リボザイムの発見−テトラヒメナのrRNA
前駆体のスプライシング

 前述のように,生体内の反応を触媒するものは,酵素蛋白質であると信じられていた.ところが1980年代にはいって間もなく,Cechらは,RNAが触媒的機能をもつことを発見した[3, 9].彼らは,原生動物テトラヒメナのrRNAの生合成研究の途上,この幸運に巡り合った.テトラヒメナのrRNAの遺伝子は,他の真核生物の多くの遺伝子と同様にイントロンを含んでいる.Cechらは,このイントロンのスプライシング機構の解明を目指して研究を進めていた.彼らは,単離した細胞核でスプライシング反応を起こさせることに成功したが,この反応がそれまでの常識からすると尋常でないことを発見した.生化学反応は,すべて酵素蛋白質が押し進めていく反応のはずであった.しかし,Cechらの試験管内での生化学反応,スプライシング反応は純粋に取り出してきたRNA(rRNA前駆体)だけで進んでしまうというものであった.蛋白質はこの反応には必要ないということである.RNAが触媒的能力をもっている.それまでの生化学の常識から考えるととんでもないことである.無名だったCechは,当初,多くの研究者からこの結果を信じてもらえなかった.彼らは,厳密な実験を繰り返し,最終的に1982年,このイントロンそれ自体(RNA)の中にスプライシング反応を進める活性が存在することを証明した[9].Cechは,このような触媒(的)能力をもつRNAをリボザイム(ribozyme)と呼ぶことを提唱した.Cechは,この「RNAの触媒機能の発見」の業績により1989年,ノーベル化学賞を受賞した.

ハンマーヘッド型リボザイムとリボザイムの設計

 Cechらの発見以降,1987年ころまでに,多くの新しいタイプのリボザイムが発見された[総説として8].そのうちの一つに自己切断RNAがあり,その代表的なものとしてハンマーヘッド型リボザイム(hammerhead ribozyme)がある.このリボザイムは,ウイロイド*や植物ウイルスのサテライトRNAと呼ばれる一本鎖RNAに発見されたものである.これらのRNAはマグネシウムイオンとともに保温すると自分で切れてしまう配列をもっており,その部分の二次構造が金づちの頭のような形をしているため,ハンマーヘッド型リボザイムと名付けられた.図3Aに示すように,このRNAはCとAの間で自己切断し,切断により生成した3'末端は2',3'環状リン酸,5'末端は水酸基となる.このリボザイムは,図3Bに示すようにa,b二つの部分から構成するようにすると,bはaを切断する真の酵素として働く.このような構成にすると基質であるaの上には,GUH(H=A,CまたはU)という配列だけが要求される.すなわち,標的となるRNA上にGUHという配列をさがし,その両側の配列に相補的になるようなbを合成すれば,このb部分は,標的RNAをGUHの3'側で切断するRNA切断酵素となる.ハンマーヘッド型リボザイムは,人類が初めて手にした設計自在な酵素ということができる.蛋白質工学も現在進展してはいるものの,これほど自在に蛋白質からなる特異性の高いRNA切断酵素を作ることはできない.このリボザイムは小さくて設計が容易なこともあり,すでにさまざまな人工リボザイムが設計され,その活性と特異性が確かめられている[8].

*ウイロイドは300塩基前後の長さの一本鎖環状RNAで,コート蛋白質を持たず,裸のRNAだけで感染性を持つ最小の植物病原体である.アボカドに付くアボカドサンブロッチウイロイドなどが自己切断することが知られている.


図3 ハンマーヘッド型リボザイムとその設計
矢印は切断部位を示す.四角内は保存されている配列.A:タバコリングスポットウイルスのサテライトRNAに見られる自己切断部位.B:ハンマーヘッド型リボザイムの設計.標的RNA(a)の配列に対しbのX部分を相補的にすればbはaを切断する酵素となる.Hはこの塩基がA,CまたはUであることを示す.