臨床検査所見
 
 人では発病期から蛋白尿,白血球増加,血沈の促進,CRP陽性などの所見がみられる.尿蛋白質は発病初期から認められ,尿量は減少する.第1週から2週のはじめにかけて,レプトスピラの排菌がおこる.血液像では白血球特に好中球の増加,リンパ球減少,重症例では貧血,血小板減少がみられる.黄疸を呈した重症例でも血清中のGOT,GPT,LDHは正常ないし,一過性の上昇にとどまる.黄疸の発症要因は胆毛細管の肝内性閉塞に伴う胆汁のうっ滞によるためと思われる.尿窒素は増加する.また,血液より遅れて髄液中にもレプトスピラが出現する.

 治  療
 
 レプトスピラ病の経過は速やかであるので,治療の開始の遅れは致命的となることがある.遅くとも第5病日までに治療を開始しないと,十分な効果は期待できない.日本では小林らにより人のレプトスピラ病にはストレプトマイシン1日1〜2gずつ,2〜4日間筋注が推奨されている.ゲンタマイシン,トブラマイシン,イセパマイシンでもほぼ同様の効果が期待できる[12, 16].感染の可能性が危惧される場合は,予防的ストレプトマイシン投与が有効である.欧米ではペニシリン,オキシテトラサイクリンが使用されるが,長期間大量投与する必要がある.また,梅毒のペニシリンによる治療開始後,2〜24時間にみられるJarisch-Herxheimer反応(破壊された菌体成分によると思われる発熱,低血圧を主徴とするショック)が,レプトスピラ病の治療でもみられる場合があるので注意が必要である.

 診  断
 
 レプトスピラ病の診断は臨床的診断と病原体の分離または証明,血清診断,遺伝子診断などの確定診断により行われる.
(1)臨床材料からのレプトスピラの検出(顕微鏡法)
  最もレプトスピラの観察に適するのは暗視野鏡検法である.第1病週の患者血液(低速遠心上清)と髄液,第2病週以後は尿中(高速遠心沈渣)にみられる特有の運動と特徴的形態を観察する.しかし,これらの体液1ml中に104個以上の菌数が必要である.感染組織中のレプトスピラの証明には,銀染色法,Warthin-Starry染色,あるいは特異的抗血清を使用した間接蛍光抗体法が用いられる.
(2)病原体の分離
  血液,脳脊髄液,尿試料を5-フルオロウラシルを添加したEMJH培地,またはKorthof培地などに接種し,30℃,2週〜3月間培養する.初代培養は特に増殖に時間がかかる.10mlの培地に対して,患者から採取した血液1〜2滴をベッドサイドでただちに接種する.第2病週以後では,レプトスピラは尿中に排泄されるが,尿中レプトスピラはそのままでは速やかに死滅するので,材料の処理を迅速に行わなくてはならない.ただちに遠心し,沈渣をリン酸緩衝生理食塩水に再懸濁し,培地に接種する.
(3)血清診断
 特異抗体は8〜10病日に現れはじめ,3〜4病週で最高に達する.
 顕微鏡凝集反応(microscopic agglutination test, MAT):古典的診断法であるが,血清診断のゴールデンスタンダードである.Korthof培地培養の新鮮菌液(1〜2×108/ml)を,急性期,回復期(2病週)のペア血清とマイクロプレート中で反応させ,50%凝集をもって陽性と判定する.ペア血清で4倍以上,単一血清では通常64〜100倍以上を陽性とする.血清型特異的なので,流行血清型を把握した上で,抗原株を選択する必要がある.
 マイクロカプセル凝集反応(MCAT):日本で流行が予想される血清型6種抗原を音波破砕し感作したマイクロカプセルを用いた受身凝集反応で高感度にIgM抗体を検出できる.広く多くの血清型に交差するとされるが,一部の血清型とは交差反応しないとの報告もある[2, 3].
 ELISA:多数試料の処理,自動化が可能である.標準化された抗原調製法がなく音波破砕,加熱全菌などが使われる.血清型特異性はない.
(4)遺伝子診断法
 PCR法:鞭毛遺伝子,16S rRNA遺伝子を標的としたPCRが患者血液,尿等を材料として行われる.実施できる施設は限られる.

 最近の発生事例
 
 事例1.1999年7月から9月に沖縄県八重山地区においてレプトスピラ病の多発事例があった[23].15例の患者を確認し,患者分離株の性状解析,または患者血清の反応性により起因血清型を推定したところ,hebdomadis 7例,grippotyphosa 5例,pyrogenes 1例,kremastos 1例,血清型不明1例であった.この多発事例では患者の7名は観光ガイドやシーカヤックのインストラクターなど観光関連就業者であった.ほかは農作業,土木作業等が感染原因と推定される.このような多発が起こった原因として,この年は台風が少なく結果として降雨量が少ないため,汚染水が長期にわたり停滞したことが原因と推定されている.
 事例2.2000年10月の鳥取西部地震において,水道設備が停止したために井戸水を飲用して感染した事例が報告された[1].眼球結膜の充血,腹筋痛,黄疸など典型的レプトスピラ症の症状がみられた.汚染水から経口感染した珍しい事例であるが,自然災害時にはレプトスピラ症の発生の可能性も考慮すべき貴重な事例である.
 事例3.2000年8月にマレーシア・ボルネオ島で行われた耐久レースEco Challenge Sabah2000に参加し,トレッキング,水泳,カヤック,カヌー,ダイビングなどの競技に参加した26カ国304人のうち,米国人37名,英国人9名,フランス人3名,日本人1名が感染発症した[11, 21].特に,日本人の事例では,帰国後発症し,このレースに参加した外国人で発症がみられたことから,レプトスピラを疑い診断し確認された.

 終 わ り に
 
 レプトスピラ病は今日なお発展途上国を中心に,猛威を振るっていると考えられる.しかし,先進国では衛生環境の改善により患者は激減し,まれな感染症との意識が強い.このため,レプトスピラ研究者は世界的にも少ない.このため,発展途上国ではきわめて重要な感染症であるにもかかわらず,先進国からの十分な技術供与等がなされず,結果としてその実態は不明のままである.一方で,かつてのレプトスピラ病一大発生国であった中国では国立ヒトゲノムセンター(上海)を中心として,L. interrogans血清型laiの全ゲノム計画が進行中である.すでに2000年11月に一応の完了をみたとされるが,いまだその詳細は明らかにはされていない.一日も早くレプトスピラゲノム構造が解明され,その情報が新たな予防策の確立のために利用できる日が来ることを待ち望んでいる.
 本研究の一部は平成12年度,13年度厚生労働省厚生科学研究費新興再興感染症研究事業(主任研究者 増澤)の援助のもと実施された.
 本調査にご協力いただいた研究分担者,ならびに全国の検疫所,衛生研究所,大学関係者に深謝いたします.

 引 用 文 献
 
[ 1 ]   青木智宏,小泉信夫,渡辺治雄:自然災害時のレプトスピラ症,病原微生物検出情報,22(7),165(2001)
[ 2 ]   Arimitsu Y, Kmety E, Anayina Y, Baranton G, Ferguson IR, Smythe L, Terpstra WJ : Bull WHO, 72, 395-399 (1994)
[ 3 ]   Arimitsu Y, Kobayasi S, Akama K, Matuhasi T : J Clin Microbiol, 15, 835-841 (1982)
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[ 5 ]   Faine S:レプトスピラ症防疫指針,吉井善作訳,内田老鶴圃,東京(1987)
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[ 7 ]   Faine S : Leptospira and Leptospirosis, Medi Sci, Melbourne, Australia (1999)
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[10]   井戸 泰,伊藤 煕,和邇秀恒:日本内科学会雑誌,5,255-263(1917)
[11]   石崎有澄美,小泉信夫,渡辺治雄:ボルネオ島で感染したレプトスピラ症の1例,病原微生物検出情報,22(10),290(2001)
[12]   Kobayashi Y : J Infect Chemother, 7, 59-68 (2001)
[13]   小林 譲:化学療法の領域,8,680-688(1992)
[14]   小林 譲:日本医事新報,2219,26-32(1966)
[15]   小林 譲:新内科学大系,第23巻,肝疾患,中山書店,東京(1997)
[16]   小林 譲:化学療法の領域,17,2137-2145(2001)
[17]   Levett PN : Clin Microbiol Rev, 14, 296-326 (2001)
[18]   Marchall RB : Int J Syst Bacteriol, 42, 330-334 (1992)
[19]   中村正治:化学療法の領域,17,2154-2159(2001)
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[21]   坂本光男,相楽裕子,小泉信夫,渡辺治雄:マレーシア・ボルネオ島で感染したレプトスピラ症の1例,病原微生物検出情報,22(1),5-6(2001)
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