資 料

家畜衛生研修会(病性鑑定病理部門,2001)*†
における事例記録( II )

Proceedings of the Slide-Seminar held by the Livestock Sanitation Study Group in 2001*†, Part II .


(2002年2月25日受付・2002年7月17日受理)

〈事例報告No. 1〜23(前号)に続く〉

24.タヌキのジステンパーウイルスによる巨細胞と封入体の形成を認める軽度な間質性肺炎
〔高井 光(石川県)〕
 ホンドタヌキ,雄,成獣,展示用,死亡例(死後約12時間).2001年5月から6月にかけて,県内の公共施設で展示用に飼育されていたタヌキ7頭が元気消失,食欲減退および呼吸速拍などの症状を示し,全頭が相次いで死亡したため,5頭について病性鑑定を実施した.
 剖検では,著変は認められなかったが,皮下や内臓漿膜面には乾燥感があった.
 組織学的に,肺では肺胞壁表面や腔内に多核巨細胞が散見され,肺胞壁の軽度の肥厚を伴っていた.一部の細気管支でも多核巨細胞の形成が認められ(図24),粘膜上皮細胞でまれに好酸性細胞質内あるいは核内封入体が観察された.細気管支腔内には,剥離した粘膜上皮細胞や細菌塊が観察された.好酸性細胞質内封入体は肝臓の小葉間胆管上皮細胞と膀胱の粘膜上皮細胞でもみられた.抗犬ジステンパーウイルスモルモット血清(化学及血清療法研究所)を用いて免疫組織化学的検査(ABC法)を実施したところ,膀胱粘膜上皮細胞の封入体に一致して陽性反応が観察された.肺と肝臓では,非特異反応が強く,特異反応は明瞭ではなかった.
 病原検索では,ウイルス分離は陰性であったが,RT-PCR法で主要臓器,小腸および大腸からジステンパーウイルス(Asia/H1タイプ)核酸が検出された.細菌検査では主要臓器よりEscherichia coli(β溶血性,Vero毒素非産生)とStreptococcus canisが分離された.
 本症例はタヌキのジステンパーと診断されたが,過去の本研修会提出事例と比較して病変は軽度であった.
図24 細気管支粘膜における多核巨細胞の形成(HE ×400).

25.カブトホウカンチョウにみられた鳥型結核菌による肺結核症
〔伊藤麗子(埼玉県)〕
 カブトホウカンチョウ,雄,年齢不明,観賞用,死亡例(死後約6時間以上).県内の動物園が業者を通じて輸入し,糞便から抗酸菌が分離された鳥の中の1羽である.鳥は削痩し,総排泄口周囲は緑色便で汚れていた.
 剖検では,心臓から右肺前葉にかけ直径4cmおよび9×3cmの腫瘤が認められた.腫瘤割面は分葉状で,比較的大きな小葉は中心部にチーズ様物を容れていた.
 組織学的には,肺の腫瘤は乾酪壊死巣,類上皮細胞およびラングハンス型巨細胞を伴う結核結節と類上皮細胞・多核巨細胞性結節からなっていた.結節間にはリンパ球,形質細胞浸潤と線維増生が観察された(図25).類上皮細胞結節は,肝臓,脾臓,腎臓および十二指腸粘膜でも観察された.各リンパ小節は壊死を伴った肉芽腫性病変に置換されていた.チール・ネルゼン染色では,肺の腫瘤,腎臓,十二指腸およびリンパ小節にみられた類上皮細胞と多核巨細胞の細胞質内に多数の抗酸菌が認められた.肺について抗 Mycobacterium avium 2型モノクローナル抗体(動物衛生研究所)を使用し免疫組織化学的検査(SAB法)を実施したところ,類上皮細胞および多核巨細胞の細胞質内に陽性反応が観察された.
 病原検索では,腫瘤割面押捺標本のチール・ネルゼン染色で抗酸菌が多数確認された.また,腫瘤と肺から抗酸菌が分離され,この抗酸菌はHDラテックス凝集反応とPCR法によるIS901遺伝子の検出により鳥型結核菌の2型と同定された.
 以上の結果から,本症例は鳥型結核菌による結核病と診断された.
図25 中心部の壊死巣が多核巨細胞,類上皮細胞,リンパ球および形質細胞に包囲されている(HE ×400).

26.牛の悪性カタル熱における腎臓の多発性動脈炎
〔仲村和典(福井県)〕
 黒毛和種,雌,11歳,死亡例(死後約10時間).肉用牛25頭を飼養する農家で,2001年3月24日に繁殖牛(5月9日分娩予定)が41.6℃に発熱,元気沈衰したため治療を行ったが,3日間40℃以上の熱が稽留した.3月28日には38.4℃になったが,起立不能となり,29日朝死亡を確認した.なお,同一舎内に緬羊(サホーク種)9頭が同居していた.緬羊は5年前より同居していたが,最近2年間に分娩したものはなかった.
 剖検では,可視粘膜,気管粘膜が暗赤色を呈し,心外膜に点状出血がみられた.第一胃内容は著しく水分に富んでいたが,結腸以下の内容は乾燥し硬結していた.胎子には中等度の死後変化がみられた.
 組織学的には,腎では小動脈の血管壁に軽度の類線維素壊死が認められ,血管周囲および中膜にリンパ球が浸潤していた(図26).また,尿細管間質の細胞浸潤もわずかに認めた.このような血管の病変は脳,肺,気管,肝,脾,食道,胎盤にもみられた.胎子には特に病変を認めなかった.
 病原検索では,主要臓器と白血球からPCRで羊ヘルペスウイルス2型の遺伝子断片を検出した.同居牛10/25,緬羊9/9の白血球から同遺伝子を検出した.同居牛6/25のELISA抗体は陽性であった.
 以上により,本例は悪性カタル熱と診断された.
図26 小動脈周囲および血管壁のリンパ球を主体とする単核細胞浸潤,中膜平滑筋の壊死(HE染色 ×100).

27.豚の非化膿性間質性腎炎
〔甲斐貴憲(大分県)〕
 肉用豚,3カ月齢以上,鑑定殺.母豚417頭規模の養豚農場において,2001年2月に,特に臨床症状はないものの発育不良となる個体が増加したため,原因究明のため鑑定殺により病性鑑定を実施した.
 剖検では,脾臓の辺縁部に出血がみられ,腹水が少量貯留し,腹膜の肥厚も軽度に認められた.
 組織学的には,腎臓では,間質の広範囲に渡りリンパ球・形質細胞の中等度浸潤が認められた(図27).肝臓の小葉間結合組織および小葉内の広範囲にリンパ球・形質細胞の中等度浸潤がみられた.脾臓では脾小節にラングハンス型巨細胞形成とマクロファージの増数が認められた.心臓では心筋線維間に軽度から中等度のリンパ球・形質細胞浸潤がみられた.肺では肺胞中隔に軽度のリンパ球,マクロファージの浸潤がみられ,気管支・細気管支周囲のリンパ組織は軽度に増生していた.大脳,小脳,中脳,橋,延髄では髄膜にリンパ球・マクロファージの浸潤がみられ,実質内では軽度の囲管性細胞浸潤が認められた.腸間膜リンパ節では多くのリンパ濾胞に壊死が認められ,リンパ洞に多核巨細胞も散見された.
 病原検索では,主要臓器から病原細菌は分離されなかった.各臓器の凍結切片を用いた蛍光抗体法により豚コレラウイルスおよびオーエスキー病ウイルス抗原は検出されなかった.
 非化膿性髄膜脳炎,間質性肺炎,非化膿性心筋炎,腸間膜リンパ節や脾臓などの肉芽腫性炎の所見から,本症例は離乳後多臓器性発育不良症候群(PMWS)が疑われた.
図27 腎の間質にリンパ球の浸潤が認められる(HE染色 ×100).


28.豚皮膚炎腎症症候群と診断された豚の糸球体腎炎と間質性腎炎
〔山田みちる(徳島県)〕
 LWD種,去勢雄,4カ月齢,死亡例(死後約半日).繁殖雌豚60頭規模の一貫経営農家において,2001年4月21日,1頭に全身性の発疹を発見した.21日,22日にペニシリンを投与したが23日朝に死亡した.
 剖検では,全身の皮膚,特に四肢部,会陰部に痂皮を伴った大小の発疹が多発していた.腎臓は左右とも顕著に腫大し,色調は不均一で微細顆粒状に褪色し,表面および割面に点状出血が密発していた.
 組織学的には,腎臓はほとんどの糸球体嚢の内腔に出血,線維素の析出がみられ(図28),その程度は軽度なものから圧迫により糸球体が偏在または消失しているようにみえるものまでさまざまであった.間質には中等度の線維増生と単核細胞浸潤がみられた.尿細管は上皮細胞の配列の不整,管腔の拡張が著明であり,一部の近位尿細管上皮細胞質内には硝子滴変性がみられた.皮膚は表皮から真皮にかけて化膿性炎がみられた.皮膚の真皮層,脾臓,食道,胃,結腸に壊死性血管炎が認められた.抗 Porcine circovirus-2(PCV2)抗体(動物衛生研究所)を用いた免疫組織化学的染色では,扁桃,腸間膜リンパ節の細網細胞細胞質内に陽性抗原を認めた.
 病原検索では,肺,脳から非溶血性大腸菌および Bordetella bronchiseptica ,皮膚病巣からブドウ球菌およびStreptococcus dysgalactiae ssp. equisimilis を分離した.
 剖検で皮膚の発疹と腎臓の点状出血,組織学的に糸球体腎炎と全身性壊死性血管炎を確認したことから,本例は豚皮膚炎腎症症候群(PDNS)と診断された.
図28 ボウマン腔には出血,線維素の析出がみられ,間質には著しい単核円形細胞の浸潤が認められる(HE染色 ×200).

29.豚の慢性糸球体腎炎
〔水野恵子(岐阜県)〕
 交雑種,雄,109日齢,死亡例(死後約6時間).母豚100頭を飼育する一貫経営農家で,2001年5月31日に肥育豚が突然死亡した.
 剖検では,散在性の紫斑,全身リンパ節の充血と腫大,胸水および暗赤色を呈する腹水の貯留,腎臓における点状出血がみられた.
 組織学的に,腎臓の大部分の糸球体ではボウマン腔内への出血と高度の線維素の析出を認めた(図29).間質ではび漫性高度の好中球,単核円形細胞および好酸球の浸潤を認めた.拡張した尿細管には蛋白尿が充満していた.中小動脈では血管壁の著しいフィブリノイド変性と出血,中膜から外膜の水腫および炎症細胞の浸潤を認めた.抗Streptococcus porcinus 血清(動物衛生研究所)を用いた免疫染色で尿細管上皮細胞内に陽性抗原が確認された.腎リンパ節では内膜の水腫様膨化を伴う軽度の血管変性を認めた.脾臓では高度のうっ血と濾胞の萎縮,中心動脈における血管変性と炎症細胞の浸潤を認めた.腸間膜および縦隔リンパ節は軽度に腫大し,濾胞におけるリンパ球の脱落,単核食細胞系細胞の増生および巨細胞がみられ,抗豚サーコウイルス2型血清(動物衛生研究所)を用いた免疫染色で特異抗原が確認された.肺ではうっ血と水腫を認めた.
 病原検索では,すべての実質臓器からβ溶血性レンサ球菌(Streptococcus dysgalactiae Streptococcus por-cinus )が分離された.
 本例の腎病変はβ溶血性レンサ球菌によるIII 型アレルギーにより誘発されたものと推察された.
図29 ボウマン腔内に出血と線維素析出が認められ,ボウマン嚢壁は線維性に肥厚し,間質に好中球,好酸球,単核円形細胞の浸潤を伴う(HE染色 ×200).

30.豚の腎臓の糸球体萎縮および硬化
〔坂本徹朗(熊本県)〕
 交雑豚,雌,50日齢,死亡例(死後約8時間).繁殖母豚70頭を飼養する農家で,2001年6月に明らかな臨床症状を示さず47〜50日齢で死亡した5頭の子豚の中の1例である.
 剖検では,肺は全葉にわたり暗赤色化し,胸壁と中程度に癒着していた.右中葉に拇指頭大の膿瘍が見られ,気管支内には泡沫が充満していた.その他の臓器には異常はみられなかった.
 組織学的には,腎臓に萎縮した糸球体が散在し(図30A),一部の糸球体はエオジン好性顆粒状基質で占められ,細胞は著しく減少していた(図30B).輸入細動脈の類線維素変性もみられた.間質には単核細胞が浸潤しているところや線維化が起こっているところも軽度にみられた.肺では膿瘍がみられ,その周囲はうっ血・水腫性で炎症細胞の浸潤が認められた.
 病原検索では,脳および主要臓器からは細菌は分離されなかったが,抗Actinobacillus pleuropneumoniae(App)2型ウサギ血清(動物衛生研究所)を用いた免疫組織化学的染色により肺の膿瘍およびその周囲に陽性抗原が認められた.
 本例は,腎臓糸球体の病変は数が少なく死因とは考えられず,死因はApp2型による肺炎と診断された.
図30 子豚の腎臓にまれにみられた糸球体萎縮(A)および硬化(B)(HE染色 ×200).

31.尿細管低形成を伴う間質の膠原線維増生が顕著な豚の腎臓
〔村山修吾(新潟県)〕
 LWD種,雌,約5カ月齢,死亡例(死後約2時間).繁殖雌豚10頭を飼養する一貫経営農家において,2000年2月1日頃から肥育豚1頭に食欲低下が認められ,畜主の経過観察ではその後も採食せず,2月8日に死亡した.
 剖検では,外貌は同月齢に比べやや削痩し,骨格筋は全身性に水腫状であった.腎臓は両側性に腫大・褪色し硬結感があり,割面では髄質領域が狭かった.
 組織学的には,腎臓は両側とも皮質から髄質境界部の間質に膠原線維の著しい増生がみられた.尿細管は正常に比べ減数し,萎縮や拡張による管腔の大小不同,不整形化が顕著であった.腎小体の多くはボウマン嚢が拡張して蛋白尿を容れており,ボウマン嚢壁の軽度な出血を伴う肥厚,糸球体の萎縮も散見された(図31).糸球体内,ボウマン嚢内および肥厚した壁やその周囲に好中球の浸潤,尿細管腔内に蛋白尿や好中球浸潤,硝子滴状物が認められ,増生した間質にも単核細胞主体の細胞浸潤が巣状に認められた.また,髄質領域においても膠原線維が増生し,単核細胞浸潤も認められた.
 本症例は,尿細管低形成に加え,間質における膠原線維の顕著な増生が特徴であり,膠原線維の増生は尿細管低形成に伴う代償性の反応と思われるが,いずれも先天的異常が疑われ,本来の腎低形成とは病態が異なる非常にまれな症例であった.
図31 間質は膠原線維が著しく増生し,矮小な尿細管は減数している.糸球体ボウマン嚢壁は肥厚し,糸球体の萎縮もみられる(HE染色 ×100).