【紹  介】

産業動物用イベルメクチン製剤の犬フィラリア症予防薬としての利用について

  本件については,昨年10月号に島根県岡本氏のご意見を掲載したが,掲載の是非についてさまざまな意見が編集委員会に寄せられたところである.
  昨年5月号に掲載した「水薬の横行を斬る」の著者佐藤氏から,岡本氏にあてた手紙形式の原稿が編集委員会に寄せられたので紹介する.

産業動物用イベルメクチン製剤使用に学ぶもの

佐藤源治(埼玉県獣医師会)

  岡本宏之先生 貴下

 時下ますますご清栄のことと拝察申しあげます.
  斯界発展のため寸暇を割いての能文,臨場感あふれる素直な文面に接することができました.
  産業動物用イベルメクチンのフィラリア症予防薬としての利用実態については,私は10余年前から私的な会合等で耳にしていました.その時私は,子供時代を過ごした九州のチベットと呼ばれる山または山の大分県久住山麓の寒村で,散々やらされた炭焼きの木炭のことを思い出しました.
  日本薬局方「薬用炭」というものがあります.止しゃ,解毒剤として今も流通していると思いますが,そのかわりに私の田舎から取り寄せた炭末をクライアントに渡しても同様の効果を発揮し,喜ばれることでしょう.いわんや,その炭末が消化管内の異常発酵によるガスや毒物の吸着・解毒に効果があるなどとうたいあげ,処方すれば安くて喜ばれることは明らかでしょう.
  しかし,先達が薬品の品質保証のために明治以来審議をこらし,維持してきた「日本薬局方」を無視することは,医学的にも,道義的にも容認され得ないことは自明の理でしょう.獣医師は,「マンツーマンでクライアントさえ喜べば,外野席からとやかく口を挟まれる筋合いではない.」といえるような安直な職能ではないはずです.
  私が10余年前から,「これはフィラリア症の妙薬です.他に高い要指示薬もありますがどちらを選びますか?」とクライアントに選択させれば,彼らは喜々としてイベルメクチン製剤の処方を望み,私は巨万の富を得たとはいえないまでも,今頃は地方紙に掲載される長者番付の片隅に名前が載っていたかもしれません.昨今のように,いつ果てるともしれない不景気に見舞われると,クライアントの多くは月額数千円もする要指示薬より「原価がただに近くて効能が変わりません.」と説明されたイベルメクチン製剤になびき,異を唱えることはほとんどないでしょう.
  イベルメクチン製剤は,昔から疥癬,アカラス等の皮膚疾患にダニカット乳剤やネグホン末とともに汎用されて応分の効果を発揮し,学会でも有効適切でこれに優るものはない旨認知されていることは周知のところです.しかし,これは当該疾患に適当な有効代替薬がないからの話です.
  私が申しあげたいのは,昨年の4月農林水産省が,規制緩和が声高に叫ばれるこの時期にも関わらず,なぜフィラリア薬を要指示薬に指定したかに思いをめぐらせていただきたいということです.
  原価が限りなくゼロに近いイベルメクチン(たとえば仕入れ価格が50mlバイアル7,000円弱で,千数百頭分の「自称フィラリア薬」が調合可能です.)をフィラリア薬として販売することができるなら,要指示薬の指定など何の意味もないものになってしまいます.誰が好んでわざわざ高い薬を仕入れるでしょう.「逮捕されるわけでもあるまい.」と浜の真砂をきめこんで,イベルメクチン製剤をフィラリア薬として使用し続けることが社会の中の開かれた獣医療と言えるでしょうか?
  日本小動物獣医師会の第23回大会(岐阜)で,心臓の「和田移植」を告発されたことで有名な阪大名誉教授中川米造先生(一昨年秋ご逝去)が「生と死をめぐって,医学のありよう」についてご講演くださった内容が思い出されます.私たちは獣医師としてさまざまな動物を相手に,生涯学び続けなければなりません.一介の「治し屋」として業界内で卓越することよりも,「人は鏡,万象はわが師」と同業の諸先生方が互いに敬愛しながら,人格完成への努力を傾注しようではありませんか.
  先生の実直な能文を拝見して,獣医療におけるオンブズマンシステムが創設できないものかと夢見た次第です.
  最後になりましたが,先生の赤裸々な玉稿と巡り合わせていただいた日本獣医師会雑誌に深甚なる敬意を表してペンを置きます.

編集委員会から:本件については,本年4月「犬及び猫の犬糸状虫の寄生予防剤として使用される,イベルメクチン,ミルベマイシン及びモキシデクチンの製剤」が要指示医薬品に指定された際,本会としては,産業動物用イベルメクチン製剤の犬への処方に関して会員獣医師への指導を求める文書を地方獣医師会会長および日本小動物獣医師会会長宛に発出したところである(6月号330〜331頁に既報).以下に再掲する.

動物用医薬品等取締規則の一部を改正する省令の制定について(通知)

 このことについて,平成10年4月8日付け10畜A第573号により,農林水産省畜産局長から別添写し(略)のとおり通知がありましたので,貴会関係者に周知徹底していただきたくお知らせします.
  なお,このたびの改正は,犬フィラリア寄生予防剤であるイベルメクチン等についての中央薬事審議会における再評価指定の要否に関する審議結果を受けて,農林水産省で技術的な観点から検討が行われた結果,犬フィラリア症予防剤であるイベルメクチン等については,その適正使用の一層の確保を図る必要があるとして,今般,犬又は猫に使用することを目的とするそれら医薬品が要指示医薬品に指定されたものです.
  一方,最近,産業動物用のイベルメクチン製剤を獣医師が犬用に使用又は処方していることについて一部のマスコミで取り上げられ,問題視されたところです.元来,産業動物用のイベルメクチン製剤は,当然のことながら,産業動物用医薬品としてその製造,販売等が承認されているもので,犬用に使用することは承認されておりません.
  したがいまして,やむを得ず獣医師の技術的な判断,裁量の範囲で産業動物用医薬品等を使用しなければならない,というような特別な事情がないにもかかわらず,産業動物用イベルメクチン製剤等を犬用に転用することは厳に慎むべきであります.なお,例えそのような場合であっても,その使用にあたっては,飼い主に対して事前の十分な説明と同意を要することは当然であります.
  以上,この点につきましても,貴会関係会員に周知徹底のうえ,いたずらに社会の批判を招くことのないよう会員をご指導いただきたく特段のお願いを申し上げます.