【行政・獣医事】

日本における狂犬病対策について

平成12年4月
日本獣医師会
1.狂犬病予防対策の概要:
  狂犬病の発生を未然に防止し,また,万一国内に発生した場合,そのまん延を防止するため,「狂犬病予防法」に基づき,基本的に次の対策が講じられている.
  (1)犬の飼い主に対し,その飼い犬について,生涯1回,登録を行うとともに,狂犬病予防注射を受けさせることを義務づけている.
  (2)無登録,未注射犬の抑留を行っていわゆる放浪犬による狂犬病の発生等不測の事態を防止している.
  (3)輸入される犬,猫,キツネ,アライグマおよびスカンクについて輸入検疫を実施することにより,世界のほとんどの地域で発生している狂犬病がわが国に侵入するのを防止している.
2.狂犬病予防対策の必要性:
  わが国においては,昭和32年以降狂犬病の発生を見ていないことから,狂犬病予防注射の必要性について種々の意見があるが,次の理由により,今後とも狂犬病予防対策を講じていく必要がある.
  (1)狂犬病は,今なお世界のほとんどの地域で発生しており,世界保健機構(WHO)および国際獣疫事務局(OIE)が,現在,狂犬病清浄国と認めている国は,日本,ノルウェー,スウェーデン,英国,アイルランド,ポルトガル,ニュージーランド,豪州等10数カ国であること(注:「狂犬病清浄国」の定義については,OIEが別記のとおり定めている).
  (2)昭和31年まで狂犬病が発生していたわが国において,その撲滅に成功したおもな理由は,犬の登録および予防注射の徹底ならびに的確な動物検疫等の狂犬病予防対策によるものである.
  (3)狂犬病のわが国への侵入を動物検疫で完全に防止することは,技術的に困難であると考えられる.すなわち,
  1.過去において日本以上に厳しい検疫体制をとっている英国においてさえ,過去,狂犬病に感染した犬が密輸入されたことにより狂犬病が発生した事例等があること 2.わが国への犬の輸入頭数は,年間14,041頭(平成10年農林水産省畜産局家畜衛生統計)であるが,これらの犬の大部分は狂犬病が発生している北米等から輸入されていること
  3.潜伏期間が長いという狂犬病の特殊性(注:狂犬病の潜伏期問は,通常180日といわれているが,1年以上の例も報告されている.)があること
等を考慮すると,技術的に将来においても「100%狂犬病が侵入する恐れはない」と保障することはできないと考えられる.
  (4)狂犬病が発生した場合,次のとおり人的,経済的被害が大きくなることが想定される.
  1.狂犬病は,犬のみならず広範囲にわたる動物や人に感染し,しかも発症した場合,まったく治療法がなく,悲惨な神経症状を呈してほぼ100%致死経過をたどる悪性の人獣共通感染症であること
  2.英国では,昭和44年に動物検疫を通過した犬から狂犬病が発生し,そのために3年間にわたって多額の経費を費やしてようやく狂犬病を撲滅した例があること
  (5)予防注射を実施して国内犬の免疫保有率を常時高く維持しておくことにより,万一わが国に狂犬病が侵入しても,そのまん延を抑えることができ,狂犬病撲滅対策上有効である.
  (6)犬による咬傷事故は,年間6,307件(平成11年度総理府統計)であるが,国内犬に対して狂犬病予防注射を実施していることにより,不治の病である狂犬病に感染するという不安を解消することができる.
3.狂犬病のワクチンについて:
  (1)ワクチンには,弱毒ワクチン(いわゆる生ワクチン)と不活化ワクチンがあり,一般的に前者は免疫持続期間が長く(1〜3年),後者は短い(1年).
  (2)弱毒ワクチンは,上記(1)のように一般的に免疫持続期間が長いが,そのワクチンの特性として不活化ワクチンに比べてワクチン事故(弱毒化が不十分なワクチンを接種することにより狂犬病が発生する等)が発生しやすいという欠点があるため,汚染国で狂犬病のまん延を防止する」目的でこのワクチンを使用することはやむを得ないとしても,わが国のように「清浄国で狂犬病の発生を予防する」目的で使用するワクチンとしては,問題があり,不向きである.
  (3)したがって,わが国では,免疫持続期間が短いという短所はあるものの,安全性の高い現在の不活化ワクチンを使用して今後も清浄国を維持していく必要がある.
以 上