なお,1992年に行われた口蹄疫のキャリアーに関する欧州委員会の統一見解は以下の通りである[95].(1)口蹄疫ウイルスを連続的または断続的に4週間以上産生排泄する反芻獣をキャリアーと定義する.(2)キャリアー化は,感染耐過,ワクチン接種後の感染あるいは不顕性感染した反芻獣に起こる.(3)キャリアー動物から回収されるウイルスは抗原およびその他の生物性状に変化がある.(4)キャリアーとなる期間は動物種とウイルス株によって異なる.その期間はアフリカ水牛が最も長く(最長5年),牛(同2.5年),羊と山羊(同9月)およびシカ(同11週)の順に短くなる[27, 48].(5)キャリアー動物が感受性家畜へウイルスを伝播したという実験的確証は乏しいが,キャリアー動物が口蹄疫の発生に関与したという野外例が確認されており,移動などのストレスがキャリアー動物からの伝播を促進すると考えられる.(6)キャリアー動物の輸入は,ワクチン接種を実施していない清浄国にとって大きなリスクとなる.
  これに対して,豚はキャリアーにならないとする見方が一般的である.すなわち,呼吸器から感染した豚では肺でウイルスが増殖するが,発病後8〜10日でウイルスの排出は停止し,その後肺と咽頭のいずれにおいてもウイルスは検出されなくなり持続感染は成立しない.イボイノシシやヤブイノシシなど豚属の野生動物も豚と同様の反応を示すという[38, 117].
  このように口蹄疫のキャリアーは反芻獣にみられるが,豚属にはみられない.その原因やキャリアー化の機序そのものは現在のところ判明していない.現象的にみれば,キャリアー化した牛は,キャリアー化しなかった牛に比較して,血清と食道・咽頭粘液のいずれにおいても高い中和抗体価を維持している[30, 102].このことは,キャリアー化する牛では,局所の免疫が有効となる前に食道,咽頭の特定部位でウイルスが感染増殖して持続感染が成立することを示している.その後局所のウイルスが消失して,抗体価が低下,消失するまで,数カ月から数年にわたりウイルスは持続的に免疫刺激を与えているものと推測されている[30].一方,キャリアー化しない豚では,初感染後ウイルス排出が停止する7〜10日目に中和抗体価がピークとなるが,その後抗体は1〜6カ月以内に消失し,感染耐過豚でも免疫の持続は牛のそれに比較して明らかに短い.このように,少数の例外を除けば,キャリアー動物は常に抗体を保有しているといえる[30].キャリアー動物においてウイルスが検出されるにもかかわらず,抗体が検出されないという少数の例外は,いずれも実験的確証はないが,ひとつは免疫寛容が成立した個体である場合と,もうひとつは高率に感染している牛エンテロウイルスの外殻と口蹄疫ウイルスゲノムを持つ雑種ウイルスができて,これが持続感染した個体である場合の2通りの仮説がある[30].後者では,ウイルス分離では培養中に口蹄疫ウイルスが出現するため,またPCR法では口蹄疫ウイルスゲノムそのものが検出されるため,口蹄疫ウイルスに対する抗体を持たない個体で,あたかも元々口蹄疫ウイルスに持続感染したようにみえると考えられている.