であった[17]. |
2.2001年の発生 |
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香港大学は1998年から,広東省から香港の水禽類卸売市場に輸入されてくるガチョウ・アヒルについて,定期的にウイルス調査を実施している.1999〜2000年になってこれらの水禽類からH5ウイルスが分離されるようになった.そのウイルスはH5ウイルス(Gd/96株)と未知の水禽類のウイルスが遺伝子交雑して生まれた新しい遺伝子型であった(遺伝子型BおよびC).この水禽類は卸売市場で肉処理されてから販売されるために鶏の汚染源にはなりにくい.
ところが,2001年になって,生鳥マーケットの陸生家禽からもH5ウイルスが分離され始めた[9].1月に1株,4月に11株が分離された.4月の時点では死亡は目立たなかったが,5月中頃になって急に増加し始めた.香港政府は個別では対応できずに,生鳥マーケットの家禽類と,まだ感染がなかった養鶏場の家禽類(120万羽)をすべて処分した. |
遺伝子解析:1997年の分離株は単一の遺伝子型であったのに対して,2001年の分離株は5つの遺伝子型に分かれていた(A,B,C,D,E)[9](図1).最初に生鳥マーケットで分離されたウイルスは遺伝子型Cで,続いて遺伝子型D,B,Eが現れ,最後に遺伝子型Aが高率に分離されるようになった.遺伝子型Aの出現と死亡率の増加時期が一致していた.
ウイルスが生鳥マーケットを汚染していた2カ月間に,遺伝子型Cが香港を汚染していたH9ウイルスと遺伝子交雑を起こして,遺伝子型Dが誕生したことも分かった[9](図1).幸いにも,哺乳類に親和性のウイルスとの遺伝子交雑は起こらなかった. |
病原性:分離株は鶏,ウズラ,マウスに対して,1999年のガチョウ株よりも強い病原性を有していた[9](表1).中でも,遺伝子型A,B,Eは鶏を1日で死亡させるほど病原性が強かった.また,遺伝子型A,Cは,分離株の中ではマウス病原性が高いが,1997年のヒト株ほどではない. |
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