動物由来感染症としてのハンタウイルス感染症

―腎症候性出血熱とハンタウイルス肺症候群―

有 川 二 郎

北海道大学医学部附属動物実験施設(〒060-8638 札幌市北区北15条西7丁目)

Hantavirus Infection, as a Zoonosis

―Hemorrhagic Fever with Renal Syndrome and Hantavirus Pulmonary Syndrome―

Jiro ARIKAWA

Institute for Animal Experimentation, Hokkaido University School of Medicine, Kita-ku, Sapporo 060-8638, Japan

日獣会誌 52 225〜229(1999)

は じ め に

 平成10年9月,「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律」が可決された.これまで法制的な人獣共通感染症対策は狂犬病予防法のみであったが,この法律の成立によって,人獣共通感染症対策は動物由来感染症対策としてもりこまれることとなった.本法律の成立に先立ち,公衆衛生審議会から提出された報告書では,対策すべき動物群をI〜IV群に分け,その中でげっ歯類を第 II 群に位置づけ,さらにその中で海外からの侵入動物(ドブネズミなど)を IIa 群として,また,実験動物としてのラットやマウスを IIb 群として分類している.それらへの対策として港湾,空港地域からの侵入動物の発見・駆除対策の強化,病原体保有状況の把握の重要性が指摘されている[8].本稿で紹介するハンタウイルス感染症は,鼠属,節足動物,げっ歯類によって媒介される感染症の中で, IIa および IIb 群に分類されるげっ歯類によって媒介され,人に感染した場合の重要性が,5段階中2番目に重要なものとして分類されている[8].
  ここでは,げっ歯類由来のウイルス感染症として代表的なハンタウイルス感染症について概観したあと,わが国の人やげっ歯類を対象としてこれまでに得られている疫学的調査に関する情報を中心に,本症の公衆衛生面からの重要性について紹介したい.詳細については既報を参照していただきたい[1, 2].

ハンタウイルス感染症

 ハンタウイルス感染症はブニヤウイルス科のハンタウイルス属に分類されるウイルスを原因とし,持続感染したげっ歯類の糞尿中に含まれるウイルスが経気道的に感染する人獣共通感染症である.本症には,腎臓の機能障害(蛋白尿)を特徴とする腎症候性出血熱(hemorrhagic fever with renal syndrome, HFRS)および急速な呼吸障害と高い死亡率(50%)を示すハンタウイルス肺症候群(hantavirus pulmonary syndrome, HPS)が知られている.いずれも前駆症状としては共通して発熱,筋肉痛,頭痛を示すが,その後の症状は大きく異なる.HFRSは蛋白尿を特徴とする腎臓の機能障害を主徴とし,重症例では皮下や全身諸臓器の出血が顕著である[7].一方,HPSでは肺における急速な滲出液の貯留に伴う呼吸障害とショックによる高い死亡率(約50%)が特徴である[5, 6, 13, 25](表1).

表1 腎症候性出血熱とハンタウイルス肺症候群の病態の比較
  腎症候群出血熱(HFRS) ハンタウイルス肺症候群(HPS)
潜伏期 2〜3週間 1〜2週間
前躯症状  両者に共通:発熱,筋肉痛,頭痛
ハンタウイルス肺症候群に特徴的:咳そう
臨床症状 重症例は以下の四期を示す:
発熱期
低血圧期(出血)
乏尿期(蛋白尿)
多尿期(回復)
軽症例:
一過性の発熱と軽度蛋白尿 
頻呼吸
肺水腫
胸腔内滲出液貯留
急性の経過(死亡例の多くが第8病日以内)肺
標的臓器 腎 臓
臨床検査 両者に共通:白血球数増加,血小板数減少,血液濃縮
死亡率 <1〜15% 30〜50%