会議

「獣医学教育のあり方に関する懇談会」
答申について

  わが国の獣医学教育の環境は,多くの獣医関係者から,施設,設備および教官の陣容等,すべてにおいてきわめて不備であると評価され,獣医学教育関係者の間でも,その改善は切実かつ喫緊の課題とされており,国立大学獣医学科の再編整備も視野に入れた具体的な改善案が提示される等,積極的な活動が展開されてきた.
  一方,日本獣医師会としても,平成10年12月2日,獣医学教育の強化・充実に関する要請書を文部省高等教育局長(当時)に提出する等,これら関係者の活動を積極的に支援してきたところである.
  さらに昨年末,本会は,獣医学教育関係団体等で構成する獣医学教育関係者連絡協議会の代表として,関係各界の有識者により構成する「獣医学教育のあり方に関する懇談会」を設置し,[1]国・公・私立大学における獣医学教育の充実に関すること,[2]国立大学獣医学部の適正な規模および配備に関することについて諮問して(別 記1)各界有識者の意見を承り,平成13年2月,同懇談会により答申(別記2)をとりまとめていただいたので,紹介する.

別 記 1

諮   問   文

1.諮 問 事 項

 獣医学に対する社会の要請と,獣医学教育の国際的な動向に対応しながら,国民的な見地からわが国における獣医学教育の充実のための方向と方法を見定めるために,次の事項について諮問いたします.



 (1)国・公・私立大学における獣医学教育の充実に関すること
 (2)国立大学獣医学部の適正な規模および配置に関すること

平成12年8月31日

獣医学教育関係者連絡会議

                           
全国大学獣医学関係代表者協議会

会 長 唐木 英明
国公立大学獣医学協議会

会 長 徳力 幹彦
私立獣医科大学協議会

会 長 中村 経紀
日本学術会議
獣医学研究連絡委員会

委員長 高橋  貢
財団法人大学基準協会
獣医学教育研究委員会

委員長 光岡 知足
社団法人日本獣医学会

理事長 土井 邦雄
(代表)社団法人日本獣医師会  会 長 五十嵐幸男

2.諮問事項の説明

 (1)獣医学教育の現状

 平成9年3月,台湾において口蹄疫が発生し,そのまん延を防止するために500万頭近い豚が殺処分され,台湾の養豚業は壊滅的な打撃を受けました.このニュースがまだ耳新しい平成12年3月から5月にかけて,わが国では明治時代に撲滅されたはずの口蹄疫が,突然,宮崎および北海道において発生しました.一つ間違えれば,わが国の牛は全滅の恐れがありましたが,幸いにも地元獣医師などの関係者の活躍によりその感染拡大は食い止められました.その他にも,海外ではプリオン病が発生し,国内では大腸菌O-157による食中毒が毎年発生しています.このように海外からわが国に侵入する可能性が高い家畜伝染病や人獣共通 感染症を予防し,安全な畜産食品の供給を確保するため,あるいは動物愛護精神の高揚に基く高度獣医療に対する社会の要望に応えるために,わが国の獣医学教育を国際的な水準に充実させることが切実かつ喫緊の課題となっています.
 このような状況を踏まえて,財団法人大学基準協会は,平成9年2月28日に新しい「獣医学教育に関する基準」を定めました.その内容は,十分な獣医学教育を行うための教育組織について定めたものですが,特に専任教員数についてはこれを72名以上とし,そのうち教18名以上と定めています.この基準は,獣医師国家試験出題科目数を念頭におくとともに,獣医学教育の担当教員数を100名以上と定めている欧米の基準も参考にしたものです.
 振り返って,わが国の獣医学教育の現状をみると,現在,獣医学科が設置されている国立大学は北海道大学,帯広畜産大学,岩手大学,東京農工大学,東京大学,岐阜大学,鳥取大学,山口大学,宮崎大学,鹿児島大学の10校です.これらの国立大学の獣医学科の学生定員数は合計325名,教員数は合計約290名です.この他に,公立大学である大阪府立大学,私立大学である酪農学園大学(北海道江別 市),北里大学(青森県十和田市),日本獣医畜産大学(東京都武蔵野市),麻布大学(神奈川県相模原市),日本大学(神奈川県藤沢市)の6大学が獣医学部または学科を設置し,その学生定員は合計600名です.したがって,国立10大学はわが国の獣医学卒業生の約35%を教育し,公・私立6大学が65%を教育していることになります.
  このように,国立10大学には学生定員が平均33名という小さい獣医学科を設置し,その教員数は平均29名(新制国立大学だけの平均は25名),教授の数は平均11名(新制国立大学だけの平均は9.5名)です.すなわち,新制大学では「獣医学教育に関する基準」に定められた72名以上という教員数の1/3の数で獣医学教育を行っています.
 過小な獣医学教育組織の弊害を如実に表す例があります.それは,獣医学教育に必須とされる獣医師国家試験出題科目が18科目であるのに比べて,教授(講座)数がわずかに9ないし10名の新制国立大学獣医学科では,必須科目の半分程度を教授できる専門家しかいないことです.専任教官が不在の科目については,学内外の非常勤講師による集中講義などを行って,教育の質を保つ努力を続けているのが現状です.しかし,このような異常な状況を長期間継続することは困難であり,社会の要請に対応できる国際水準の獣医学教育を行うことは到底不可能であることは,担当教官が強く訴えているところです.
 このような獣医学教育の現状に対しては,社会からも問題提起がされています.たとえば,平成10年に日本獣医師会から出された「6年制獣医師に関するアンケート調査」報告書によれば,獣医学教育の最も重要な部分である臨床教育と公衆衛生教育が不十分であるとの結果 が示されています.教育体制を早急に改善しないかぎり,問題解決能力あるいは実務能力が十分でない学生を卒業させているという,獣医学関係大学に対する社会の評価はますます厳しくなるでしょう.
 現在,獣医学は学生に人気があり,優秀な学生が多数受験しています.地域によっては,入学のために医学部と同様の偏差値が要求されています.このような関門を突破して入学した学生にとって,同じ教育年限でありながら,獣医学教育と医学教育の格差は大きな驚きであり,不満であります.しかし,獣医師の資格を得るためには獣医学科を卒業しなくてはならず,学生に選択の余地はありません.

注: 解剖学,生理学,病理学,内科学,外科学,薬理学,微生物学,公衆衛生学,繁殖学,放射線生物学,実験動物学,家畜衛生学,生化学,寄生虫(病)学,伝染病学,毒性学,魚病学,獣医倫理および関連法規の18科目

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