資料

エボラ出血熱とマールブルグ病

   森川 茂*
(国立感染症研究所ウイルス第一部外来性ウイルス室 室長)

1.は じ め に

エボラ出血熱,マールブルグ病,ラッサ熱,クリミアコンゴ出血熱の4種のウイルス性出血熱は,血液や体液によりヒトからヒトへ感染が拡大することがあり,しばしば大流行を起こす.日本ではこれまでラッサ患者が1例報告されているのみであるが,出血熱ウイルスの潜伏期の感染者が帰国または日本に入国後発症する可能性があり,検疫上も重要な感染症である.このため,伝染病予防法にかわって平成11年4月から施行された感染症新法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)においてペストと並び最も危険な感染症として,一類感染症に指定されている.特に,エボラウイルスとマールブルグウイルスは,輸入サルを介して国内に侵入する可能性もあるため,平成12年1月より成田,関西空港の動物検疫所内にサル検疫施設が設置され輸入サルの検疫が開始されている.また,感染症新法の第13条において,獣医師はエボラ出血熱,マールブルグ病等に感染または感染した疑いがあると診断したときは,ただちに所有者の氏名その他厚生省令で定める事項を保健所長を経由して都道府県知事に届ける義務が規定されている.
2.エボラ出血熱(Ebola hemorrhagic fever)とマールブルグ病(Marburg disease)

  エボラ出血熱は,1976年にスーダンとザイールで大流行し,約600例の患者を数え,致死率はスーダンで53%,ザイールで88%であった.いずれの場合も,二次感染の拡大はおもに患者の収容された病院を中心に起きている.原因ウイルスはそれぞれの流行で患者から分離され,ザイールでの流行地域の河川名をとってエボラウイルス(Ebola virus)と命名された.1979年にスーダンで34名の患者発生(致死率65%)がみられた後,大規模な流行はみられなかったが,近年しばしば流行がみられるようになった.1994年にはアイボリーコーストでチンパンジーの解剖に携わった研究者が発症し,ウイルスが分離されている(アイボリーコースト型).1995年にはザイールのKikuwitで大流行し,296名が発症し79%が死亡した.1994年,1996年にはガボンで3回の流行がみられ,総計141名が発症し93名が死亡(66%)した.一方,1989年から1990年にかけてアメリカの2カ所(RestonとPennsylvania)のサル検疫施設で,フィリピンから輸入されたカニクイザルにエボラ様出血熱が発生し,発症サルからエボラ様ウイルスが分離されて大問題となった.その後,数例で抗体が上昇したことからヒトへの感染も確認されたが,発症例がなく,ヒトには病原性がないと考えられている.その後,イタリア,アメリカ,フィリピンで同様の事例が報告されている.また,2000年にウガンダでスーダン型によるエボラ出血熱の大流行が起き,12月8日現在までに患者数405名,死亡例160名と報告されている.これらの流行に関連したエボラウイルスは,遺伝学的,血清学的な解析から4つのサブタイプ(ザイール型,スーダン型,アイボリーコースト型,レストン型)に分類されている.ヒトに対する病原性は,ザイール型,スーダン型,アイボリーコースト型の順で,レストン型はヒトに対して病原性がないと考えられている.サルでは,マカカ属のカニクイサルなどが感受性が強く,レストン型でも50%程死亡するのに対し,アフリカのミドリサルはヒトと同様の感受性を示す. マールブルグ病は,1967年ドイツ(マールブルグ)とユーゴスラビア(ベオグラート)で,ウガンダから輸入されたアフリカミドリザルの実験に関連して発生し,一次感染者25名,2次感染者6名の計31名が発症して7名が死亡した.患者とサルからウイルスが分離され,マールブルグウイルスと命名された.マールブルグ病は,その後アフリカで数回の散発例が報告されるにとどまったが,1998〜99年にかけてコンゴ共和国(旧ザイール)のDurbaで,初めての大流行が起き100名以上の患者が発生した.この大流行はその後のウイルスの遺伝子解析から,少なくとも7つの流行が重なって発生していたことが証明されている.

 
表1 エボラ出血熱,マールブルグ病の流行状況
国  名 ウイルス 患者数
(致死率%)
ドイツ,
ユーゴスラビア
1967 MBG 32 (23)
ジンバブエ 1975 MBG 3 (33)
スーダン 1976 EBO-S 284 (53)
ザイール 1976 EBO-Z 318 (88)
ザイール 1977 EBO-Z 1 (100)
スーダン 1979 EBO-S 34(65)
ケニア 1980 MBG 2 (50)
ケニア 1987 MBG 1 (100)
アメリカ合衆国 1989 EBO-R 4 (0)
アメリカ合衆国 1990 EBO-R 4 (0)
イタリア 1992 EBO-R 0 (0)
アイボリーコー 1994 EBO-IC 1 (0)
スト ザイール 1995 EBO-Z 315 (81)
ガボン 1994 EBO-Z 44 (63)
ガボン 1996 EBO-Z 37 (57)
ガボン 1996 EBO-Z 60 (75)
南アフリカ 1996 EBO-Z 2 (50)
アメリカ合衆国 1996 EBO-R 0
コンゴ共和国
(旧ザイール)
1998
〜99
MBG >100(?)
ウガンダ 2000〜 EBO-S >405 (39)

 


3.エボラウイルス,マールブルグウイルスの性状

エボラウイルス,マールブルグウイルスは,1本鎖の(−)鎖RNAウイルスでフィロウイルス科(family filoviridae)に属し,形態学的に糸状(filamentous)であるためフィロウイルスと命名された.ウイルスは,糸状で平均短径80nm,長径1,000nmと非常に細長い.ウイルス遺伝子は,7個の蛋白(NP,VP35,VP40,GP,VP30,VP24,L)をコードする.遺伝子構造はパラミクソウイルス,ラブドウイルスと類似し,フィロウイルスとあわせてモノネガウイルス上科(mononega-virale)を構成する.ヌクレオカプシドの主要構成蛋白であるNPは,エボラウイルスのサブタイプ間で血清学的な交叉性が強い.遺伝子解析から,エボラウイルスのザイール型では1976年に分離されたウイルスと,1995年に分離されたものとではGP遺伝子全体で1.6%しか違いがみられず,同一のサブタイプ間ではかなり変異が少ない.また,ひとつの流行内ではウイルスの変異がみられないことから,終末宿主(ヒト,サル)での免疫による選択圧はほどんどないと考えられる.エボラウイルス,マールブルグウイルスの標的細胞は,おもにマクロファージ,肝臓のクッパー細胞,肝細胞,血管内皮などで,特に感染マクロファージから大量 のTNFhαが産生され血管透過性を昂進させると考えられている[12].また,ウイルスのGPが病原性発現に直接関与することが明らかになってきた[14].
 
4.感染経路と自然宿主

エボラウイルスおよびマールブルグウイルスでは,ヒトからヒトへの感染経路は,感染者の血液,体液,分泌物,血便,臓器,精液等との接触による.アフリカなどの発展途上国では,エボラ出血熱,マールブルグ病にかぎらず出血熱ウイルスは,注射器,針を滅菌しないで複数の患者に使用することによる感染の拡大がしばしば見受けられる.しかし,ウガンダでのエボラ出血熱の大流行では,患者,遺体と家族との接触により感染の拡大がみられているようである. エボラウイルス,マールブルグウイルスとも,疫学的,生態学的調査にもかかわらず,その自然宿主は特定されていない[2].そのため,自然宿主からヒトへの感染経路も不明である.サルが感染源となっているケースでも,サルがどのように感染したかは不明である.エボラウイルスでは,サルを用いた実験室感染から飛沫感染の可能性も指摘されているが,ヒトへの感染における飛沫感染に関しては証明されていない.アフリカでの健康人の抗体保有に関する調査はいくつか行われているが,最近の調査からも不顕性感染があるようである[3].これが病原性の低いウイルス感染によるのか否かは不明である.

5.エボラ出血熱,マールブルグ病の実験室診断,治療法と対策

いずれも2〜20日程度の潜伏期を経て発症し,まず突発性の発熱,筋肉痛が初期症状として現れる.病状の進行にともなって,下痢,重度の悪寒,呼吸不全,出血,腎機能不全,ショック症状等が認められる.臨床的に他のウイルス性出血熱,チフス,赤痢,マラリア等との鑑別 診断は難しく,ウイルス抗原,抗体の検出,ウイルス分離等の実験室診断が必要である.フィロウイルス感染の確定診断には,血液,組織等からのウイルスの分離,ELISA法や間接蛍光抗体法によるIgM抗体の検出あるいはIgG抗体価の上昇の確認,抗原検出ELISAによる抗原検出,RThPCR法によるウイルスゲノムRNAの検出が行われている[6h8].治療法に関しては,動物実験では,抗TNFhα抗体,ILh1RA投与[5],アデノシンアナログ[1]が有効とされているが,ヒトでは対症療法にとどまる.急性期の患者には抗体が検出されずウイルス抗原が多量 に検出されることがある[6].実験的には不活化ウイルス免疫は効果がないが,DNAワクチンや組換えウイルスベクターの有効性が動物実験レベルで確認されていて[4, 11, 13],将来ワクチンが実用化される可能性が高い.

6.日本での血清診断体制と防疫体制

エボラウイルスやマールブルグウイルスは,レベル4に分類される病原体でBL4実験施設での取り扱いが必要である.世界で稼働中のBL4施設は数カ所あるが,ウイルス性出血熱の血清診断,ウイルス分離などは,アメリカのCDCが行っている.日本には,国立感染症研究所(当時の国立予防衛生研究所)の村山分室にBL4実験室を有する高度安全実験施設が1980年に完成しているが,いまだ実験許可が出ていない.感染症新法で1類感染症に分類されるエボラ出血熱やマールブルグ熱の確定診断には,血清診断が不可欠である.そのため遺伝子組み換えによりエボラウイルス,マールブルグウイルスの主要な構造蛋白であるNPを発現して診断用抗原を作製し,ヒト検体の検査体制を整えている.現在まで,IgGhELISA[10],蛍光抗体法[9]による抗体検出,抗原検出ELISA,RThPCR法が実施可能な状況にある. また,輸入サルに関しては,感染症新法第54条に基づき,特定の国,地域から発送されたサルの輸入禁止,第55条により実験用,ペット用も含めてすべてのサルが検疫対象(原則として30日間の係留,観察)となり,農林水産省動物検疫所がその業務にあたっている(動物検疫所の係留施設または,農林水産大臣の指定する指定検査場所で行われる).
 
引 用 文 献
[1] Bray M, Driscoll J, Huggins JW : Treatment of lethal Ebola virus infection in mice with a single dose of an S-adenosyl-L-homocysteine hydrolase inhibitor, Antiviral Res, 45, 135-147 (2000)
[2] Breman JG, Johnson KM, van der Groen G, Robbins CB, Szczeniowski MV, Ruti K, Webb PA, Meier F, Heymann DL : A search for Ebola virus in animals in the Democratic Republic of the Congo and Cameroon: ecologic, virologic, and serologic surveys, 1979-1980, Ebola Virus Study Teams, J Infect Dis, 179, S139-147 (1999)
[3] Gonzalez JP, Nakoune E, Slenczka W, Vidal P, Morvan JM : Ebola and Marburg virus antibody prevalence in selected populations of the Central African Republic, Microbes Infect, 2, 39-44 (2000)
[4] Hevey M, Negley D, Pushko P, Smith J, Schmaljohn A : Marburg virus vaccines based upon alphavirus replicons protect guinea pigs and nonhuman primates, Virology, 251, 28-37 (1998)
[5] Ignatyev G, Steinkasserer A, Streltsova M, Atrasheu-skaya A, Agafonov A, Lubitz W : Experimental study on the possibility of treatment of some hemorrhagic fevers, J Biotechnol, 83, 67-76 (2000)
[6] Ksiazek TG, Rollin PE, Williams AJ, Bressler DS, Martin ML, Swanepoel R, Burt FJ, Leman PA, Khan AS, Rowe AK, Mukunu R, Sanchez A, Peters CJ : Clinical virology of Ebola hemorrhagic fever (EHF): virus, virus antigen, and IgG and IgM antibody findings among EHF patients in Kikwit, Democratic Republic of the Congo, 1995, J Infect Dis, 179, S177-187 (1999)
[7] 倉田 毅:エボラ出血熱,感染症の診断・治療ガイドライン,52-53,医学書院(1999)
[8] 森川 茂:マールブルグ病,感染症の診断・治療ガイドライン,60-61,医学書院(1999)
[9] Saijo M, Niikura M, Morikawa S, Kurane I : Immunofluorescent method for detection of IgG antibody to Ebola virus using recombinant nucleoprotein ex-pressed in HeLa cells by baculovirus vector, J Clin Microbiol,印刷中
[10] Saijo M, Niikura M, Morikawa S, Meyer R, Peters CJ, Ksiazek TG, Kurane I : Enzyme linked immunosolbent assays for detection of antibodies to Ebola and Marburg viruses using recombinant nucleoproteins, J Clin Microbiol, 39, 1-7 (2001)
[11] Sullivan, NJ, Sanchez A, Rollin PE, Yang ZY, Nabel GJ : Development of a preventive vaccine for Ebola virus infection in primates, Nature, 408, 605h609 (2000)
[12] Villinger F, Rollin PE, Brar SS, Chikkala NF, Winter J, Sundstrom JB, Zaki SR, Swanepoel R, Ansari AA, Peters CJ : Markedly elevated levels of interferon (IFN)-gamma, IFN-alpha, interleukin (IL)-2,IL-10, and tumor necrosis factor-alpha associated with fatal Ebola virus infection, J Infect Dis, 179, S188-191 (1999)
[13] Xu L, Sanchez A, Yang Z, Zaki SR, Nabel EG, Nichol ST, Nabel GJ : Immunization for Ebola virus infection, Nat Med, 4, 37-42 (1998)
[14] Yang ZY, Duckers HJ, Sullivan NJ, Sanchez A, Nabel EG, Nabel GJ : Identification of the Ebola virus glycoprotein as the main viral determinant of vascular cell cytotoxicity and injury, Nat Med, 6, 886-889 (2000)